第34話
ついにこの日がきた。
いつか来るとは思っていたけれど、ついに来た。
ウィルヘイムさんのパーティーから1ヶ月くらいは過ぎたかな。
手紙は来るけど、返事はしてない。
メイローナさんの所には進んでモモが行ってくれるので、最近はメザイア連合王国には顔を出していない。
というのも、村のみんなが畑や植林を始めたので、興味深くて一緒になってあれこれやっていた。
気付いたら、あっという間に1ヶ月が経っていた。
スティーナさんとリクドールさんは今朝村に来たときから暗い顔をしていて、村人のみんなの買い物が終わると「お話があります」と言って村長宅にきた。
スティーナさんは今にも泣き出してしまいそうな表情をしていたけれど、話をするまではと堪えていたのか、全てを話し終わるまで決して涙を零さなかった。
話し終えて、ぽろりと涙が落ちる。
リクドールさんが肩を抱いた。
「力を尽くしましたが、これより先の選択肢は暴動を起こすか、貴族を取り込むか、どちらにしろ争いを避けられそうにありません」
リクドールさんに村長がうむ、と頷く。
スティーナさんとリクドールさんはこれまで貴族関係の圧力を抑えてくれていて、冒険者ギルドと商人ギルドが結託してシュレト村を守ってくれていたそうだ。
全然知らなかったけれど、熱い場面もあったようで、手と手を取り合い貴族をやり込め、今はそれほど仲が悪くないのだとか。
途中の休憩所には交代で冒険者ギルドの冒険者達が常駐し、抜け駆けをしようと村に向かう貴族を準備段階で止めていたのは商人ギルドらしい。
シュレト村を含むこの一帯を国から任されている領主様は、特産品の勢いに気付く前に王家から特産品についていろいろと言われたらしく、寝耳に水のような状態だったんだって。
領主様は兎にも角にも、自分が任されている土地で何が起こったのかを確認するべく、アキサルに派遣している三男を呼び寄せた。
詳細を聞いた領主様は、現在は王都の屋敷にいて社交を中心に情報収集を任せている次男に、シュレト村を管理するように言った。
そして、準備が終わり次第、次男がシュレト村に来る。
村の状況を確認してからどうするかを決めるそうだが、有用なら間違いなく領主様の血縁者が村を取りまとめる事になるだろう、と。
考えてみれば、確かにそうする事が領主様の権利ではあるんだよね。
それが嫌ならお前たちはこの土地から出て行け、ということになるし。
管理が雑で何もしてくれないとはいえ、領主様の土地に間違いないし、そこから価値あるものが出てきたら領主様の物になっちゃうんだよね。
税の算出は年ごとで、まだ監査も来ていないし、去年は村に収入がほぼ無かったから今年の税は免除になっていた。
税を免除するほどに貧困に喘いでいた村から貴族がこぞって望むような、王族までもが望むような特産品が生まれたら、そりゃあ管理したいよね。
私はてっきり無理を言って奪いに来るのかなと思っていたけれど、領主様からしたら自分の土地だからどのようにしても良い、というのは当たり前の感覚だ。
従えないなら出て行け、となるのも分かるし、どうやって交渉するかというと素直に物を差し出したり権利を譲ったり、それでも満足されない場合はもう暴動を起こすしかない、ということだね。
領主様が引くような力ある貴族を味方につけるという選択肢は一応は提示されたけれど、王家が絡んでいるとなると味方になる貴族はほぼ居ないと言ってもいい、とスティーナさんが語る。
特産品はあの村でしか育たない【制約】が掛けられている、など、いろいろと誤魔化したり嘘をついたりして村に手出しをすると損だよとアピールしてくれたみたいなんだけれど、それなら村ごと貰って管理しちゃえという事になるみたい。
シュレト村を中心に開拓を進める計画も既にあるようで、大きな屋敷を建てる準備も少しずつ始まっているそう。
建築家が村のことをスティーナさんに聞きに来たので、間違いないとリクドールさんが言った。
ついに来たよね、領主様の問題。
いつかはそういう事になるんだろうなぁと思っていたけれど、実際に起こると悩む。
「村をまるごと違う場所に移すこともできるんだけど、それって反逆罪みたいになる?」
「特産品が話題になっているので、今そうすると領地の財産を失わせた罪人としてみなが探されたり、捕まったりすると思います」
「ここじゃないずーっと遠い土地とか、未開拓地とかでみんなで暮らすのは嫌かな?」
「……サイトー様、素敵なお話です」
そうは言ってくれるけど、表情は暗いね。
私ができないと思ってるんじゃない、村のみんなが納得しないだろうとスティーナさんは分かってるんだね。
私も、そう思うから。
「お師様は危ない目に合うくらいなら捨てろとおっしゃいましたが……みな、ここが大好きなのです。そして、お師様から頂いたものを守りたいと言うでしょう。土地を変え、危機を逃れる事より、この場所でお師様と出会い、ここまで作り上げた様々なものを、捨てる決意はできますまい」
うん。思い出とか、愛着とか、そういうものの話だよね。
分かるよ。分かるんだけど。
村のみんながそこにこだわって危険を分かった上で立ち向かうのは、少し、嫌だった。
大切にしてくれて嬉しい気持ちは確かにあるのにな。それよりも村のみんなが笑って生きて行くことのほうが、ずっと大切に感じる。
「みなの意見を聞きましょう、お師様」
「……そうですね」
