第37話
モモにウィルヘイムさんと話したか聞いたら話したというので安心していたんだけれど、少しだけ嫌な予感がして詳細を聞いたら、第一王女の輿入れうんぬんについては話していないと言う。
『自分で考えてそれを防ぐことが出来ないのであれば、わたしはもうあの人の味方はしません』なんてことを言い出したので、いやいや本題はちゃんと言わなきゃ駄目だよ〜と宥めて、私が直接行くことにした。
第一王女様の輿入れ先ってなんとか変更出来ないかな〜って誠心誠意お願いをしますよ。
無理なら違う方法を考えよう。
モモは私が行くことをとても嫌がっていたけれど、暫らくして考え込みちょっと気まずそうな顔をした。
『言い過ぎたかもしれません』と言うので、何を言ったのか聞きたいところ。
粘ったけど教えてくれなかった。
そんなこんなでまるっと一日過ぎてしまい、二日目にサラちゃんが熱を出したので治して、心配だから経過観察しつつ、ごろごろしていたら三日過ぎていた。
いけない、時間が溶けていく。
サラちゃん可愛いんだよな。
そこに一緒に戯れるモモも可愛いんだよな。
ようやく、出発する。
ウィルヘイムさんの執務室に【透明化】して【座標転移】した。
あれ。いませんね。
気配を探してあちこち覗くと、どうやら寝所にいるらしい。
もしかして、体調が悪い?
モモが【平癒】をしたから毒の効果は抜けてるはずだし、後遺症があっても治ってると思うんだけれど、3日のうちに何かあったかな?
寝所に失礼するのはアレかな〜と思ったけど、いいや、女は度胸だ。突撃した。
【透明化】しているから、突撃っていうのもなんか違うか。
絶句。
ええ〜怖いよ、目の焦点が合ってないよ。
なんでこうなったの?廃人みたいになってるけど、この3日で何があったの?
【平癒】を掛けたら少しだけ反応があったけど、ずっとぼーっとしてる。
ウィルヘイムさんから全ての生気を奪ったらこうなる、みたいな状態だ。
ベッドの脇に出現してみる。
部屋に【遮音】をかけて、【透明化】を解く。
一瞬だけ、また斬られたら嫌だなと思ったけれど、もし斬られても次は冷静に【平癒】しようと覚悟を決めて解いた。
「ウィルヘイムさん」
「……」
聞こえなかったかな。反応してくれない。
「ウィルヘイムさん?」
「ゆめ、か?」
誰が夢だ。来てるよー気付いてー。
「ウィルヘイムさん、大丈夫ですか?なんか、生気が抜け落ちたみたいになってますけど」
「あ、ああ。なんだ、おかしいな、貴女が会いに来てくれるはずが、ないんだ」
「来てますけど、本当にどうしたんですか?」
「なんでこんな都合のいい夢を、俺はどれだけ、あつかましいんだ?」
やばい。目がやばいぞ。
【平癒】が効かない。困った。
精神的な部分に作用するスキルって、あまり無いんだよね。
嫌な響きのものが多くて、出来れば使いたくない。
まともな手段で我にかえって欲しいけれど、全然正気に返りそうにない。
頬をつんつんしてみる。
「ウィルヘイムさん?」
「そういうことを貴女はしそうだ」
「しそうっていうか、してますけど、いま」
頬を両手でかるーく挟んでみる。
「戻って来てください、ウィルヘイムさん」
「貴女の手はやわらかいんだな」
頬を引っ張ってみる。
「いひゃい」
痛みを感じてるな。
そろそろ気付いてくれてもいいと思うんだけどなぁ。
頬を引っ張っている腕を引かれたので、バランスを崩してウィルヘイムさんに横向きに倒れ込んでしまった。十字の完成である。
やっば、寝所でこれは絶対にあかんやつ。
すぐに起き上がろうとしたけれど、ちょっと思い直す。
ウィルヘイムさんの腕を動かして、膝の上に横向きに乗った。
そのまま、抱きしめる。
アイルがずっとしてくれたように。
「そろそろ気付いてもらえません?ウィルヘイムさんにお願いがあって会いに来たんですけど、話を聞いてもらえますか?」
「おね、がい?」
「そうです。第一王女様が輿入れする先が、いまうちの村に住居を作っている貴族の所なんです。村に第一王女様が住むと、それはもう困るんです」
「……輿入れ」
「どうにかなりません?」
「どうにかって、どうにか……は?」
おっ、返ってきた。返ってきたっぽいぞ。
身体を離して目を合わせる。
目の焦点が合ってきた。
いいぞ、その調子。
戻って来てくれ、ウィルヘイムさん。
「聞いてました?私の話」
「なんで、いるんだ」
「だから、お願いしに来たんです。第一王女様が」
「そうじゃない、なんで、俺は貴女を斬って、それで」
「治りましたから、それは良いんですけど」
「よくないだろう!なにも、よくない」
落ち込まないでよ〜せっかく戻ってきたのに。
「ウィルヘイムさん、もう一回言いますけど、第一王女様の輿入れ先ってなんとかなりませんか?」
「する」
「わーい。ありがとうございます。それをお願いしたかったんです」
「するから、抱き締めていいか?」
「あーはい。どうぞ」
自分がしておいて人からのは嫌とは言えまい。
やむなし。
「いたい、いたい。もうちょい力抜いてください」
「うん……そうだな……」
うんて。少年に戻ったみたいな返事をすな。
調子が狂うでしょうよ。
ぎゅうぎゅう抱き締めてくるので、力を抜いて身体を預ける。
寝所でこれはあかんかったよなー。はーあ。
「好きだ」
「はい」
「貴女のことが、好きだ」
「……はい、何回も聞きましたよ」
「俺は、貴女を殺してしまったかと」
「一回殺されましたね」
びくっとすな。
「傷は、ないのか?」
「ありませんよ。完治してますから」
「痛みは?」
「刺されたときはありましたけど、すぐに治しましたので」
「痛かっただろう」
「……まぁ、びっくりしました」
「謝る言葉が、見つからない。どれもとても足りない」
「いいですよ、治ったものはもう」
だから力を入れるな。
私はもうやらかしたなぁという気持ちでいっぱいで、どうしようかなぁ、責任取らなきゃいけないっぽいなぁと頭がぐるんぐるんしてるんだよ。
寝所に入ってベッドに上がって肉体接触までしてしまったら、もうウィルヘイムさんが嫌だとは言いにくいよ。
めちゃくちゃ弄んでることになってしまう。
「なんで泣くんですか」
肩がびしょびしょになっちゃったよ。
ミアさんが作ってくれたワンピースだぞ。
私の宝物なんですけど。
「俺は浅ましい」
「浅ましいて」
「俺といてくれ」
「……ぐぬぬぬ」
「貴女がいないと何も出来ないんだ」
「なんか廃人みたいになってましたね。もしかして、モモにいろいろ言われたんですか?」
「当然のことだ。俺が、貴女を傷付けたから」
「なに言われたんです?」
「なにも。ただ、事実だけを」
「モモに聞いても教えてくれないんですよね」
プリティ頑固フェアリーになってしまったのである。うちの子は。
「全部なんとかする。どうにかする。貴女が困らないように俺が全部どうにかするから、俺のそばにいてくれ」
「そばにいる、はちょっと難しいですね。王宮に住んだり出来ませんし」
「そういうことじゃない」
「どうして欲しいんです?」
「顔を見て、話して、こうやって過ごすだけでいい。貴女が嫌じゃない間はそれを続けて、一緒に生きて行きたい」
「え、そんなもんで良かったんですか」
それは、なんというか、やってることは友達とか家族みたいなことだけど、それでいいの?
「貴女は何を想像してたんだ?」
「私の中の恋人同士ってまぁ毎日おはようとかおやすみとかやり取りして休みの日は出かけたりデートしたり、いちゃつくものって感じなんですけど、このせか……メザイア連合王国のお付き合いってどういうものなんですか?」
「そういうかんじだ」
「本当に?」
なんか今怪しかったな。
「……もしかして、婚前交渉禁止とかそのあたりの文化ですか?」
「いや、しらない」
「ウィルヘイムさん」
「……したことあるのか?」
「そりゃ、割といい年なので」
力を入れるな。痛いって。
ちょっと認識にずれがあるな。
調べるからちょっと待ちなさい。
えーっと、貴族、性行為、あーやっぱり婚前交渉禁止とかじゃん。
えっ、肉体接触ダメじゃん。
全然禁止されてるけど?
「私の知ってる文化とはだいぶ違うっぽいんですけど、これはやっちゃ駄目な範囲ですよね、すでに」
「しらない」
「あーもう」
「俺じゃ駄目なのか」
「王子様は駄目ですって」
「なんとかする」
「どうやって?」
「考える。時間をくれ。絶対にどうにかする。貴女には迷惑を掛けないように、ちゃんと考えるから、だから」
「だから?」
「俺を貴女の恋人にしてくれ」
嫌だって言ったら、泣くよね。
絶対に泣き出すよね。
弱いんだよなぁ、こういう状況。
アイルの時もそうだけど、どうにかしてあげたいと思ってしまうんだよなぁ。
「私、恋愛には、あー色恋沙汰のことです、それには向いてないんですよ」
「なぜ?」
「……愛情を疑われるというか、伝えるのが下手、というか」
「それは相手が悪いだろう」
「そうなのかなぁ」
「それが理由で俺はこんなに拒否されるのか?」
「まぁ、それも一つ、ですかね」
「そんなことを俺が言ったら殺してくれ」
「こっわ」
怖い事を言い始めたのでちょっと離れたくなる。
身を引こうとすると、それに気付いたウィルヘイムさんがちょっとショックを受けた。
「口か?」
「いやちが、なに、もう、臭いとか思ってないですよ」
めちゃくちゃ笑ってしまった。
このタイミングで口臭を気にするのだいぶ心に余裕があるな。
もう元気になったよね?
「私そろそろ帰ってもいいですかね?」
「まだ返事を聞いていない」
「……うーん」
これまで、曖昧な態度を取り続けて思わせぶりなことをする恋愛モノのヒロインが苦手だった。
期待を持たせていることもちょっと良くないと思っていたし、はっきりしないことで周りも傷付くから、無理なら無理と言ってあげたらいいのになぁ、と思ったこともある。
それなのにいざ自分がこういうことになると、でもなぁとかいやぁとか理由を探して誤魔化してしまって、少しだけ彼女たちの行動の理由も分かる。
立場がなぁ、とか、後々嫌われたらなぁとか、結局は逃げの気持ちがそうさせるのかもしれない。
最終確認をしてみようと思う。
きちんと、けじめをつけるために。
「ウィルヘイムさん」
「なんだ」
「私の額にキス……口づけして貰ってもいいですか?」
「……していいのか?」
「はい、ちょっとお願いします」
緊張した面持ちで、そっと頭に手を添える。
ゆっくり近付いて、額に唇が触れた。
音は、しなかった。
「うん」
大丈夫。ちゃんとウィルヘイムさんのこと、好きだなと思う気持ちはある。
気持ち悪いとか不愉快とか、逆に家族みたいな親しみとか、そういうのより、ときめきが勝つ。
「付き合います、ウィルヘイムさんと。私で本当に良いんですね?」
「……貴女がいいんだ」
「分かりました」
「もう帰るのか?」
「不安すぎでしょ」
笑っちゃった。
すぐ帰るのかって聞くよね。
「はー」
「溜め息だな」
「もうちょっとだけいますよ」
「ああ」
嬉しそうな顔しちゃって。
なんだかなぁ、もう。
ウィルヘイムさんの押しに負けた感じがあって、少し悔しい。
あちらの世界での恋愛は告白されて嫌いな人でなければとりあえず付き合ってみる、という始まりが多かったので、かなり逃げたなぁとは思うけれど。
「もう平気ですね?」
「今なら何でも出来る気がする」
「その調子で第一王女様のことお願いしますよ」
「任せてくれ」
「頼もしいですね」
本来仕事が出来る男なのだ。
廃人みたいになっていたけれども。
「見逃していたミュレストン侯爵家は、この機会に粛清する。実家だからと王妃が優遇し過ぎて限度を忘れてしまったようだ。掘れば掘るだけ出てくるものがあるから難しいことじゃない。ハーベンダルク公爵家もな」
「……ハーベンダルク公爵家ってなんでしたっけ」
「第一王女の支援家だ」
ああ、なるほど。
でもメザイア連合王国の王族はお飾り、あー、そうだ、この人【謀略】を持ってるんだっけ。
針の穴に糸を通すような政治干渉が出来るわけね。
「俺が全て解決する」
「お願いしますね」
ごっちゃごっちゃで分からないんだよな。貴族。
メザイア連合王国の貴族事情はもう全然知りたくない。
「帰りますけど、良いですか?」
「もう少し」
「きりがなくなりますよ」
「もう少しだけ」
「あーもう」
頬を両手で挟んで引き寄せる。
顔を斜めに近付けて、唇にキスをした。
はい、これでおしまい。
帰りますよ、私は。
「じゃあまた」
何が起こったのか分からない顔をしているウィルヘイムさんを置いて、ログハウスに転移する。
ぽかーんってしてたな。ちょっと勝った気分。
『マスター!』
「ただいま、モモ。ウィルヘイムさんがなんとかしてくれるって。廃人みたいになってたよ、たくさん怒ったの?」
『……事実しか伝えておりません』
「別に怒ってないよ、おいで」
気まずげに目をそらすので、プリティフェアリーを腕に抱く。
「あー、ウィルヘイムさんと付き合うことになったよ。男女交際」
『ままままマスター!?』
「ちょっといろいろね、責任取らなきゃかなぁって……それだけじゃないけどさ」
『わたしのせいですか!?』
「ううん、モモは関係ないよ」
私があの人をなんとかしたいと思ってしまったことが原因だ。
賢くて、気高くて、仕事が出来て、姿勢良く前を向いていた姿を知っているから、全てが失われたような様子にどうにも耐えられなかった。
一週間も経たないうちにこちらへの輿入れの話がきれいさっぱり無くなって、あれは一体なんだったのかと関わった人間は首を傾げた。
そして、遅れて代わりに響いたのは海を超えた向こうの大国から第一王女様が望まれたという名誉ある報せ。
トントン拍子にそちらへの輿入れが決まり、第二王女の我が国への輿入れも決まった。もちろん、今回は王家に輿入れする。
働いてるなぁ、ウィルヘイムさん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます