商店街の戦い
――「スライム」。
よくあるファンタジーな創作では、序盤でもそこら辺にいるポピュラーな生物だ。
粘性のある液体で肉体が構成されており、強さとしてはワーストに入るのが常連な存在。
それはこの怪異としてのスライムも同じく、魔力で出来た粘性のある液体で構成されており、生態としての珍しさもなく、個体の強さも中堅程度の異能力者であればかなりの余裕をもって討伐できる程度。
だが、中には特異な成長をし、甚大な被害を起こすほどに成長したスライムもいるそうだ。
この通り、スライムと言ってもその強さはピンからキリまであるため、スライムだからと油断してはいけないのだ。
――そう、俺が今、不意打ちを食らってしまったように……。
「か、かはっ……!? げほっ! ぐっ……、くっ、そ……!」
スライムに攻撃された衝撃により、肺が潰れて息ができない。
正直、先ほどのように相手の情報を整理できていたのは、死にかけたことによる、ある種の走馬灯のおかげだった。
大きく息を吸おうにも、肺を大きくしようとして入ってきた大量の空気にむせてしまう。
――「油断した」……その言葉が即座に頭に浮かんだ。
最近の平和な日常に、そういう意識が抜けていたのかもしれない。
高校生でありながらこんな命の取り合いをするわけがないからというのは言い訳だ。
覚悟を決めてこの世界に足を踏み入れたのだから、そんなことなんて言ってる暇がない。
「ちっ……!」
考えていたらスライムが肉体を変形させて、まるで棍棒のようになった肉体をこちらに向かって振り下ろしてくる。
即座に横に向かって身を動かし、寸でのところで回避した。
破壊音とともにスライムの攻撃が振り下ろされた場所には、敷かれていた石畳が何枚も割れており、食らったらただじゃすまないことを言葉なく教えてくれる。
明らかに普通の強さじゃない。
下級の異能力者の訓練にあてがわれるようなスライムじゃないのは明らかだ。
おそらく、中級クラスの強さはあるだろう。
かなり厄介なんて話じゃない……。
隙を見せたら……
「虎太郎、離れてろ……!」
「ニャ!」
人の言葉が分かってるのか、それとも明らかに普通じゃない存在にヤバいというのを感じたのか、背中の毛を逆立てながらも離れてくれた。
これで両腕が使える。
相手の動きが遅いのもあって、乱れていた息が整ってきた。
背中にはいまだに焼けるような痛みが走っているが、それも今までに経験してきた痛みに比べればまだマシだ。
ここで被害を食い止めるために――
「こいつは、
スライムに向かって一気に駆けだした。
――――――――――
無人の商店街に、一人の人間と、一体の怪物が対峙している。
怪物は地面にめり込んだ自身の肉体をそのまま振り回し、横合いから叩きつけようとしてくる。
その勢いは乗用車程度ならたやすく破壊できそうなほどであった。
そんな攻撃を
「オラァッ!」
怪物が起こしたような破壊音を轟かせ、その拳は怪物へと突き刺さる。
殴った相手を石畳にめり込ませるような勢いの拳。
しかし、その拳にまとわりついた怪物の肉体が優慈の動きを止めた。
「んなっ!?」
怪物は拘束した優慈を勢いよく振り回し、そのまま近くの廃店舗へと叩きつける。
「ガッ!?」
受け身をとることもできず、ぶつかったシャッターがひしゃげる音を立てながら、優慈は店の中へと突っ込んでいった。
さきほど優慈が判断したように、この怪物――「スライム」は明らかに普通ではない。
そもそも「スライム」という種族は、基本、粘性のある液体で構成されてる「だけ」の下級の怪異だ。
液体であるため物理が効きにくいという特性や、基本的に何でも食物にできるという雑食性もある。
ただそれだけの生物がスライムだ。
――しかし、生物というのは往々にして「進化」をするものだ。
特にスライムという生命体は進化の傾向が顕著である。
歴史を紐解けば、古いスライムというのは前述したような特性しか持たないのが多い。
世界中の神話の文献を探せばスライムの特殊個体などもいるだろう。
だが、それも前時代での常識。
歴史を経れば――――
「ぐあっ!」
――このような進化をするものも出現する。
今は廃店に突っ込んだ優慈が、スライムにからめとられて締め上げられている。
その力は、粘性のある液体なんてレベルではない。
ちなみにだが、毒を持たない蛇――「アオダイショウ」などは噛みつくのを主力としているわけではない。
毒の無い牙で噛みつくよりも、その筋肉の塊ともいうべき体で相手を「絞め殺す」のだ。
そして、息の止まった獲物をゆっくりとのみ込んでいく。
今のスライムはまさしくそんな行動をしており、優慈はそんな蛇に絡めとられた獲物というわけだ。
「くひっ……が、あっ……!」
締め上げられる力で肺の中の空気が吐き出されていく。
そうしてできた隙間をさらに締め上げることで埋められ、より一層呼吸が厳しくなる。
近づいてくる「死」の気配に心臓の鼓動が早くなり、生きるために脳へと酸素を回そうとするが、すでに肺の中の空気はなく、抵抗する力がそがれていく。
(くっ……そ……! 意、識が……持たな……い……!)