シュレト村は現在、話題の特産品が買える田舎のちょっといい旅館くらいに思われていて、金銭的に余裕のある冒険者や商人、旅人が毎日やってくる。
見て回るほどの名所がないので、特産品を買って温泉を楽しんだらすんなり帰る人が多く、短期滞在のお客さんばかりだ。
夜になってお客さんたちに、眠りの魔法を掛けて回る。
露天をしている商人は商人ギルドから派遣されている人なので、夕方になると引き上げて帰り、昼前くらいにこちらに来る。
毎日違う人なので、商人ギルドも気を使ってくれているんだろう。
そんなわけで、子供も含めて村人全員が集められた。
室内には全員入らないので、村長宅の裏のモモチャンの木の周りに集まって、話をする。
スティーナさんとリクドールさんも残ってくれている。
村長がいま置かれている状況の話を終えると、みんなは不安そうな顔をして、近くにいた人たちとどうするのが良いかを相談し始めた。
みんなの不安そうな顔に心が揺れる。
「あの」
そんなに大きな声ではなかったのに、みんな気付いて静かになり、こちらを向いた。
「この村をそのまま……違う場所に移すことも、できるんです。それか、後を追われることを考えるなら、この場所に今あるものは置いて違う場所へ行って、今のこの村をそっくりそのまま出すことも、できるから……」
みんなが顔を見合わせて、目だけで何か会話している。
えーん言ってよ。なんの合図なの。
何か発言があるまで待ってみたけれど、誰も話してくれない。困って村長を見たら村長も気まずそうに視線を逸らす。なんだ。
「サイトー様」
「アローニャさん」
「みんな、言い難いのよ。サイトー様に恩があるもの。でも、私ははっきり言うわね」
「お願いします」
「サイトー様はずるいわ」
「えっ」
こくこくみんなが頷くので、ショックで後ろに下がってしまった。
ずるいなんて初めて言われた。
「サイトー様はみんなのことを助けて、守って、いつでも力になってくれた。みんなはサイトー様に感謝してるし、恩を返したいと思っているのに、サイトー様はいつもいつも私たちに優しくしてばかりで、何も求めない」
そんなことないよ、お願いを聞いてもらったりしてるよ。アイルのこともみんなに任せてお願いしたよ。
「サイトー様は恩返しもさせてくれないし、ずっと守ってばかり。今もまた、みんなを守ろうとしてる」
「……それは、みんなのことが、大切だから」
「ええ、それはもうじゅーーぶんに知ってるわ。だからこそ、言わせてもらうわ。そろそろこう言うべきなのよ、お前たちなんとかしろ!って」
えー!そんなこと言えないよ!なんで!
「サイトー様のお力がすごいことは、もうみんな知ってるから驚いたりしないわ。だけど、それに頼ってばかりの私たちはまだ何もできてないの」
そんなことないと言っても、きっと、みんなはそう思わないのかな。
「もう一度言うわね、サイトー様はずるいわ。私たちだって、頼って欲しい。なんとかしてって、言われたいのよ」
「……はい」
「それに、サイトー様は込み入った事情とか難しい話とか苦手じゃない。知ってるのよ。リリアンのお菓子作りの手順だとか、ハロルドの実験の話とか、町の規則の話とか、うーんって顔で聞いてるもの。私たちはずっとサイトー様を見てきたから、知ってることも、あるの」
ばれてた〜。
私たちって、みんな知ってたの?恥ずかしい。
ごめんね、面倒くさがりっていうか、深く物事を考えるのがあんまり得意じゃないんだ。
「私たちはここを離れたくない。サイトー様は私たちが危険な目に合うのは嫌。領主はここを管理したい。この問題は私たちが解決するから、サイトー様はいつもみたいにエルヴァとお菓子を食べて、結論が出たら聞いて、納得したら笑ってくれたら、それで、話は終わりなの」
「アローニャさん……」
「難しいことはわかんない!みんな任せた!なんとかして!って、言ってくれたら、それでいいのよ。そうしたらみんなが知恵を絞って、色んな案を出すんだから!」
そうだー!サイトー様はずるい!サイトー様は優しすぎる!働きすぎだ!アローニャいいぞ!サイトー様をもっと休ませろ!とヤジが飛ぶ。
なんでやねん。
「分かりました。じゃあ、みんなにお任せします。して欲しいことがあったらなんでも……」
「働くなー!」
「いま働くなって言った!?だれ!」
わははとかぎゃははとかみんなが声を上げて笑った。
嫌だよ、危ない目にあってほしくないよ、みんなが好きだよ。こんなの心配で眠れないよ。
『マスター、帰りましょう』
「モモ……」
『みんなのこと、信じられないですか?』
「しん、じてるよ。不安なだけ」
みんなが色んなことができるのは知っていて、私が居なくてもやっていけるようになったとも思っている。
この不安な気持ちは、みんなことを好きになり過ぎたせいだろう。
みんなはこれからグループに別れて話し合って、代表者で意見を詰めて、結論を出すそうだ。
しっかりしてるし頭良い。
私の思いつく策よりずっと現実的な話をしていて、私に出せるまともな意見がないことを知った。
しょぼくれてログハウスに戻り、三匹と戯れる。
桜がうりうりと顔にかさを押し付けるので、そんな破廉恥なことはしちゃいけませんと、何が破廉恥なのか分からない状態で注意してしまった。
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