幕間 白草米徳の郷土史覚書 1994.09.04.
・ねぶら筋/提供者:雪見野仁民俗学教授
憑き物筋ですか。
家系に代々憑いているモノを使って、他人の富を盗んだり、邪魔者を傷つける家とされていますが……
――ねぶら筋についてはご存知ですか。
それならあります。
ご存知かと思いますが、現在
ところで、ねぶら筋について私が正確な所をお伝えすることは、難しいと思います。当のねぶら筋の方々に会ったことも、お話をうかがったこともありませんから。
民俗学には「私的な体験を述べることを控える」という、ほとんどの学問で暗黙の内になされている了解がありません。
かの
ですから、私がフィールドワークなしで、資料から読んだ内容だけでお話するのは、門徒としては実に不誠実なことではあると思います。
まどお筋側に連なる方々からの伝聞ならありますが、それでよろしいですか?
――はい、構いません。貴重な機会をもうけていただき、ありがとうございます。
分かりました、ではお話しましょう。何からお聞きしたいですか。
――
確かに、この字でこう読むのも珍しいことですね。
八卦の
実際、崩れがつく地名は雪崩や水害があった所と相場が決まっていますが、もう一段深掘りしましょう。注目すべきは後ろの
この字は目と、
さらに、八卦の
――艮と言うと、他にも逆らう、もとる、悩む、苦しむという意味もありますね。
ええ。
また、崩れと書いてクエと読むのは、古事記に登場するクエビコなどがそうです。
よって「
私が思うに、
ところが定期的に……十年に一度の
中には犬を連れて、一族全員が集落を追放された例もあります。さらには、一家全員を近隣住民が殺害し、集落ぐるみで隠蔽したというお話も。
――まさか! いくら何でもありえないのでは?
ええ。この件は警察署に問い合わせましたが、それらしい事件の記録は見つけられませんでした。ので、かなり眉唾ものと言ってよいでしょう。
なぜ犬が禁忌とされるのかですが、これについては複数の証言があります。
一つは「人を食う
前者はしっぺい太郎など、全国的に見られる
――自らを獣の子孫と名乗るとは、ずいぶんと奇妙な話ですね。
後者が気になられますか? そうですね……「
――初めて聞きました。
有名なところでは
しかし、
ある家のニニギさまは猿、ある家のニニギさまは鴉、ある家のニニギさまは蛇、またある家のニニギさまは猫。そして、最も多いのが猿なのです。
念のためお断りしておきますが、日本には本来「ニニギ」という名の神はいません。
おそらく〝ねねさま〟の変形かと考えられますが、その由来についての話は長くなりますので、次の機会にいたしましょう。
――はい。では、家の守り神が動物であるということは、それが後世で憑き物筋と混同された可能性はあるのでしょうか。
そのように勘違いされる方もいらっしゃるでしょうね。全国的に憑き物筋と似た事例には、福の神とされる
[中略]
また、人の死や病を予知する力を持った家系があった、という伝承もありますね。と言っても、誰の死期も当てられたわけではないのですが。
ねぶら筋の方は「山の神に連れて行かれる」と言われ、突然死が多かったそうです。だが死ぬ前に、必ず誰かがそれを予知する。
そして予知した者が、次に連れて行かれるのです。それ以外の死や病を言い当てるのは、副産物のようなものなのでしょう。
この山神は、ニニギさまの総元締め、あるいは同一の存在とされます。
――ということは、猿を殺してしまったので、山神が祟っているのですね。
おそらくは。禁忌とされている犬を飼う者が出たのは、その祟りから逃れるためだったと考えられます。
資料によると、彼らの祖先は何らかの罪――仮に猿殺しとしましょう――を犯してねぶらまに呪われており、贖罪を続けているそうです。
――えっ? 何ですか、ねぶらまとは。
不明です。今はほとんど忘れ去られている七守の子守唄に、眠らない子供を連れて行く化け物として登場しますね。正体不明の妖怪か、あるいは大猿の名か。
――ねぶらまなるものに取り憑かれているなら、ねぶら筋ではなくねぶらま筋、と言うのが正しいと思うのですが、なぜマの音が抜けてしまっているのでしょう。
ねぶらの魔、で「ねぶらま」でしょうか。舐めるのねぶるとは、おそらく関係なさそうですが……。
いえ、
――なるほど。
それも一つの可能性ですね。あるいは、古語の眠りでねぶる、か。合歓の堰の人柱譚でも、眠りは重要なキーワードですから。
例えば、ねぶら筋、というか七守村では、〝送りびつ〟という
時代劇などで、桶のような形の棺に、死者が膝を抱えた状態で入れられるのを見たことがありませんか? あれが
――江戸時代はそれが主流で、今のように故人を仰向けに寝かせた状態で葬られるのは、一部の上流階級だけでしたね。
はい。彼らは故人を寝かせた状態で送ることに並々ならぬこだわりを持っていた。それが時代の移り変わりとともに、
そのような埋葬法が取られたのは、死者を神さまへの贈り物にするためだった、と伝わっています。これがねぶら筋の贖罪なのかどうか……。
――ねぶらまが山の神と同一とすれば、神が呪った血筋を一人ずつ連れて行き、死んだものはきちんと神に送り届けられるよう棺に入れられた……。
七守村、ということはねぶら筋以外の村全体にまで祟りは及んでいた。
ええ。崩艮は七〇年代に廃集落となり、隣接する赤税も高齢化、過疎化が
――本当にそうでしょうか。
え?
――七守村は合併されて
教授、大丈夫だと思われますか。
道が通れるということは、
それでは、道祖神や八丁締めなどを提案してみるしかないですなあ。結界が壊れたなら引き直せばよろしい。ただ、地域をあげての祭りが必要でしょうが。
[
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます