第39話
一年が過ぎて、二年が過ぎて、三年が過ぎて、四年目の冬、メローナさんが亡くなった。
メローナさんはゆっくり体力を失っていき、そのうち【平癒】も拒むようになった。
モモはメローナさんをずっと説得していたけれど、メローナさんは困った顔をして「もうずいぶんとたくさんのものをいただいたから」と言い続けていた。
いなくなって欲しくないとめそめそ泣くモモに、会いたい人もいるのよと旦那さんの思い出話をたくさんした。
モモは納得したけれど、日に日に弱っていくメローナさんのそばを片時も離れようとせず、ずっとお世話をし続けて、最後までそばにいた。
メローナさんが亡くなったあと、モモはすっかり気落ちして、たくさん泣くようになった。
メイローナさんが辛抱強くモモに寄り添って、半年ほど掛けてようやく少ないながらも元気を取り戻した。
メイローナさんはその頃からずっと悩んでいて、相当な時間をかけたあと、私に【不老不死】になりたいと告げた。
アニエスさんもモモとメイローナさんと共に一緒に生きたいと頭を下げてお願いしてきた。
たぶん、そういってくれたのは、モモのためなんだろう。
【スキル剥奪】ができるので、お願い通りに【不老不死】を【付与】した。
いつか、人生を終えたい時は、言ってくれたらそうするつもりだ。
ウィルヘイムさんはその話を聞いたあと、少し意地悪な言い方をして「俺がいなくなったあとのことを考えて貴女が寂しいと思うのなら、今のうちにつけてくれ」と言った。
まぁ、つけたけど。
6年目にみんなで相談して、私たちは旅立ちを決めた。
このまま村にいると【不老不死】だとばれるから、森をまるごと違う場所に移して他の大陸で生活をすることにしたのだ。
定期的に村の様子を【透明化】して見に行く。
アイルに【転移】と【透明化】を【付与】したので、二人で週に一度サラちゃんを見に行くことが楽しみになっている。
15年が過ぎる頃、村長が空に還って、その翌年にポルテの世話をしていたマティアスさんが旅立った。
少しずつ、村の人が旅立っていく。
20年、30年と過ぎて行くのはあっという間だった。
シュレト村はもう村ではなくて町だった。
村の頃にいたみんながもしいなくなっても、簡単に廃れたりしない。
長い年月が過ぎて、サラちゃんが歳のわりには早く旅立ってしまった。
アイルはそのとき、抜け殻みたいになった。
けれども、サラちゃんはエルヴァくんと結婚していて、ふたりの間には子供が産まれていた。
その子の成長を見守ることで、少しずつアイルは立ち直った。
みんな、みんな、段々といなくなっていって。
私たちは、かつてシュレト村という村の中で暮らしていた人たちが、みんな空に還るまでずっと通い続けた。
アイルと私はサラちゃんの子供が無事に結婚して幸せになるまで見守って、それをきっかけに村に行くのをやめた。
モモチャンは今や1本しか残っていなくて、神聖な木として神殿に祀られている。
村長の家もなくなって、みんなの家もとっくになくなった。
特別にいろいろと作っていたから、メローナさんの家はメローナさんが空に還った時に解体して、村長の家はクレイくんが旅立つ時に解体した。
そのあとも、みんなが空に還るタイミングで必ず会いに行って、きちんとお別れをして、家を解体して減らしていった。
浴場と宿は根本的な扱い方が忘れ去られ、何代目かの領主が変に手を入れようとして失敗したみたいで、めちゃくちゃになってしまった。
なので、夜のうちに全部そのまま【ごみ箱】で消失させた。
シュレト町は神聖な木がある町となっている。
モモチャンという実が鳴り、食べると魔力が増えるらしい。神殿が管理していて、多額の寄付をすると一つ頂ける。
「もういいんじゃねぇの」
アイルが寄付を受け取っている司祭に毒づく。
「いいかな?どう思う?ウィルヘイムさん」
「ずいぶん我慢したほうだと思うが」
「モモは?どう思う?」
『違うところにもいくつか植えてありますし、ここはもうなくしてしまっても良いのでは?ね、メイちゃん』
「ええ、わたくしも賛成ですわ。寄付を受け取っている司祭様のお顔がちょっと……」
「あの司祭、あくどいですよね。姫様」
「みんなめちゃくちゃ嫌だったんだね、ごめん。魔力不足で困ってる貴族の子がいたから、つい消したらあれかなって思っちゃったんだよ」
私の言葉を聞いたウィルヘイムさんが、ちょっと考えて発言する。
「ハロルドが人生を掛けて作り上げた魔力の増強剤があっただろう。あれを個別で贈ったらどうだ?どうしても気になるなら」
「うーん、そうしようかなぁ」
魔力が少ないとかで家族にちょっといじめられている貴族の子にハロルドを【座標転移】する。
ハロルドって名前の魔力増強剤なんだよね、これ。
モモチャンの木を【倉庫】に仕舞って、かつてのシュレト村だった場所を後にする。
「メイローナさん、このあいだ見つけた子、様子はどう?」
「アイ様に傷を治して頂きましたので、ぐっすり眠っておりますが……」
「獣人差別って根が深いよな」
「アイル様のおっしゃるとおりで、元の場所にはとても戻せません」
「うーん。差別されてる子は見つけ次第、こっちに転移させようか。森に集落みたいなの作ってもいいし」
今は獣人差別がある国の近くに森を置いている。
ここも問題が多そうなので、ちょっと解決に時間が掛かる。
けれど、時間だけは無限にあるので、なんとかしてあげたい。
『マスター、お仕事がたくさんありますね』
「アイは俺をもう少し構ってもいいと思うんだが」
『……構われ過ぎでは?』
あっ、やきもちフェアリーだ。
よーしよし、よしよし。
「ふふ、モモちゃん、わたくしとお茶会をしましょう」
メローナさんがご機嫌をとってくれた。
「この国は獣人差別をするくせに、お茶の葉の品質だけは良いですよね」
アニエスさん、するくせにて。
まぁお茶は美味しいよね。土地がいいのかな。
「アニエスは俺に構ったほうがいいと思うんだけど」
あっ、アイルが拗ねてる。
アニエスさんはメイローナさん大好きだからね。
アイルはなかなか構ってもらえないよね。
いつの頃からか、アイルはアニエスさんのことを好きになって猛アタックし、アニエスさんを口説き落とした。
そのやり方はなんだか覚えがあるなぁと思っていたけれど、どうやらアイルの恋愛の師匠はウィルヘイムさんのようだ。
アニエスさんはしぶしぶアイルとそういう仲になったものの、メイローナさんが一番大切でそこだけは変えられないと告げていた。
ふたりが同時に危険な目にあったとして、迷わずメイローナさんを選ぶとまで言われているのに、アイルはそこも好きなところだと言ってアニエスさんを押し切った。
順位などつけたくはないが、強いていうなら二番目に大切なのはモモで、三番目に大切なのはアイ様です、とも言われていたが、アイルは挫けなかったらしい。
ちなみに私のことを三番目というのはとても心苦しいとアニエスさんは言っていたけれど、モモが二番目にいることが嬉しかったので、全然気にならなかった。
私とモモとウィルヘイムさんと、アイルとメイローナさんとアニエスさん。
【不老不死】の私たちは既に長く生きているけれど、なかなか人生に飽きることがない。
この世界には問題も多く、遭遇してしまうとみんな簡単には見捨てられない性格なので、ある程度解決するまでそこに腰を下ろして生活する。
あるときはアイルが手酷くやられた奴隷の子を連れてきて、悪質な奴隷商会をウィルヘイムさんが徹底的に潰したり、またあるときはモモが迫害されている小人族を見つけて、みんなで救い出して新しい住処を作ったり。
それぞれが得意なことを活かして、解決策を考えて、みんなで力を合わせ問題が解決し、落ち着くまで支援する。
ちなみに私は最終兵器みたいに扱われることも多く、現実的な手段ではどうにもならないときはいっそやっちゃえということで私の出番がくる。
今はメイローナさんが助けた獣人族の子をなんとかしようと話し合って、色々調べている最中だ。
森の中にはログハウスの他にも家を建てていて、みんなが好きなことをできる環境を作ってある。
最後のモモチャンの木を回収して、森に帰ってきた。
メイローナさんとアニエスさんは獣人族の子を見に行って、モモとアイルはひと足先にこのあとにするお茶会の用意をしにいった。
久しぶりに庭園のチェックでもしようかなと散歩がてら歩いて行く。
お茶会はおそらく庭園で行なうと思うし、今の雰囲気をがらりと変えたらみんな喜んでくれるかもしれない。
ウィルヘイムさんがあとをついてきているのは知っていたのだが、無言なのでちょっと不思議に思いつつ、スキル【施工】を使う。
花の種類を変えてみたり、噴水を設置してみたり、ああでもないこうでもないと作業をすすめて、一段落ついたあとにガゼボを設置した。
おしゃれなテーブルと椅子も置く。
いいね。かわいいし、素敵な空間だと思う。
こうやって、ずっとみんなとのんびり過ごしていけたらな、と思ったら、なんだか涙が出そうだった。
変わらないまま過ごすことは、きっとできないのだろう。
少しずつ変わっていって、いまは楽しいだけの期間もいつかは終わりが来るのだろう。
けれど、それでも、いまの私がまだ終わりたくないと思うあいだは、のんびりこの世界をみんなで旅したいと思うのだ。
「アイ」
「なんですか〜」
「愛してるよ」
「ぐわぁ」
わざわざ手があくのを狙ってた?
どうやら、恥ずかしがらせたいらしい。
そういう言葉、苦手なんだよなぁ。なんか、小っ恥ずかしくて。
「マスター!獣人族の子が目を覚ましたそうです!」
モモがパッと【座標転移】してきた。
目覚めた獣人の子に会いに行く。
目が覚めたその少年は、鋭い爪でメイローナさんの腕を切り裂いていた。すかさず【平癒】して動けないように魔法を掛ける。
みんなこれまでのことがあるので、警戒心の強い相手にはすっかり慣れっこで、傷付けられたというのに誰も取り乱したりしなかった。
その様子に少し笑みが浮かぶ。
全身の毛を逆立てて警戒している少年を前に、全員がしょうがないなぁとでもいうようなあたたかい眼差しを向けているからだ。
「お名前を教えてくださる?」
メイローナさんが優しく問う。
傷だらけの人にたくさん出会ってきた。これからも出会うだろう。私達が生きている限り。
──人生を終わりたいと思う日が来るのは、まだずっと先のことみたいだ。
のんびり異世界漫遊記 尋道あさな @s21a2n9_hiromichi
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