『寒さとボタン』

朝、アパートの扉を開いてみれば、最初に口をついて出た言葉は「さむい」であった。

思わず扉を閉め部屋へと戻り軽く上着を羽織ってようやく外に出ることが出来た。

仕事に向かう道すがら、いままでなら日陰を探して自転車を進めるが今日ばかりは日当たりの良い道を探す。日差しの暖かさと乾いた冷たい風が秋を連れて来たようだ。


私は服が好きなのだが、それを知る大学時代の友人には秋は貴方の季節だと言われたことがある。秋冬の格好が良く似合うと言ってくれた。私にとっては褒め言葉だ。なんとも照れる話である。

体温調節も兼ねてこの時期は必ずカーディガンなど軽く羽織るものを用意して外に出る。バスや電車や室内はまだまだエアコンが効いていて、直接冷たい風が当たる場所に座って仕舞えば凍えてしまう。せっかく外出に向いている時期に体調を崩してしまうなんて勿体無い以外の何者でもない。


そう言えば、最近お気に入りのカーディガンのボタンを付け替えた。古いボタン集めが趣味だったりするのだが、そのボタンを見つけた時は驚いた。時折り、まるであつらえた様にお気に入りの服に似合うボタンが見つかるが、それはまさしくそうであった。

からし色の薄手のカーディガンに良く似合う、全く同じ色の小さなお菓子の様な四角いボタン。大きさもぴったりで、心の中では小躍りしていた。


勿論、同じ色でなくても意外な組み合わせと言うものは良くある。そしてそれを見つけるのもまた一興であった。

以前、人からもらった黒いノーカラーコートは元々ボタンが沢山付いていたが何故か何度縫ってもすぐにボタンの糸が緩んでしまう。そしてとうとう、袖口に付いていたボタンが一つ行方不明になってしまった。

暫くそのままで着ていたがある日、見つけたボタンに一目惚れしてしまった。

グレーをベースに白や黒、鈍い紫色が混ざり合ったコーティングの美しいボタン。表面はラメが混ざっているのだろうキラキラと光、波の様に歪んでいる形が個性的なアンティークボタンだった。

一見すると個性の強そうなボタンだが、コートの両袖に付ければ意外にも目立ち過ぎず、しかしその個性が光っていた。

今では大のお気に入りであるそのコートを着れる季節が近づいてきた。今からその日が楽しみだ。

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小さな箱庭 ozaroa @OZAROA

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