第7話 占い師と凶家
今は実家の工務店を継いでいますが、以前に占いのバイトをしていたことがあります。
手相見は学生時代からの趣味でしてね、
当時は実家の工務店を手伝いながら、店の定休日なんかに駅の地下街にある「占いの店」に出勤していたんですよ。
この店の占い師さんたちは、ほとんどが女性でした。
タロット占いや霊感や水晶、その中で僕一人が男で「手相」でした。
何だか僕は独り、色がくすんでいましたが、お客は女性にカップルだけではなく、男性おひとり様もいらっしゃいます。
男性の占いの内容は、恋愛よりも仕事や家族の人間関係がメインです。
そういう方なら、若い女性にタロットで占われるより、男の手相見の方が気安いだろう。
店のオーナーは、そんなことを考えて、女性の占い師だけではなく、僕みたいな男を店に入れてくれたのでしょう。
――その客は、身なりの良い初老の女性でした。
占いの内容というのが「この写真の土地を見て、占って欲しい」。
この土地に家を建てるそうなのですが、気になる点があるとの事。
土地の因縁? 正直、ちょっと焦りましたよ。
僕に霊感はないです。
第一、手相見の占い師に、手じゃなくて写真の土地を見せてどうする、何か勘違いしているんじゃないか? とも思いました。
実際、占い師相手に筋違いなことを頼んでくるお客もいるんですよ。
占い師に誰かの写真を見せて「この人を呪い殺して欲しい」とかね。
でもまあ、この申し出はそれほど酷くはない。
それに、せっかく来て頂いたお客さんに向かって、出来ないとけんもほろろに断れませんから、一応、写真を手に取ってみました。
広い空き地でした。
全部で写真は5枚ありました。周辺の家並みといい、住宅地にある普通の空き地でしたね。
その空き地には、古い井戸がありました。
ボロボロの蓋で塞いであって、もう使われていないのは明白でした。
占いの館にちょっと興ざめな道具ですが、僕はパソコンを机に出して、お客さまに聞いた住所をグーグルのストリートビューで風景を確かめ、その場所の古地図も探し出しました。
これは、付き合いのある不動産屋から聞いた知恵ですが、もしも土地を買うのなら、その土地の歴史を、古地図で確かめた方が良い。
元が沼地で、埋め立てた土地だと、水脈の関係で土地の地盤が脆弱なんです。
そして怖い話になりますが、昔の神社の跡地なんかに家を建てたらいけません。
ある田舎町ですが、若い家族を誘致しようと、古い神社を潰して新しい家を数軒建てた、そこに移り住んだ家族全てが、事故や自殺で全滅したという話があります。
でも、その土地は大丈夫でした。
古地図では、昔も普通の民家でした。多分世代交代で家族が出て行き、更地になったんでしょう。
「井戸がありますけど」
女性は僕に聞きました。
「土地に古井戸があるのは、良くないって言いますよね? 古井戸を埋めたら、祟りで悪いことが起きると、そうで聞いたことがあります」
家を建てるのですから、気にされるのも当然でしょう。
僕は大丈夫です、と答えました。
確かに古井戸を埋めると、地下水や湿気で地盤に影響があります。
それに、井戸は家庭の水の供給源として働いてくれた場所です。
そこには水神様がいらっしゃると思う、信心深い人もいたでしょう。
ですが、もう水道があるから井戸を使う家庭は無い。
子どもが遊んでいて、誤って井戸の下に落ちた事故も聞きます。
井戸は埋めた方が良いでしょう。ちゃんとした祈祷と『息抜き』という手順を踏んだ後、工務店に頼んだら工事してくれます。
井戸は埋めても大丈夫です。ちゃんと祈祷や手順を踏めばね。
実家の商売柄、自信をもってそう申し上げると、女性は低い声で「そうですか」とだけ言いました。
そして念を押すように、じっと僕を見て。
「井戸を埋めても悪いことが起きないように、ちゃんとした祈祷と、手順がいるんですね?」
その通りです、と僕は答えました。
空き地の写真だけ見て、お金を取るのは気が引けましたから、手相を見ましょうと女性に申し出ましたが、帰られてしまいました。
あの時は釈然としない気分でしたね。
それから4年経った今まで、そのことは忘れていたんですよ。
思い出したのは先月、同業者の集会に出た時でした。
集会の後で、何人かと居酒屋で飲んでいたら、話題に『バイト』が出ましたから、僕はその時、家を継ぐ前の占い師のバイトの話。手相ではなく、家を建てる土地を見て欲しいと言われたこと、そして古井戸を気にしていた女性客の話をしました。
その時でした。
同席していた、隣町の工務店のカワノさんの顔色が変わりました。
責めるような、何とも言えない怖い目で僕を見て「本当か? 井戸を埋めるときは、ちゃんと祈祷をしろと言ったんやな?」と聞くんです。
カワノさんの視線の意味が分からず、僕は言いました。
間違った事なんか、教えるはずないでしょう。
当時だって、工務店の息子なんだから。
カワノさんは、そうやな、うん、そうやと呟き、僕に謝りました。
そして、話をしてくれたんです。
4年前、カワノさんは家の新築を請け負いました。
なんと、その古井戸のある土地だったそうです。
施主は、会社の役員でした。
カワノさんは言いました。
「施主夫婦は、奥さんのほうが強かったんや。その奥さんが旦那を押しのけて、地鎮祭も何も要らない、早いとこ家を建ててくれいうてな」
地鎮祭は、土地の神様に工事をする許しを請い、工事の安全と、家の繁栄を祈願する儀式です。
これから家に住む人の為の儀式でもあるのです。
ですが、それを気にしない人もいる。カワノさんは、施主の奥さんはそういう人だと思ったそうですが、鬼門に当たる場所に玄関と台所を作り、そして裏鬼門に裏口、古井戸を何もせずに埋めて欲しいと言われた時、カワノさんはイヤな予感がしました。
「古井戸は、迷信でも地盤でも、特に気を付けなあかん場所ともいわれとる。それを説明しても、余計な事は要らんの一点張りや。しかも、注文住宅なのに間取りや窓の向きとか、家の相が物凄く悪い。家を建てる時の禁忌を、全部寄せ集めた家やった」
家の建築工事中、職人の転落や、通勤中に車の事故に遭うなどの災難が続きました。
当時の工事責任者だったカワノさんのお父さんは、この家の工事中に転落事故を起こし、入院しました。
責任者を交代したカワノさんも、危ういところで手首を切断しかけたとか。
それを知った時、施主の妻は、笑ったそうです。
ああら、まあと……嬉しそうに。
「それでも工事は何とか終わったんやけど、あのえらい家は、自分たちじゃなくて息子夫婦に住まわす聞いて俺は寒気したわ。後から知ったんやけど、俺のオヤジ、あのオンナに金を積まれて、家の土台にカラスだのハトだのって、動物の死骸を埋めたらしい。家の相が最悪なのは偶然としても、死骸を埋めたって……それは間違いなく、家に住まわす相手への呪いや」
――今、この家は空き家になっています。
「息子夫婦は家に住んで、半年も経たへんうちに出て行ったんや。問題はその後や」
息子とその妻が出て行った新しい家で、施主夫婦が並んで首を吊っていたそうです。
遺書はなく、誰も理由が分からないとか。
あの土地はあの人の買われたばかりに、あんな「凶家」建てられたばかりに、本当にいわくつきになったんですね、つまり。
土地のいわくを作るのは、人だ。
当たり前ですけど、痛感しましたよ。
厭な短編 洞見多琴果 @horamita-kotoka
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