第6話 人から聞いた話・夜の山中にて

 職場の人から聞いた。


 彼は登山が趣味で、実家の父親とテントを共有して持っている。

 来週のあたり山へ行くから、借りに行くと父親に伝えたら


 「もうそれ、やるわ」 


 父親は、先週テント泊で山に登った。

 丁度良い場所を見つけてテントを張り、野外で作った料理とウィスキーを飲み、いい気分でテントに入り、寝袋に体を押し込む。


 山の夜は、暗闇と静寂しかない。

 なので、テントの外から聞こえてくる複数の足音のようなものは、風の音か、気のせいかと思っていたという。


 山の中は、足の先も見えない漆黒の闇。

 懐中電灯も持たない人間が、テントの外をグルグルと歩けるはずがない。

 もしや熊か、猪か。

 父親は、テントの中で明かりをつけて、武器代わりの杖を持ち、外に出た。


 テントの周囲を回っていたのは、見知らぬ人たちだった。


 知らない人たちが、10人くらいグルグルと、無言でテントの周囲を回っていた。

 

 信じらず、ただ父親は突っ立っていた。

 彼らの中に、知っている顔があった。

 だが、声が出ない。


 ただ怖かった、怖い、それだけだったという。

 

 彼らは突っ立つ父親の前で、突然歩みを止めた。

 そして、一斉に消えた。


「そいつらの中に、昔、交通事故で死んだ同僚がいた」

 彼の首はとれかけていた、という。


 父親は、日帰りの登山しかしなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る