第35話
それから翌日になっても誰からも通知は届かなくて、モヤモヤしながら【魔法書】を暇つぶしに読む。
村長にこれも教えたいなとか、メイローナさんはこれを覚えたら助かるんじゃないかな、とか考えながら魔法を取得した。
モモはたまに居なくなって、きっと村を見に行ってるのかな、戻って来ても私に何も言わない。
私も敢えて聞かなかった。
どんな結論が出ても受け入れようと心を決めて、気持ちが落ち着いた頃、村長からの通知がきた。
あれから5日は経っている。
のそのそとベッドから出て着替える。
メローナさんが作ってくれたニット帽を被って、もうすぐ春が来るけど被ったままでもいいかなぁと惜しんだ。
モモと一緒に【座標転移】して、村長宅の前に出る。
【透明化】はつけなかった。
「お師様」
「はい」
「村のみなで考えました。聞いて下さいますかな」
「勿論です」
村の開拓が始まっていた。
見慣れない業者がたくさん来ていて、職人らしき人も多い。
村長宅に入って、慣れた応接間のソファに腰掛けた。
「話し合いの翌日には領主様の次男が到着しまして、村をあちこち見ておりました。モモチャンの木もマロの実も、植えたばかりの畑や植林帯なども隈なく見ておられまして、プチトマトの枯れた様子すらこれは何だと気にしておられましたわい。浴場が特に興味を惹かれたようですな、この温泉はどうやって湧いてるのかと質問も多く……」
「おじいちゃん、話が長いと思うよ?」
「ミアさん、大丈夫だよ。全部聞くよ」
ミアさんの辛辣な切り込みに、村長がめっちゃ悲しい顔をした。
「と、まぁ、いろいろと聞かれましたが、わしらには仕組みが分からん物も多いですから、魔法使い様がお作りになられたと話して納得して貰いました。解体してもよいかとのことでしたので、解体しても構いませんがその後使えなくなる恐れがあり、二度と再現する事が叶わない可能性もございますとお答えしたら、引いて下さいました。領主様の次男坊は頭のよい方ですな」
村長にとっては好感触なようだ。
「村のものをそっくりそのままお譲りしてもよいですが、魔法使い様はわしらが住む小さな村が困らぬようにといろいろと作って下さったものですから、わしら以外に任せることになると、村にある物がどうなるかはわしらにもわかりません、とお話しさせていただきました」
「それで木を持って行かせたんだ!」
クレイくんが嬉しそうに話してくれた。
「モモチャンの木を一本お譲りしますから、村の外へ運んでみてはどうかと提案をして、実際にその通りにして頂き、モモチャンの木がみるみる間に枯れたのをその場の全員が見ておりました」
みんな頭良いな。
最初に説明したことをちゃんと覚えてくれているし、うまいやり方だなぁって感心しちゃった。
「風呂桶なども試して頂きまして、目の前で消えてしまったので御一行様は大騒ぎになりましてな。ですが、わしらだけを追い出して、設備を使うならば問題はないのではと一人の従者が次男坊に言いまして」
うんうん。余計なこと言うな従者。
「ミアの服倉庫をお見せしました。服倉庫だけはミアとハリサが不在の間は、明かりも消えて他の誰も開けられない仕組みに作って下さっておりましたので」
そうなんだよね。
あの場所はミアさんの許可がないと入れないように作っていて、ミアさんとミアさんから権限を貰っているハリサさんの二人が退出したあとは、防犯のために勝手に設備が沈黙するようにしてある。
他の施設や他の家は、そんな仕組みを作っていないんだけど。
「わしらにしか使えないとうまいこと思って下さいました。いやぁ、他の設備もやってみろと言われたら、ハロルドが作った眠りのお香で一旦眠ってもらう予定でしたが、そうはならず」
ハロルドくん!?
きみは何を作ってるんだい!?
「村のことを理解して貰ったあとは、他のどなたがお住まいになろうと領主様がお住まいになろうと、わしらは構いません、ここでわしらが暮らすことを奪わないで頂けるなら特産品の権利はどうぞお譲りしますからお好きなようにと伝えました」
「それで開拓することになったの?」
「次男坊がここに居を構える事になりましてな、それに伴って使用人の家や複数の商店も建設する予定です。スティーナとリクドールも村に居を構えると言うております。そして、アキサルと村を繋ぐ道もきちんと整備されると……」
共存する道を選んだんだね。
そっか。そういう手段もあったんだ。
「領主様から浴場や宿など、あちこちに人が派遣されるそうですが、わしらは手が増える事は歓迎しております。若者が減って寂れた村でしたから」
村長の話を聞いて、正直なところホッとした。
不安要素はあるけれど、村に人が増えることでみんなが助かるなら、それは良いことだ。
「さて、お師様」
「……うん」
私はもう、村に来ないほうが良さそうだね。
「これから人が増え、お師様のお力を狙う輩も来るでしょう。領主はお師様の事を取り込もうともするでしょうな、お師様は素晴らしいお方ですから」
村長の言葉に頷く。
きっと、そうなるよね。
「ですから村のみなで話し合い、ひとつ、決めました」
「……うん。私は」
「サイトー様、という魔法使い様はもうこの村を去られました。お師様のお名前を呼ばぬこと、お許しいただければ、と思います」
「そう、ですね?」
「つきましてはお師様、なにか新しい名前をお作りになられませんか?」
え?
「みなで考えましたが、どうもサイ様やイトー様など、似通った案ばかり出てきてしまいまして」
「私、村に来てもいいんですか?これからも?」
「何をおっしゃる!またどこかに行かれようとお思いでしたか!?」
いやこっわ、顔。
だけど、縋られて嬉しいと思ったの初めてかもしれない。
えー、もう村には来ちゃいけないんだと思っていた。
来てもいいんだ。そっか。
「じゃあ、アイって呼んでください。それも私の名前ですから」
「アイルと響きが似ておりますな……では、アイルの姉として、村に来ていただけませんか?」
「アイルが良いって言うかな……」
そこが不安だ。
私が姉なんて嫌がったりしないだろうか。
「ローブもやめたほうが良さそうですね。魔法使いだって分かりやすいから」
「サイトー様、ううん、アイ様!私が作った服、着てくれますか?」
ミアさんが膝に畳んで置いていたワンピースを広げて見せてくれる。
それ、私に作ってくれた服だったんだ。そっか。
「ありがとう、ミアさん」
大切に着るね。
「おれ、アイル呼んでくる!」
クレイくんが走って出ていって、すぐにアイルを連れてきた。
クレイくんの身体能力、それこそ領主様に狙われない?大丈夫かな?
「アイル!ほら、サイトー様が、アイルの姉ちゃんになる!」
「……わけが分からない」
連れて来られたアイルはクレイくんの言葉を聞いて、少し間を開けてからそう言った。
そうだよね。
「えーと、村にサイトーって言ういろいろと作った魔法使いがいるとね、ちょっとまずいんだよね。だから、魔法使いをやめて、アイルの姉になろうかなって思うんだけど、いいかな」
「姉に、なる?」
「うん」
「別に、いい。ひとり増えたって。もう、たくさんいる」
そっかぁ。村みんなが家族だもんね。
「私の名前ね、アイって言うんだよね。これからそう呼んでくれる?」
「アイ」
「そう、アイ。ガイルさんもみんなも、呼び捨てにして下さいね。様をつけたらおかしいですから」
ピキーンと村長が固まった。
それはやりにくいらしい。でもやってもらいたいよ。
どう考えても年下なのに様をつけてたら変だよ。アイルのことは呼び捨てなのに。
「楽しくなってきたなぁ。サイラスさんとセレナさんの娘で、サラちゃんの姉にもなるのか」
アイルがハッとして私の腕を掴む。
「お、俺は?居てもいいのか?家が狭くなる」
「私は森に家があるからね、そっちで暮らすから狭くなる心配はしないで。一緒にサラちゃんを守ろうね、アイル」
「分かった」
サイラスとセレナに話してくる、とアイルが帰って行った。
村長もみなに話して回ると言うので、お願いして私とモモはログハウスに一旦帰る事にする。
『マスター、良かったですね』
「うん。みんな、すごいや」
落としどころを見つけて共存する道を探して、実際にそうなったんだから、本当にすごいと思う。
「【不老不死】だけちょっと不安だけど、それはまぁ、もうちょっと先に考えることにする。みんながあれ〜?ってなる頃に」
『はい、マスター』
それにしても、アイルの姉か。
なんかいいな。
私には兄が居たけれど、特別仲良くも悪くもなかったので、兄妹らしいことは思い出もあまりない。
兄は勉強熱心でいつも机に向かっていたけれど、私は勉強が好きではなかったので、平均よりちょっと上とかちょっと下を行き来するくらいだった。
弟ってかわいいな。妹も、嬉しいな。
「モモ、今日はなにする?」
『普通の村人について学びましょう。マスターは今のままでは、何でもできる魔法使いですから』
「ぐわぁ、一番苦手なやつ〜」
『頑張りましょう、マスター』
しかし、普通の村人って何?
シュレト村、みんなそこそこポテンシャルがヤバくないか?
閉じ篭って普通の村人について学んだけれど、魔法やスキルを使わない自分は本当にぽんこつだと分かった。
怠け者だし、頑張ることは苦手だし、特化した特技もない。自己嫌悪に陥りそうだったので、モモに慰めてもらう。癒やされる〜。
「みんな得意なことがあってすごいよね。私は全然ないから」
『マスターは精神的にとても安定している所が素晴らしいと思いますよ』
「そうかなぁ、結構あたふたするよ?」
『その時間が短いですし、あまり落ち込んだりもしないですから』
「確かに長期間ずっとっていうのはないかもしれないね」
精神的に強いからこの世界に来てもいいと思われたらしいし、たぶん強い方なんだろうけど、実感が全然ない。
「精神的に強いことって、この世界では魔法使いに向いてる取り柄だよね。それを活かさずに生活するのはかなり難しい……」
『そうですね……興味のあることなど、他にありますか?』
「うーん、おはなしダケの観察?」
『観察記録も充実してきましたね』
ちょいちょいと海のかさを押すと海がぷるぷる震えた。
かっわい〜。
真剣に私に出来ることを考えてみたけれど、やっぱりスキルと魔法を取り除くとこれと言って見つからなかったので、村に行っている間は村長やみんなのやっている事のお手伝いをその都度申し出て行う、ということにした。
モモは私の結論を聞いて『マスターの取り柄はそういったところですよ』と言っていた。
あんまり悩まないところか。
サイラスさんとセレナさんにはあれからまだ会っていないので、ごあいさつのつもりでローブを脱いでお家を訪ねることにした。
扉を叩くとセレナさんが出てきて、その後ろにサラちゃんを抱っこしているアイルがいる。
「おかえりなさい、アイ」
一瞬、何を言われたのか分からなくて、視界がぶれてしまった。
ああ、なんだ。
なんだよ。
こんなところで、来るんだ。
膝から崩れ落ちた私に、セレナさんが息を呑んだ音がした。
何も考えられなくて、嗚咽を漏らすことしか出来ない。
物音がたくさんして、バタバタと音が近付いて、アイルが私の脇の下に腕をぐっと差し込んだ。
「連れてく」
モモに言ったのか、セレナさんに言ったのか。
そんな力があったのかと驚くほどに力強く、アイルは私を抱き込んで抱えた。
アイルは私よりは少しだけ身長が高くて、それでも抱えるのは難しかっただろうに、ふらつく様子もなく、ベッドまで運ぶ。
言葉が出ない私を強いくらいに抱き締めて、私の涙が自然に止まるまで、ずっとそばを離れなかった。
お母さん、お父さんって呼びかけなくなったのは一体いつからなんだろう。
社会人になって、独り暮らしを始めて、実家に帰るのはお正月くらいだった。
それなのに、距離があるからと段々と帰ることが億劫になって、2年は直接顔も見ていない。
メッセージのやり取りで用件は全部済んだから、電話もすることもあまりなかった。
たまに近況報告をして、誕生日にプレゼントを贈ったり、やり取りはあったのに、今こんなに強烈に恋しい思いをするとは思っても見なかった。
社会人になる前は毎日、聞いていた。
「おかえり、アイ」という言葉を、当たり前のように、何度も。
アイという名前を教えないほうが良かったかな。
こんなに苦しい気持ちになるなんて、全然思わなかった。
ベッドが軋んで、モモが近付いて来る。
アイルの身体からすり抜けた私の手を、モモが何も言わずに握った。
アイルがいて、モモがいて、開いたままの寝室の向こう側にセレナさんとサラちゃんがいて、その後ろにサイラスさんがいる。
「アイル、ありがとう」
離れても、大丈夫。
身体を離そうとするとアイルは首を振った。
「駄目だ」
「なんでよ」
「顔が悪いことになってるから、かわいそうだ」
目が腫れたり顔が浮腫んだりしてるから、それを人に見せたら私が可哀想って事ね。ありがとうね。
「いーよ、家族はそういうのも見るもんだから」
チラとサイラスさんを見て、アイルが確認する。
サイラスさんもセレナさんも大きく頷いた。
「わかった」
「モモも、ありがとう。びっくりさせたね」
『いいえ、マスター』
ベッドから降りて、サイラスさんとセレナさんに微笑む。すみません、初っ端から。
「ご迷惑お掛けしました、今日はごあいさつにと思って来たんですけど、情けないところ見せちゃいました」
セレナさんがサイラスさんにサラちゃんを預けて、私のほうに近付く。
そのままぎゅうっと抱き締められた。
「家族にそんな丁寧に話すのはやめて欲しいわ。まったく、ひさしぶりに帰ってきたと思ったら、すっかり都会に染まっちゃったの?」
セレナさんの言葉にまた涙が出そうになる。
この人たち、本当に人を受け入れるのが得意だよね。全部預けたくなる。
「うん、そうかも。……ごめんね」
「これからは一緒にいられるのよね。困ったわ、部屋が足りないみたい」
「作るよ、なん部屋でも」
「アイも出たり入ったりするでしょうし、それが良いわ。でも、10日に一度は顔を見せてね、約束してちょうだい」
「うん。約束、する」
サイラスさんはどうしたらいいか分からないようで、きょろきょろしていたけれど、セレナさんが私から離れると「腹減ってないか?」と聞いてきた。
私が「減ったかも」と返したら、嬉しそうに笑った。
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