もはや足先の感覚はなく、宙ぶらりんになった体に力は入らない。
この先に待つのは……「死」だけだ。
「死」……すべての生命が忌み嫌う結末。
どんな存在であろうといずれは来るであろうその最期に、優慈はその意思にかかわらず足を進めさせられていた。
優慈はこの世界に足を踏み入れてからは何度もその瞬間を経験していた。
胸を撃ちぬかれ、遅れてきた痛みに悶えたこともある。
体の一部を切断され、血を多く失い視界が真っ暗になったこともある。
自身の無茶で生死の境をさまようなんて、2年前からザラだった。
自身の肉体に締め上げられて、獲物から餌へと変わろうとしている存在に、スライムは喜色をあらわにしていた。
最初に襲い掛かったときは秘める魔力量に驚いたものだが、こうなってしまえばただの餌。
今なおもがこうとする無様な姿に、スライムは愉悦の感情が浮かんでいたのである。
「か、はっ………………」
ガクッとスライムを睨みつけていた顔が下がった。
心臓の鼓動も弱くなっていく。
勝った。
そうスライムは確信した。
――はずだった。
「ふ……ざけ……んな……!」
ぶちっ、と何かが千切れるような音が響いた。
どこから聞こえたのかは、優慈……の周りのスライムの肉体からだった。
よく見れば、優慈の体から湯気のように赤いオーラ――「魔力」が立ち上っている。
愉悦の感情から一転、優慈の姿に困惑し、さらに力を入れ始めるスライムであったが……明らかに遅かった。
「さっきから手加減してれば……調子に乗りやがって……!」
ぶちぶちぶちっといっそ小気味よいほどの音を立てて、さらに千切れていく。
もうここまでくれば拘束なんて意味がない。
先程まで死にかけていた優慈がなぜ、スライムの拘束を引きちぎれているのか……まぁ、おそらく――
「オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
――「火事場の馬鹿力」というべきものだろう。
自身の放っていた魔力ごと拘束を吹き飛ばし、スライムを大きく弾き飛ばす。
反対側の店舗に大きく叩きつけられたスライムに向かって、優慈は全速力で飛び出した。
石畳が陥没し、あっという間に距離を詰めた優慈は、魔力の影響なのか赤く燃える拳でスライムを何度も殴りつけていく。
その度にスライムの肉体が焼け、砕け、だんだんと体積を減らしていった。
先程まで赤黒い肉体で出来ていた肉体がだんだんと焼失し、その奥から一際赤い球体が出てくる。
――「コア」だ。
怪異の中には、自身の生命を維持する器官として、存在の核――「コア」が存在する。
これのおかげで怪異は生存でき、中にはこれが成長して新たな進化をする個体もいる。
それだけ重要な器官であるコアだが、何もデメリットがないわけではなく、ここを破壊されれば絶命する。
言わば「弱点」だ。
そんなものが今、露出されている。
「オラァアアアアアアアアアアアアアア!!」
優慈は勢いそのまま拳をコアに向かって振り下ろす――!
ドゴッ!と、
優慈から殴打音が響いた。
「がっ……!」
視界の外から飛んできたスライムの肉片が優慈の体を弾き飛ばしたのである。
スライムは特異な進化をする生命体だ。
しかも先程までスライムは宙に浮いていた。
なら肉片を浮かせられてもおかしくはない。
そしてできた隙に、焼失してないある程度の肉体を集めたスライムは、その場から逃げ出そうとする。
このまま戦っても勝ち目がないと思ったのだろう。
こういった思考ができるところもやはり特異な個体である理由だろう。
「がふっ、くっそ……!」
弾き飛ばされたものの、すぐさま体勢を立て直した優慈は、背を向けて逃げようとするスライムに向かって駆けだす。
しかし全身に軋みが走って、体が上手く動かない。
そんな優慈を背に、商店街の出口へとたどり着いたスライムはすぐさま浮かぼうとする。
だが、
「逃がすかよっ……!」
先程スライムに突撃したときのように石畳を陥没させて突撃した。
あと少しでスライムに届く――
――と思ったその時だった。
『下がりなさい』
「っ!?」
どこか怒気を孕んでそうな低い声が優慈の脳内に響いた。
すぐさま伸ばしていた手から炎を出し、その勢いを利用して後ろに飛ぶ優慈。
そんな優慈の行動に困惑しながらも、逃走を続けるスライム。
しかし、そんなスライムの行く手を遮るように複数の札が飛んできた。
そして、突然の出来事に驚愕するスライムが反応するよりも先に、札がスライムの周りを囲い、半透明の膜――「結界」が展開された。
「あ……」
その光景に何となく何かを察した優慈は、内心でスライムを憐れんだ。
そんなことなど知らないスライムは、自身の動きを止めた結界の中で右往左往する。
――そんなスライムを、はるか遠方から飛んできた流星が結界もろとも貫通し、さらに結界の中で大爆発した。
流星の爆発音は結界のおかげで遮断され、周囲はすぐさま静寂を取り戻す。
そしてその場に残された優慈は、ただ茫然としていた。
「今、のは……」
「優慈」
「!?」
そんな優慈の背後から、聞き覚えのある声がかけられる。
優慈が勢いよく振り向けば、そこにいたのは数時間前に分かれた「楓」であった。
こつっ、こつっと靴の音とゆっくりと響かせながら近づいてくる彼女の表情は、角度的な問題なのか、それとも位置的な問題なのか影がかかっていて窺うことができない。
しかし、優慈にはこれだけはわかる。
今の楓は非常にご機嫌斜めだと。
「優慈。ねぇ優慈。怪我はないかしら?」
「え、あ、その」
「言い訳はいいから答えてくれる? 怪我はないかしら?」
「はい! 全身が痛いですけど特に問題はありません!」
楓の圧に優慈は思わず正座をし、敬語になってしまう。
なんでかこのままだと怪我を追加されそうだと勘が言ってきたからだ。
そんな優慈が言うとおり、怪我自体はない。
優慈の肉体はあれだけの攻撃を食らっても目立った怪我はない。
絞めあげられた全身の軋みはあるものの、切り傷や殴打痕はなかった。
そんな軋みも1日安静にすれば回復する。
確かに問題はなかった。
優慈「は」だが。
「ねぇ優慈。さっきの怪異はどうしたの? さっきここから逃げようとしたってことは、ここに潜んでいたのよね?」
「はい! ここにいました!」
「うん、正直でいいわよ。人間、正直なのがいいからね。うふふふふ……」
「あ、あはははは……」
しめっぽい笑いが楓から、乾いた笑いが優慈からする。
その時の優慈の内心を例えるなら、断罪されるのを待つ囚人のようだった。
そしてその時は訪れた。
「ねぇ優慈。ここの惨状は何かしら?」
「…………」
「黙ってちゃ始まらないわよ。さぁ、何があったの?」
「…………あそこら辺は怪異が。それ以外は俺がしました」
「あらら。酷い壊れよう。まるで全力を出したみたいね。街中なのに」
「……そうですね……はい……」
「うふふ、そんなに強かったのかしら。怪異よりもたくさん壊しちゃって」
「…………」
「…………」
「……ごめんなさい」
「許しません♪」
スパーンと小気味よい音が寂れた商店街に響いた。
Burn my heart!! 「沈まぬ太陽」と呼ばれる男の成長録 @cloudy2022
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