第2話 道は定められた
ノルウェーのプリンセスが霊媒師の男と婚約したらしい。
その霊媒師の男は死者と話すことができ、しかも原子を変えて若返りが可能で、爬虫類とアンドロメダのハイブリットらしい。
あほか。爬虫類はまだしもアンドロメダとハイブリットはツッコミが追いつかない。
そもそも死者と話せるとか言っている奴は頭がとち狂った奴か、はたまた一人で人形とお遊戯会を繰り広げる幼稚園児と大差がない。
いい歳して霊媒師だなんて全くもって理解できない。
ちらっと左隣を見ると、目測身長160cm後半の、黒髪を肩まで伸ばした制服姿の神様がこっちに視線を送り返してくる。
「(君も私と普通にお喋りしてるけど!)」
隣を歩く彼女がニヤニヤしながら上着を引っ張ってくる。鬱陶しい。
「うるさい」
俺もこんな能力を持ってるだなんて人に言えない。
もしバレたら精神病棟に幽閉されるか、研究のために全身バラバラのモルモットにされるだろう。
「(まあ私たちと結んだ契約について、他人に喋れないって縛りもあるからね。もし捕まったら大人しく病院で頭に良く効くお薬でも飲もう?)」
やはり人間の多様性は受け入れていきたい。
爬虫類と何かよくわからんものが混ざったキメラでも愛して受け入れよう。汝隣人を愛せよ。
「(君キリスト教徒じゃないじゃん)」
確かに。俺が崇拝してるこの神様はきっと邪教だろう。
「いやでも実際さ、死者と話せるって有り得るの?」
流石に無理だろ、と思いつつも独り言が漏れてしまった。
「(んー無理なんじゃない?そんなんできるんだったら過去に死んだ物理学者から話を聞いて論文書いたり新発明したりできちゃうよ)」
やっぱりあのノルウェーの霊媒師は嘘つきクソキメラトカゲってことか。
一人で人形遊びをするキメラさん、名誉埼玉県民の僕は応援してます。
「でもなんで神様はそういう霊媒師とかじゃなくて俺と契約したの?」
「(君を守るためだよ。詳しくは話せないけどね)」
神様、もし完全に俺の好みの姿をしてたら絶対自分の頭を疑ってたよ。そこそこ可愛いけど絶妙に俺の好みじゃないのがまた現実感がある。
「(失礼な……君の好みに合わせたら、君が緊張して喋れなくなるでしょうに)」
ふむ、物申させてほしい。
成長、言い換えて社会性の獲得というものは欠落を生じる。社会性とは均一化のことだ。人間という歯車の歯を削ってから君は大人になったな、成長だ、なんて持て囃すんだ。
誤差はあれど噛み合うレベルにサイズを合わせた歯車でないと使い物にはならない。一箇所だけ個性的に歯が突き出た歯車はいらない。
「(また長話始まったって……)」
コミュニケーション能力が最たるものだ。誰とでも当たり障りなく話せるなんて、歪な能力だと思わないか?
誰だって自分の不得手とする相手がいて然るべきだ。
俺はそんな歪な能力なんていらない。個性が大事個性が大事と騒ぎつつ、教育という思想統制を通じて人間の均一化を目指すこの社会はクソ以下だと思ってる。
「(それが女の子と喋れない理由?)」
彼女はどうでも良さそうな顔をしているが、これは男のプライドの問題である。
「そうだよ」
「(君のは単に経験不足だと思うけどね)」
いいのか。22歳の成人男性が大声を上げて泣くぞ。
「秘伝のタレの唐揚げ弁当ひとつ下さい」
俺は彼女の視線を振り切るようにして正面の屋台に目を移し、代金を渡した。
「いただきます」
「(ほー。大学で一緒に昼食を食べる友達はいないと)」
言うに事欠いてなんだ貴様この野郎。人が優雅にランチを食べようとした時に出てきおって。
そもそも前まではひと月に一回見えたり見えなかったりだったのに、なんでこの数ヶ月でこんなにはっきり実体を持ってるの?
「(孤独は狂気を生むんだよ。ずーっとぼっちで行動してるから幻が見えちゃうんだ)」
彼女は小テーブルの対面の椅子にゆっくり腰掛けて肘をついた。
「まあ幻でもいいよ。折角こうやって見えてるうちに聞きたいんだけどさ」
「(なになに?)」
「俺はこれからどうしたらいい?」
万感の思いが込められた問いだ。俺とてまだ不確かな今を生きるもの。口にしなくとも将来への憂いはあり、彼女には言葉を弄さずとも悩みが伝わる。
「(うーん……)」
彼女は考え込むようにゆっくり目を閉じ、そして再び目を開けた。
彼女の瞳の奥の吸い込まれるような無機質な黒。人間味を欠落した無表情さ。
直視され続けていると全てを見透かされているような錯覚すら覚える。
今更ながらにではあるが、彼女が人間とは異なる何かであることを再び思い知らされた。
「(今からでも頑張りさえすれば君の運命は"まだ"変えられる。私の力を借りて進めたいならそれなりに代償が必要だけど)」
「寿命5年分くらいでいけそう?」
「(んー……今のままやるなら20年分だね)」
「寿命20年は長いけど、でももし万が一があったらお願い」
少しの逡巡すらない。退屈な時間を長く生きるより、短い人生を楽しく生きたい。
「(じゃあ運命を司る者として、今ちょっとだけ見返りがなくても協力してあげよう。でも頑張るのは君自身だよ)」
彼女は苦笑して席を立ち、右肩を軽く叩いて消えていった。
触れられた場所から全身に見えざる力が行き渡るのを感じる。
運命の女神たる彼女が齎した祝福。
しかし道標の先の結末は、その時にならねば分からない。
「その椅子使っていいですかー?」
一目で大学に入りたてと分かる初々しい女の子の一人が話しかけてくる。どうやら席が足りないらしい。女子は群れるものだ。1つのテーブルに2つの椅子では到底足りまい。
口の中に入っていたものを急いで飲み込んで、軽く手を振り重々しく返答した。
「どうぞ。もう食べ終わったからこのテーブルも使ってください」
「(君まだ食べ終わってないじゃん)」
囁くような声が後ろから聞こえた。うるせえよ。
神からの愛は祝福か、それとも呪いか @Controll
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