第36話

 ログハウスとサイラスさんちを自由に行き来出来るように、私室を作ってそこに扉を設置した。


 サイラスさんち──お父さんの家は4LDKになって夫婦の寝室、アイルの私室、私の私室が出来た。

 サラちゃんが大きくなったらもう一部屋作るつもりだ。


 私の部屋の中は家具を一応は設置してあるけれど、もう一つ扉を作って【座標転移】を【付与】したのでログハウスに繋がるようにしてある。

 何かあったときログハウスに避難出来るし、切り離すことも可能だから、この扉のことはみんなに伝えて知っておいてもらった。


 モモが妖精族だということもお父さんとお母さん、アイルには告げてある。

 なので、モモはいつもの羽根ある姿のまま室内で過ごせるようになった。

 村の外に出るときは人間に種族を変えてもらう。



 泣いた理由は説明していない。

 聞かれたら答えたけれど、そこは気にならないみたいだった。言いたくなったら言えばいいと思ってくれているようだ。


 サラちゃんは可愛くて、一日中遊んでいられる。

 モモとサラちゃんとごろごろ遊んで過ごす日々があまりにも楽し過ぎて、一週間続けた頃にアイルから怒られた。

「働け」と言われたので、何でもしますよ〜と気合いを入れたらセレナさんから止められた。

 アイはもう一生ごろごろしていいくらいに働いた後だから、これでいいのよとアイルに教えていた。


 ニート爆誕である。


 そんなこんなで、もう三週間ほどごろごろ過ごしている。



 村は毎日トンカントンカンうるさくて、建設工事がずっと行われている。

 かなり急いで作るように言われているのか、他所から来た業者達はみんな大変そうだった。


 浴場と食堂は毎日満員御礼で、マリリンさんもアローニャさんもとても忙しそう。

 手伝おうと思って見に行ったら、新しく入った人が沢山いたので手は足りていそう。

 次男坊の次男坊の指示で来ているのか、領主様の方からの指示で来ているのかは分からない。


「おい、聞いたか」

「あれだろ、隣国からお姫様を貰うって話」

「それだ、それ」

「本当にここに住むのか?そりゃあ良い風呂はあるけどよ」

「さぁなぁ。こんなとこに来るなんて、よっぽど風呂好きなんじゃねぇか?」


 食堂でリリアンさんから、おやつを貰って帰ろうとしたら、食事をしている職人達の会話が聞こえてきた。


 隣国のお姫様?


「ねぇ、モモ、今のって」

『建設している所と領主の所を回って事情を調べてきます』


 ぴゅんっと走って宿を出て行く。

 あ、【透明化】した。



 うちに帰ってリリアンさんのおやつを、セレナさんに渡す。

 サラちゃんをぷにぷにしたりつんつんしたりしながら触れ合っていたら、モモが帰ってきた。


『マスター……大変です……』


 あー、この感じだと、隣国はメザイア連合王国の事だったかぁ。

 反対側の方かなとも思ったけれど、違うんだね。


『来るのは……第一王女様です……』

「嫌すぎる」


 絶対に阻止したい気持ちになってきた。

 作戦会議だ。


 セレナさんにちょっと出てくる事を告げて、ログハウスに戻る。

 モモが集めてきた情報から状況を分析した。



 第三王子様のスキルが【安定】だと言うことが発覚していたらしい。

 いつの間に。

 第三王子様はそもそも虚偽の申告をしたつもりはなく、スキルを聞かれて答えて、念の為に紙に書けと言われて書いて、それを見た貴族たちが勝手に【安寧】だと勘違いをしたそう。

 漢字で書いてもひらがなで書いてもこの世界の文字で書いてもちょっと似てるんだよね。

 時間を置いて文字の勉強や発音などもハッキリしてきたので、再度ステータスの確認に行ったそうだ。

 これはウィルヘイムさんが計画したみたい。


 そうしたら【安定】だと言うことが分かり、王位継承順位が第三位になったと。

 そして、何故か第二位に繰り上がったのは第四位にいたお姉さんで、弟さんを支援していた貴族がこっちについたことで勢力を増したらしい。


 メザイア連合王国で王族はお飾りのようなものだから、貴族は優秀な人よりも都合が良い人を置きたいみたい。

 お姉さんは政治に興味がなく、贅沢に暮らせるならそれでいいと思っている、らしい。


 そして、第一王子様、ウィルヘイムさんを支援している家が第一王女様が邪魔なので、年齢のことも考えて他国に輿入れさせる計画を立てた。


 ここまではいい。


 この先の話からはあまりにも抜けている人が多すぎて、頭が追いつかない。


 まず、輸入品のマリリンシリーズをお姉さんがえらく気に入って、どうしても嫁ぐ事になるならこれらの輸出国でなければ嫌だと条件をつけた。


 そして、シリタリナ王国、この国の王家はお姉さんの評判を知っているのでお断りしたそうだ。


 そうしたら、お姉さんはむきになって、降嫁してやってもいいから、産出国に輿入れすると言い出したらしい。

 そこに飛びついたシリタリナ王国は王家に嫁がせるのは嫌でもメザイア連合王国との繋がりは欲しいので、自国の貴族で引き受ける者を探した結果、手を上げたのがここの領主様。


 そして、次男坊がモモチャンの権利で王家から爵位を得るので家格は落ちるかもしれないが、次男坊ではどうかと言ったそう。


 普通は絶対に有り得ないのにお姉さんは承諾していて、マリリンシリーズが豊富に自由に使えるのであればよいと話を進めたがっているそうだ。


 輿入れまでに土地を整えてある程度のものになっているなら、自国の者も連れて行くし、自分がそれほど困ることはないから良いと。


 なんでそうなる?というかあれこれ裏をかいたり建前を作り過ぎたりふっかけたり試したりし過ぎだろ、めちゃくちゃだよ。


 領主様って侯爵様だったの?

 偉い人じゃん。知らなかった。


 そんで、叙爵される次男坊は子爵って、よく分からないけど他国の第一王女が子爵に嫁いでいいの?

 そんなのありなの?

 子供を生んじゃ駄目らしい。

 そして第一王女様は子供を生みたくないらしい。


 この土地にあの第一王女様が来るの、本当に怖いんだけど。


「どうする……?」

『…………』

「あっ、モモ、いけませんよ、よからぬ考えはだめですよ、まだ何もされてないからね」


 モモの目が一瞬アサシンの目に見えた。



 問題は他にもあって、次男坊が第一王女様のことをあまりよく思っていないらしくて、この輿入れに乗り気じゃないそう。

 領主の侯爵様は面倒ごとを子供に押し付けているような印象が強いし、何かあっても解決はしてくれないと思うんだよね。

 更に、王家も自分の所に来るのは嫌だけど、メザイア連合王国に貸しを作るみたいな感じだから、第一王女様の輿入れ自体は賛成なんだろうし。大国だもんね。


『ウィルヘイム様はなぜ反対していないんでしょう』

「ウィルヘイムさん?なんで?」

『マスターが村にいることを知っているのに、おかしいと思いませんか?』

「うーん、自国の貴族に監視をつけて見張ってくれてるようなことは言ってたけど、ウィルヘイムさんが止める理由は特にないんじゃない?第一王女様が居ないほうが助かるんだろうし」

『……マスターはウィルヘイムさんがそんな人だと、お思いなんですか?』

「ごめん、はい。おかしいね、はい、おかしいです。村を守ろうとしてくれたもんね、第一王女様がここに来ることを許してるのは、うん、おかしいね」


 そんなにじっとり見ないでよー。

 変に自惚れてるのもあれかな〜と思って考えないようにしてたんだよ。


 ウィルヘイムさんの支援家からしたら第一王女様がたとえ何処だろうと嫁いで居なくなるのは歓迎だろうし、それを止めさせるウィルヘイムさんに支援家はなぜ?ってなりそうじゃん。

