神からの愛は祝福か、それとも呪いか
@Controll
第1話 日常
深い水底に沈む意識は、身体を揺さぶられ水面へと引き上げられた。
「あぁ…」
世界に恨みを込めて短く呻き、右腕に力を入れ、軋む身体を起こした。
半ば条件反射のように起動したスマホ、輝くディスプレイに印字された8:25という時間が、霞みがかった脳に刷り込まれる。
「いつも守ってくれてありがとう。今日もよろしくね」
日課のようになった起床直後の神への祈り。
否、正確には彼女達が神であるかどうかすら定かでないが、ヒトは自らの理解の範疇を超えた存在を神と崇め讃えて生きてきたのだ。
しかし一般的にヒトが神を信仰する間柄と、私と彼女達の間柄は少し違う。
私は彼女達に存在リソースを提供し、彼女達はあらゆる脅威から私を守る。
まずまずに対等な関係だ。
それ故に仰々しい祈りは成されず、短く感謝を伝えるだけ。
彼女達から列挙し切れない程に与えられた祝福や能力、代償から察するに、彼女が真っ当な神でないのは間違いない。
それでもヒトとは都合の良い生き物で、仮にそれが何であろうとも自らの味方であれば縋ってしまうものだ。
「さて……洗濯回すか」
神の祝福を受けようとも、日々の家事は自分でこなさねばならない。
自分の中で作業手順を明確化するための独り言が、一人暮らしを始めてからすっかり身に付いてしまった。
洗濯機の電源を入れ、洗剤を適当に投入し蓋を閉める。
「タオルどこやったっけ」
キッチンで顔を洗い、意識を現実へ引きずり出す。
タオルで顔を拭いた後、更に蛇口の下でタオルを濡らした。寝癖を直すため濡れタオルにするのだ。電子レンジに放り込み600Wで2分に設定した。この間僅か10秒足らず。
進み始めるレンジのタイマー。
この間に急いで布団を畳み、タンスから服を取り出し着替えた。
高い電子音で存在を主張する電子レンジを開いて黙らせ、頭の上に熱されたタオルを乗せた。
頭にタオルを乗せたままぼんやりと鏡の前で歯を磨く。
「(……ねえ、時間大丈夫?)」
定まらない思考に彼女の声が割り込む。
慌てて振り返ると時計は8:35を指していた。
「ご飯作らなきゃだ」
素早くキッチンの下にある物置からシリアルを引っ張り出し、冷蔵庫から牛乳を取り出した。
深めの皿へ乱雑にシリアルを移し、対照的に丁寧な動作で牛乳を注いだ。過去に牛乳を溢した経験のある者の手つきだった。
手早く皿を机に運び、席についた。
「いただきます」
シリアルを口に運ぶと予想通りの味がする。毎日シリアルが朝食なのだから、食べずとも味は簡単に想起できる。
もはやわざわざ味を感じる必要はなく、栄養摂取のため高速で胃に流し込む。
「(……たまには他の食べないと身体に良くないよ?)」
「分かった。じゃあ明日は白米を食べよっか」
右後ろから満足げな雰囲気が伝わってくる。
流し込み終わった後無言で手を合わせ、皿を適当に水で洗った。牛乳と乾燥した穀物が入っていただけなのだから水洗いで充分。
そう自分に言い聞かせた。決して洗剤を使うのが面倒な訳ではない。合理的な判断だ。
ガコン……と音を発し静止する洗濯機。
中から手早く洗濯物を取り出し、物干し竿に吊るしていく。
「一通り終わったかな」
マスクを箱から取り出し、棚に置かれた時計と鍵を身に着ける。
やたらと重量のあるリュックを右腕に引っ掛け、一度外側に放り出すような動きを挟むことで遠心力を利用し背負った。
「よし!いってきます!」
玄関を開けた。
「「いってらっしゃい!!」」
静かな部屋を眺め、ドアを閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます