第38話
瞬く間に2年が過ぎて、次男坊の屋敷がいよいよ完成した。
明日には引っ越して来るようで、みんな心待ちにしている。
この2年間で次男坊は村のみんなとの距離を詰め、頭もよく頼りになることから、歓迎ムードが早くもできていた。
第一王女との婚姻の可能性があったので、その話が消えたあと早々に婚約者を見つけたらしく、奥様となる相手も一緒に村に来るようだ。
王都で式を挙げてからこちらに住むことになるというので、結婚のお祝いが村でできないことをみんなは少し残念に思っている。
なるべく私は次男坊とは距離をとっていて、話したことはまだ一度もない。
ちょっと病弱な引きこもりのニートということにしてもらっているので、とくに疑われる様子もなかった。
そしてなんと、メイローナさんが森に引っ越してきた。アニエスさんも一緒に来ている。
遠く離れたとある国に留学という形で赴く事が決まり、その先で事故にあって死亡すると言う筋書きだそうだ。
なんだその話は。
遠く離れたとある国には話を通してあるらしく、なんでもウィルヘイムさんの伝手がどうとか言っていた。
なんでそんな遠いところに伝手があるんだ。
とりあえず語学留学みたいな形らしいので、現在は日々外国語を学んでいる。
ウィルヘイルさんの計画に沿って【豊穣】の力を使って農耕地帯への支援をして周り、国のために尽力したという結果をもって、メイローナさんの留学に反対する貴族たちを静めたようだ。
メイローナさんとメローナさん、アニエスさんが一緒に暮らしているのである。
モモは週2でお泊りしに行っていて、とても楽しく過ごしている。
私も3回に1度くらいは参加させてもらっていて、集まってする内容は、勉強の時もあれば、お料理教室の時もある。お茶会や刺繍もする。
テーマを決めて詩を書いて、その詩を刺繍にして飾るなど、時間がいくらあっても足りないくらいに毎日みんな楽しそうだ。
そして、メイローナさんを国から脱出できるよう尽力した功労者のウィルヘイムさんだが、いともあっけなく病死した。
不穏な動きがあるという辺境の様子を見に行ったら病を広める魔道具が仕込まれており、対処中に病を発症したらしい。
そして、発症したもののウィルヘイムさんが魔道具を粉々に破壊していて、病の拡大は防げたが、ウィルヘイムさん自身の病を治すことが誰にもできず、次第に蝕まれていったそう。
幼い頃から期待され、実績も申し分ない第一王子様ではあったが、国に病が蔓延する前に阻止したという王族らしい行動に誰もが悲しむよりも称え、その死を弔った。
王妃は密かに王を毒殺しようとした罪で投獄され、王は少しの毒を含んでしまったことで、今は起き上がることも叶わぬらしい。
王妃が王を憎んでいるという話は突然のものではあったが、裏付ける証言や証拠が複数あったことから、王妃の罪は認められた。
調査が進むにつれて、前々から実行の機会を窺ってはいたものの、このタイミングで犯行に及んだことで計画の全てが露見してしまったようだ。
密かに犯行を早めさせたのが誰かというのは、触れないでおこうと思う。知りたくない。怖いよ。
そうして、第二王子が王位継承順位第一位となった。
世襲制なので、彼が王となる日も近いらしい。
勉学に励んているようだ。
しかし、第二王子様にそういった政治を行う義務はないので、議会は第一王子様が一番頼りにしていたという公爵家を筆頭に政治を行うそうだ。
はちゃめちゃだね。
ウィルヘイムさんは、第二王子様の仕込みが完了して国がうまく回ることが確認できたら、森に引っ越して来るらしい。
死人が暗躍してるよ、メザイア連合王国。
村長はシュレト村の魔法ギルドのギルド長に就任した。村からは絶対に動かないという条件で、魔法士になることを承諾したらしい。
同時に2つの魔法を使えることもあり、一部からは既に大魔法士と呼ばれている。
村長、強くなったね。
リクドールさんはシュレト村の冒険者ギルドを任されることになり、スティーナさんは商人ギルドのギルド長に就任した。
夫婦は仲良しなので、ここの冒険者ギルドと商人ギルドはうまくやっていけそうな気がするね。
シュレト村はそのうち村という枠から抜けるそうだ。村が町になる。
たびたび感じていた寂しさが襲ってくる。
頼られることも、あまりなくなった。
「黄昏れてんの?」
「アイル」
「なにみてんの」
「みんな」
シュレト村の塔に登って、ぼんやりみんなを眺めている。
アイルは時が経つにつれて、どんどん言葉が流暢になっていった。思いのままに話せるようになったアイルは生意気な美麗青年みたいで、かわいいけれど少し不安になる。
女を誑かしたりしちゃ駄目だよ。色気がすごいから。ムンムンだから。
「寂しいんだろ」
「ばれた?」
「ここんとこずっとそんな感じだもんな」
「まぁ、暇だからね」
「あいつは?」
「国で暗躍してるよ」
「最後に会ったのいつだよ」
「1ヶ月前くらい?」
「別れろ」
「わはは……」
アイル〜そんなこと言わないの。
忙しいんだよ、ウィルヘイムさんも。
「暇なんだろ」
「うん、暇だけど」
「ちょっと連れてけよ、アガスティアに」
「……行くの?」
「捨てた男の顔を見にな」
「えー、行くの」
「うり二つって言われたらちょっと気になるだろ」
「そう?」
「アイ」
「お姉ちゃんって呼んでくれたら連れて行くけど?」
「お姉ちゃん」
「ぐぬぬぬ」
仕方ない。
希望通りに呼んでもらったからには、ちゃんと連れて行こう。
【完全防御】と【危機回避】と【毒物無効】とあとは〜なんだ、何が必要かな。
アイルに次々と【付与】していく。
アイルはめちゃくちゃ睨んでくるけれど、お姉ちゃんはその無防備な状態で行くのを許しませんよ。
「お母さんにもお父さんにも言った?」
「言った」
「サラちゃんにも?」
「言った」
「じゃあ行きますかね。顔を見るだけでいいの?」
「それ以外は興味ない」
「はーい」
【透明化】して【座標転移】する。
豪華なんだけれど、全体的に配色が暗い部屋に着く。
アガスティア帝国は明るい色が下品というイメージがあるらしく、くすんだ色のものが好まれている。
どうして私が的確に【座標転移】できるのか、アイルはすぐに思い至ったようで、ちょっと睨んできた。
そりゃね、いつか行きたいと言われるだろうなと思ったからさ。事前に見に行ってチェックするよ。
ここはアイルの産みの親が暮らす大きな屋敷だ。
[死んでんの?]
[病気なんだって]
ベッドに横になっている、アイルを老けさせたらこうなるという顔の男性。
出会った頃のアイルに近い、感情が薄い顔をしている。今のアイルは喜怒哀楽がはっきり出るので、雰囲気は全く違う。
[ふーん、そんなに似てる?]
[似てないよ]
[そっか]
観察しているアイルは、悲しそうでも辛そうでもなかった。不思議な顔をして見ている。
[……この家に生まれなくて良かった]
[アイル?]
[俺、捨てられてよかった。みんなに会えたから]
泣きそう。お姉ちゃん、ちょっと泣きそうになっているけども、アイルくん。
[もういーや。帰ろう、父さんと母さんとサラのとこに]
[帰ろっか]
[あ、待って]
[どうかした?]
[治してやってよ、こいつ]
[いいの?]
[だって可哀想だろ]
【平癒】して、村に帰る。
自分を捨てた親のことを、可哀想だと思えるアイルが愛おしい。
アイルを捨てた父親は、健康体になってどう生きていくのだろう。
気が向いたときに訪れて、父親のことは何度か見ていた。彼は冷酷な人間ではあったが、よくいる私腹を肥やす極悪人ではなく、誰に対しても無情だった。自分に、対しても。
延命治療は受けず、静かに終わろうとしていた。
もう疲れたと彼がいつかこぼした一言は、アイルの願いを優先して、聞かなかったことにする。
アガスティア帝国で生き抜くのは、きっと、かなり大変なことなのだろう。
「あんまり大したことなかったな。なんか思うのかなって悩んでたけど、全然なんも思わなかった。ありがと、アイ」
「どういたしまして」
帰りは塔ではなくて私の部屋に戻ってきたので、アイルが部屋を出て行こうとする。
「あ、そうだ」
「うん?」
「【不老不死】俺につけといて」
「……アイル」
「あいつにもつけるんだろ、どうせ」
「それは、どうかなぁ」
「じゃあなおさらつけとけよ、俺はずっと離れないからな」
「アイル〜本当は何が目的だ、言ってみなさい」
「……サラが死ぬまでは死ねない」
「……よろしい、つけてあげよう」
「よろしく」
これで【不老不死】を付与するのは二回目だ。
モモとアイル。
長い付き合いになる、二人。
これから先、気が遠くなるような時間の中で、私は生きていくんだろう。
その旅にモモがいて、アイルがいて、変わらないまま生きていく。
今はまだ全然想像がつかないけど、他のみんなは私より先にいなくなって、それが当たり前になるんだろうな。
【不老不死】って、結構つらいものだったのかもしれないね。
そういえば、疑問もある。
考え始めたら、なんとなく、本当になんとなーくウィルヘイムさんに会いたくなって、空間を飛ぶ。
王都の一画にある小さな規模の宿屋は、ウィルヘイムさんの今の隠れ家だ。
地下に部屋があってそこを活動拠点にしている。
何やら王宮の地図にいろいろと書き込みをしていて、作戦会議をしているらしい。
丁度終わるところだったので、部下の人が出ていく姿を見送る。
自室に戻ったウィルヘイムさんが着替えようとしたタイミングで【透明化】を解除した。
「……貴女はいつも突然だな」
「ちょっと顔が見たくなって」
「なにがあった?」
「いや、そんな事件とかはなにもないけど」
上着だけを脱いで着替えるのをやめたウィルヘイムさんが私の身体を横抱きにして持ち上げる。
ベットに腰掛けて、近い距離で見つめてきた。
いつもこの態勢にするけど好きなのかな。
「会いに来てくれて嬉しい」
「会議してたね」
「話すと長くて内容も難しいが、聞くか?」
「いい」
「だろうな」
優しい顔をこちらを見るので、気恥ずかしくなってそっぽを向いた。
この人、めちゃくちゃ顔を見るんだよな。
どうしたらいいか分からなくて私が固まって、謎の膠着状態の時もあるし。
「話をしておきたくて」
「ああ」
「私、違う世界から来たんですけど」
「……それでも好きだが?」
「いや、そこを疑ったことはないんですが」
「俺もないな」
「話していいですか?」
「聞こう」
頷くウィルヘイムさん。
「違う世界があって、そっちでは普通に暮らしてたんですけど、ある日この世界に来ることになって」
「先にひとつだけ良いか?」
「なんですか」
「違う世界に恋人がいたのか?」
「来るときに付き合ってた人はいません」
「続けてくれ」
なんやねん。どこに引っかかってんだ。
「まぁ、その世界ではお付き合いの先に結婚があって、結婚したら子供を産んで育てたりするんですけど」
「子供がほしいのか?」
「そこなんですよね。私、産めるのかなと思って」
「……どういうことだ?」
「違う世界の人間だから、分からないんですよね」
子孫を残すことが許されているのか、それが分からない。
来る前にこうなるとは想定していなかったから、来るときに神様に子孫を残せますか、などと聞いてはいない。
死んだらまたこの世界で生まれることは知っていたけれど、自分の子孫を残してもいいか、残すことができるのかは分からない。
そして、婚前交渉が駄目らしいこの世界では子どもが産めない可能性があるのなら、婚約も取り消しになる。
「ウィルヘイムさん、私が子供を産めなくても良いですか?」
「俺は貴女がいればそれでいい」
「……そっか」
なら、まぁ、いいか。
聞きたかったことは聞けたので、またねとウィルヘイムさんの元を去る。
ウィルヘイムさんはしょんぼりしていた。
また会いに来るよ。
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