 そうなったら反対は出来ないんじゃないかなーとか思ってたけど、うん。


 きっと反対するよね。

 私もウィルヘイムさんは、そういう人だと思うよ。



 あれから一度も会ってないし、手紙も返してない。

 手紙の返事をしなかったら、ぱったり新しい手紙は届かなくなっていて、問題があればメイローナさんがモモに伝えるだろうし、良いかなぁって思っちゃったんだよね。


「会いに行ったほうが良いかぁ」

『お話しを聞いてみませんか?』

「うーん、そうだよね。分かった、行ってくる」

『モモはお待ちしております』

「うん、分かった」


 メザイア連合王国の王宮、ウィルヘイムさんの執務室に【座標転移】する。

【透明化】をつけていたけれど、部屋の中にはウィルヘイムさんしか居なかったので、【透明化】を解いて姿を現した。


「ウィルヘイムさ」


 風を切る音がして、身体に刃が入る。


【魔法無効】は常時発動にしていたけれど、物理攻撃は防ぐ手段を常時発動にはしていなかったなぁ。

【危機察知】も働いていたのに、避けられなかったね。

 実戦経験がないことがこういう所で響くらしい。



 意識が落ちるな、と思う寸前になんとか【転移】した。

 モモの絶叫だけが聞こえて、目の前が真っ暗になった。



 迷いのない動きだった。

 目があったけれど、私の事を認識していなかった。

 不審者を見る目で射抜いていて、まるで知り合いだと思っていなかったと思う。

 顔を見ても驚きなどが無かったことから、ウィルヘイムさんが私の事を忘れていると勘付いた。


 モモが【平癒】してくれて、痛みや熱さは無くなったけれど、衝撃がすごい。


「あーびっくりした……」

『なにがあったんですか!?』

「いや、ほんとにわかんない。ウィルヘイムさんの前に現れた瞬間にもう貫かれてた。誰かとか聞くこともなかったし、私の顔を見ても驚いたりしてなくて、なんだろ、うーんと、忘れちゃった、のかな?」

『マスターのことを、ウィルヘイムさんが?』

「うん、そう思う。私に覚えがなさそうだった。心臓がバクバクしてるよ、モモ……びっくりした……」

『ゆるせない』

「モモ?」

『そんなの、許せません。事情があったって、マスターのことを、刺すなんて、信じられない』

 怒ってるぞ、モモがめちゃくちゃ怒っている。

「待って、モモ。落ち着こう。メイローナさんに話を聞こうよ、それから考えよう」

『……はい』


 もう一度、メザイア連合王国に向かう。

 メイローナさんの私室に出て、モモが【念話】でコンタクトをとる。

 メイローナさんは落ち着いて侍女を外に出し、疲れたから少し休むと言って寝室に入った。

 モモが【遮音】を掛けた。


「サイトー様!」

「突然ですみません、驚かせて」

「わたくし、もう一度お兄様とお話ししてから、と思っておりましたの!先にお兄様にお会いになられてしまいました?」

「えーと、はい。会ってきました」

『刺されました』

「いま、なんと?」

『刺されたのです、マスターが』

「なんてことを!」


 真っ青になるメイローナさんに、モモが無表情のまま説明する。説明すると言っても、突然刺してきたことくらいしか伝えてないんだけれど。


 メイローナさん気を失いそうなほど震えてるよ、モモ、こら、モモ。


『マスターは、マスターは……治るけど、傷は、治るけど、痛みはあるのです。刺されたら、痛いのですよ』

「わ、わたくし、わたくしは」


 泣き出してしまった。

 モモさん、ちょっと。話聞けないけども。


「大丈夫だよ、ちょっとびっくりしただけ。それより、話を聞きたくて」

「は、はい。はい、おはなしを、おはなしを……」


 メイローナさんが落ち着くまで待つしかないな、これは。

 モモはすごく怒っているので、私がお茶を用意する。

 メイローナさんが悪いわけじゃないからね、モモさん。


 呼吸を整えるまでしばし待ち、メイローナさんが何度も深呼吸してからそっと私の顔を見た。


「お兄様がしたこと、本当に、本当に申し訳ございません」

「大丈夫、それはいいから」

「実は、少し前にお兄様とお茶をしていた時にサイトー様のお話しを出したのですが、お兄様の様子がおかしくて……」

「うん?」

「それは誰だと仰るのです。アニエスと二人でこれはおかしいと思い、お兄様に聞こうとしたところ、お仕事が急に入ってしまい」

「話を聞けなかったんだね」

「はい。それ以降、ずっとお兄様はお忙しくて、お約束も取り付けることが出来なくなってしまいました。アニエスもお兄様の姿を見掛ける事が減ったと……もう一度サイトー様のことをお兄様にお聞きして、それでも分からないようなら目を盗んでそちらに行かせて頂くつもりでしたの」

「ということは、メイローナさんも分からないんだね」

「アニエスがいま調べて回ってくれておりますが、今日もそれで不在となって」

「姫様」


 外から声が掛かる。


「サイトー様、アニエスです。中に入れても構いませんか?」

「もちろん」


【念話】を使ったのだろう。

 アニエスさんが入ってきた。


「お久しぶりです、サイトー様、モモ様」

「元気にしてました?」

「はい。おかげさまで、姫様は恙無く……姫様、この場で報告しても宜しいでしょうか?」

「お兄様のことね、話して。サイトー様にも聞いて頂きたいわ」

「分かりました」


 アニエスさんは屈んでスカートの中に手を入れた。


 ええ!びっくりしちゃった。


 スカートの中から、小さなメモ帳のようなものを出して開く。


「まず、ウィルヘイム様のお忙しい理由ですが、輿入れの手配が難航していることや、王妃様の度々の癇癪で時間を相当取られているようです。気が立っているとの事で、姫様の名前を利用してミュレストン侯爵家から贈り物がされておりました。現物は確認出来ませんでしたが、気が休まる香とのことです。非常に怪しかったので、その手のものに詳しい知人へ効能を調べて頂きました。フララが原材料となっているお香でした」

「……なんてことをしてくれたの」

「フララ?」


 メイローナさんがめちゃくちゃ怒っているので、たぶんフララが良くないものなんだろうなとは思った。

 調べる前に口にしてしまったので、アニエスさんが教えてくれる。


「物を忘れさせる効能がある毒草です。燃やすと効果が出てしまうので、見つけ次第根から抜いて水に濡らしたあと刻み、レモカという草と一緒に土に埋めることで処分します。レモカは神経を麻痺させる毒草ですが、フララと混ぜると効果を中和するので、そう対処するようにこの国では決められています」

「ミュレストン侯爵家は弟の支援家ですが、今はお姉様の派閥として動いておりますの。わたくしの名前で、そう、お兄様に贈り物を……そんなものを!」


 メイローナさんが声を荒げて怒っているのを初めて見たので、ちょっと見入ってしまった。

 モモもびっくりしている。


 物を言う忘れさせるって、麻薬みたいなものなのかなぁ。危険な毒草なんだね。


「さらに、知人の見解では香を作る際に魔力が使われたあとがあると。恐らく、忘れるものを指定するような効果ではないか、とのことでした。ミュレストン侯爵家には複雑な条件をつけられるお抱えの魔法士はおりませんので、サイトー様に指定されたとは考えにくいです」

「ええ、過去に魔力を込めて作られた香が使われた際も、一番強く思う物事や人を忘れさせたり、憎しみの感情だけに指定があったり、簡単なものだったはずですもの。お姉様の輿入れのことをお兄様に忘れさせようとしたのかも……」


 憎しみとかに指定が出来るなら、もしかしたら助けとして使っていた人もいたのかも知れないね。

 危険視されているけれど、使いたい人がいるものってなかなか無くならないよなぁ。


『マスターを傷つけた事は絶対に許せません。でも、そういうことなら、わたしは……』


 そういうことなら?

 あ、一番強く思うってやつ?


 ぐわぁ、ちょっと考えたくないな。

 小っ恥ずかしいわ。

 だけど、原因が分かったなら【平癒】でいけるよね。


「……モモ、ウィルヘイムさんに【平癒】と【毒物無効】を掛けてきてくれる?」

『はい、マスター』


 あれ、やだって言わないな。

 頼んでもいいのかな。


『しばらくは会わない方が良いかと思います。わたしがお話ししますから、マスターはゆっくり休んでください』


 なんだなんだ。モモが優しいぞ〜。


「ありがとう?」

『行ってまいりますね』

「うん、助かるよ」


 さて。事情は分かったし、正気に戻ったウィルヘイムさんがなんとかしてくれたら良いな〜とは思うけど、それは流石に虫が良すぎるかな。


「サイトー様、あの」

「うん?」

「お兄様のこと、本当に」

「あーそれは本当に大丈夫。私のことを見ても気付かなかったから、なんか変だな?とは思ったんですよね。記憶があいまいになっちゃってたなら、納得がいきました」

「お嫌いに、なられました?」


 えっ、そんなことないけど。

 部屋に突然現れた不審者は切られてもまぁ仕方ないよね。王子様だし。


「そんなことないですよ」

「ほ、ほんとうに?」

「えー、そんなふうに見えました?」

「わたくしでしたら、こわいと思うかも……」

「ああ、それは確かに」

「やはり」

「いやいや、メイローナさんがそんな目にあったら怖くなるのは当然だなと思って。私はなんていうか、傷ついてもなんとかなるので」


 めっちゃ暗い顔したな。なんでだ。


『マスター、完了しました』

「じゃあ、お暇しよっか。メイローナさん、アニエスさん、またね」


 手を振ってお家に帰る。

 二人は深々と頭を下げていた。

 メイローナさんは王族なのにそんなことをしてもいいのか?


 帰ったらアイルが「どこにいってた」と問い詰めてきた。可愛いな〜心配してくれてるのかな。

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