魔王様、オフ会に参加する

「あたしの名前は、紅花べにばな かおり。よろしくね」

 妖艶な雰囲気の女性は、そう名乗った。

「よろしく」

「お名前、お伺いしていいかしら?」

「佐藤マオだ」

「佐藤さんね。よろしく。身バレになるから、これからは必ず名前で呼ぶようにね」

「わかった」

「あとひとり、初参加の方が来るんだけど…」


 ほどなく、おとなしそうな雰囲気の男性が、香に声をかける。

「デモネスさんですか?」

「初めまして。身バレになるから、これからは名前で呼んでね。あたしの名前は、紅花 香。よろしくね」

「よろしくお願いします。私の名前は、ほし 龍之介りゅうのすけです」

「こちらの体格が良い人は、佐藤マオさん」

「どうも」

「よろしくお願いします」

「あとふたりだけど、あいつらは多分、遅刻だろうなぁ」


 30分後、ふたりの女の子がやって来る。ひとりは、ファンシーな出で立ちのぽっちゃり型。ひとりは、背が低めの小柄。

「かおり~ん」

「兎走子、遅いよ。30分も遅刻じゃん」

「あたし、ベットに縛られる魔法がかけられててさぁ、起きれないんだよね」

「そんな魔法あるか」

「かおりん。おはよう」

「かれん、こんにちは」

「こちらの男性、お二人が新人さん?」

「体格の良い方が、佐藤マオさん。そのお隣が、星龍之介さん」

 ファンシーぽっちゃりの娘が言う。

「ども。因幡いなば 兎走子ととこです」

 小柄な娘が言う。

牛久うしく かれんです」

「声で、誰が誰だかわかりますか?」

「ちょっとよくわからないな」

「そのうちわかりますよ」

「配信で声作ったり、ボイチェン使っている人は、今日はいないし」

「さてみなさん。今日は、佐藤さんが秋葉原に来たことがないということで、新人さん接待秋葉原ツアーです」

「おー!」

「早速、メイドカフェへ行きましょう」




 五人でテーブルを囲う。

「五人だと、ちょっと窮屈だね」

「佐藤さんが、ひときわ大きいから、なおさらだね」

「でも、かれんちゃんの隣に座れば、ちょうど良いんじゃない?」

「ぴったり収まったけど、大男に連れ去られた女の子みたい」

 隣に座った、かおりを見下ろす魔王。隣に座った、魔王を見上げるかおり。太い腕。厚い胸板。良い顔。かおりは顔を赤らめた。


 魔王の前に、オムライスが配膳される。

「ご主人様、文字やイラストをおかきします。リクエストはございますか?」

「文字? イラスト?」

「はい」

「それじゃ、『人間』と」

「人間ですね」

 メイドの姿をした女の子が、ケチャップでオムライスに『人間』と書く。そして、手をハートの形にする。

「美味しくなる魔法をかけます。ご主人様もご一緒にお願いします」

 魔王は、見よう見まねで、手でハート形を作る。

「美味しくな~れ。萌え萌えキュン! はい! 今このオムライスは、愛情がこもってとても美味しくなりました」

「ふむ。ありがとう」

「ごゆくっりしていってくださいね。失礼します」

 女の子は去って行く。

「これが異世界の魔法なのか?」

「魔法…。というより、おまじない? かな」

「なるほど」

「どうして『人間』なんですか?」

「まだまだ、人間について知らなことがあるからな。もっと、人間を知ろうという、おまじない、かな」

「それじゃ、ちょうど良かったですね」


 オムライスを、モリモリ食べながら、かれんは言う。

「佐藤さんはずっとその調子なの?」

「その調子、とは?」

「配信の時のキャラのまま?」

「そうだな」

「ふ~ん。変わってるね」

「今度、飲酒配信するお約束は、いつにしましょう?」

「いつでもいいよ。場所はどうする? かれん家? 佐藤さん家?」

「同じ場所でするものなのですか?」

「あたりまえじゃん。お互い盃酌み交わして飲むのがおもしろんだから」

 ケーキを、むさぼり食っている兎走子が言う。

「かれんは、ひとり暮らしでしょ。男の人、家にあげるのやばいでしょ」

「僕は気にしないけど」

「俺の家にしよう。同居人がいるから、その辺は心配ない」

「軍師パルサーさん?」

「よくわかりましたね」

「バレバレだよ。ふたりして、同じタイミングで引っ越したじゃん」

「なるほど」

「ふたり、付き合ってるの?」

「特別な関係にあるわけではないが、付き合いは古いな」

「幼馴染的な?」

「まあ、そんなもんかな」

「あたしも参加する」

 パンケーキを、パクついている香が言う。

「それじゃあ、あたしも参加しようかな」

「別に、俺はかまわないが」

「大人数で飲むの楽しい」

「星さんはどうしますか?」

「僕は遠慮しておきます」




 本郷通りのゆるやかな坂道をあがると、そこに大きな鳥居があった。

 鳥居をくぐると、朱に建てられた隨神門ずいしんもんが、緑色の瓦を陽に照らしている。門前で礼をし、中へ入ると、正殿が青空の下、初夏にしては暑い風に当てられている。からすや鳩がとまっていて不思議ではないが、一羽もとまっていない。さすがに、みずからローストされる気はないようだ。


「神田明神はご存知?」

「いや」

「アキバといえば聖地巡礼。神田明神は『ラブライブ!』というアニメで取りあげられ、以来、ファンの間では聖地とされています」

「聖地巡礼?」

「アニメや映画、漫画などの舞台となった場所を巡ることです」

「なるほど」

「あまり、ご興味無い?」

「アニメも映画もあまり見たことがないからな。アニメのことはわからないが、ここは神を祭っているのだろう? 俺みたいな悪魔が入っていいのか?」

「いいんじゃない? 日本は神仏混合ですから」

 兎走子とかれんが正殿に走って行く。

「いっちば~ん」

「あたしもー!」

「おまえら、転ぶなよ~」

 香が歩いて行く。


 残された男ふたり。

「星さんも、オフ会は初参加ですよね」

「はい」

「いかがですか?」

「緊張しますね」

「そうですね」

「佐藤さんは、すごくなじんでいらっしゃるじゃないですか」

「魔族付き合い…。人付き合い、ながいですから」

「私、どうも、人見知りするたちなので」

「壱百万歳の魔王なのに」

「それをめざしている、下級魔族ですよ」

「星さんもやはり、聖地巡礼ですか?」

「『ラブライブ!』はリアタイ世代です。神田明神に来た回数は覚えていません」

「ガチ勢って奴ですな」

「参拝したら、絵馬を書きましょう」

「絵馬?」

「願いを書いて飾ると、願いが叶うらしいです」

「願いね…。人はなぜ神に願う?」

「詳しいことはわかりませんが、少なくとも私は、家族の安全とか、健康とかを願いますね」




 正殿に賽銭を奉ずる。柏手をして思う。願い? 元悪魔の余が、人の神に願い事?




 魔王が参拝を終える頃には既に、女性三人は、絵馬を買って願い事を書いていた。

「佐藤さんも絵馬書きましょう」

「絵馬とは?」

「この木の板です」

「イラストが描いてあるな」

「ラブライブに登場するキャラクターです。9人分ありますよ。好きな娘の絵馬買って願い事を書きましょう」

「ここでも願い事か」

「どうかしました?」

「いや、別に。俺はやめておこう」

「そうですか」

 魔王は、奉納された絵馬を見た。いろんな願いが書いてある。些細なことから、とても叶いそうにない事まで。それを見て感じた事を、日本語でどのように言うのかわからないが、一番近いと思ったのが『失笑』だった。


 絵馬から離れると、下へ降りる急な階段がある。

「佐藤さん、次行きますか?」

「紅花さんはもういいんですか?」

「はい」

 ふたりで階段を降り始めた。

「いかがでしたか? 日本の神社」

「魔界にはない造りだった」

「気に入っていただけましたか?」

「どうだろう。よくわからんかったな」

「正直ですね。普通は、お世辞を言うものですよ」

「それは失礼」

「いえ。むしろ佐藤さんの真意が聞けて嬉しかったです」


「ちょっと待って~」

「まてー!」

 兎走子とかれんが、階段を駆け下りてくる。

「走ると危ないよ~」

 その時、かれんは階段を踏み外し、前に倒れた。そこを、魔王が受け止める。

「だいじょうぶか?」

 厚い胸板に抱き止められて、顔は耳まで紅潮し、心臓は高鳴る。

「だ、だいじょうぶです」

「だから言ったでしょう」

「アナザーなら死んでましたね」

「かれん、だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ」

 魔王から飛び跳ねて、階段を足早に降りて行く。

「またコケるわよ!」


 恥ずかしい! 恥ずかしい!! 恥ずかしい!!!

 真っ赤な顔を隠しながら、かれんは階段を駆け下りていった。




「次はコスプレです」

 コスプレをして撮影できるスタジオで、コスプレ撮影だ。

「ホントはカラオケ行きたかったんだけど、佐藤さんは日本の曲を全く知らないということで、コスプレ撮影にしました」

「なんのコスプレ?」

「それは、魔王に決まってるでしょう」

「僕、この角付ける」

「あたしは、露出の多い衣装かな」

「あたしは、ぬいぐるみ抱いてる」

「星さんは、魔王と言うより、ドラキュラですね」

「これ以外、思いつかなかったモノで」

「佐藤さん、どうされました?」

「うむ。着られる服がない」

「あ~。サイズがね」

「佐藤さん、上半身裸で頭に魔王の角のかぶり物でいいじゃないですか」

「はたらく魔王さまですね」

「この場合、エミリアは紅花さんですね」

「あたしも女性としては背が高い方だけど、佐藤さんはもっと高い」

「二人並ぶと、バランス良いですよ」

「みんな、衣装は選んだ?」

「選びました~」

「それじゃ、写真を撮ります」

 グリーンバックの前に五人が並ぶ。カメラマンの指示が飛ぶ。

「撮りま~す!」

 パッとストロボが光る。ポーズを変えて、再びストロボが光る。そんなことを、30分ほどやっていた。


 魔王や悪魔、魔物、サキュバス、吸血鬼が、魔界を背景に写っている。

 撮った写真は、USBメモリでもらった。




 目の前の網は、炭火で熱せられ、すでに肉を焼く準備を整えいた。

「今日は一日、おつかれさまでした。アキバ巡りの〆は、万世で焼肉で~す」

「まってました」

「お腹減った」

 五人の前に、生ビールのジョッキが並ぶ。

「それでは、VTuber魔王決起会を祝して、乾杯!」

「かんぱ~い!」

「かんぱい」

「乾杯」

「乾杯」

 グビグビと喉を鳴らし、かれんのジョッキがあっという間に空になる。

「相変わらずハイペースね」

「すいませーん! 生ください!」


「さー、焼きましょう」

「焼くぞう」

 網の上に、次々と肉が並び、ジューという音と共に、肉の焼ける香ばしさが辺りを包む。焼けた肉を、メンバーが次々と口に運ぶ。

「佐藤さん? 食べないんですか?」

「いや、こういうの初めてでな」

「焼き肉、初めてですか?」

「こういう風に、肉を直接、火で焼いて食べるのは初めてだ」

 魔王は、皿に盛られた生肉をつまみ、網の上に乗せる。シューと音を立てて肉が焼け始める。煙と共に、香りが漂う。

「佐藤さん、それ、焼けてますよ」

 魔王は、肉をひっくり返す。すぐに焼き色が付く。

「焦げちゃいますよ~」

 焼けた肉をつまんで、口に運ぶ。

「タレ付けないんですか~?」

「旨いな」

「ですよね~」

 なるほど。これは旨い。

「美味い!」

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魔王様、異世界に転生してVTuberになる おだた @odata

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