幕間 白草米徳の郷土史覚書 1994.08.17.
・畜生𠏹(ちくしょうぼとけ)/提供者:Jさん
逆にカミが上についているなら、まあ分かるんですよ。神の谷でカミヤなら、それは神のおわす谷で意味が通じます。
先生もここの出身でしょう? 小学校の遠足で行った郷土資料館の説明じゃ、「七つの神が守る」から七守だって聞かされましたけど、本当かなあ。
ただまあ、七つの神さまはいることにはいるんですよね。
猫、犬、タヌキ、キツネ、サル、蛇、カラス……犬じゃなくて狼だとか、蛇じゃなくて龍だとか、亀が入るとか色々言われてますけど、よく知られているのはこの七つかな。ああ、あとネズミもか。
犬の神さまって言っても、呪いの道具で作られる
……そうですか。
七って数も変だなあと思うんですよね。八百万の神って言うみたいに、八とか九なら文字通りの数じゃなく、ただたくさんってだけ。
七だとなんか少ないんですよ。七人ミサキとか連想しますけど、さすがに関係ないかな。とにかく七って言っているからには、ぴったりその数なんでしょうね。
七つの村が合わさって七守は、合併後の話でしょ。七守村はもっとずっと昔からそうで、七つの神が守る土地だって言われているから、じゃあその神さまはって聞いたら、なぜかそれが全部動物なんですよ。
-------------------------------------------------------
[筆者註]
・佐賀県
(『歴史と文化を探る 日本地名ルーツ辞典』創拓社より)
・七守には七つの何がいるのか、あるいはナルカミがナナカミに転じた、ということも想像できる。
-------------------------------------------------------
七守ってただでさえ田園地帯でサル害があるのに、スキー場の方だと観光客がエサやりして悪化したりして、昔から煮え湯を飲まされて来ているじゃないですか。
だから神さまっていうのも変な気がして。……ああ、そうですね、害があるから祀っておとなしくしてもらう。日本って感じですね。
でも七守以外の村だと、それは祟り神だったんですよ。
だから七守が憑き物筋の村なら、辻褄が合うなって思うんですよね。それに、〝まどおすじ〟って呼ばれている所があるじゃないですか。
悪いものの通り道だって言われてて、でも七守の人たちは普通に歩いている。よそ者が同じように歩いたら、ひどい目にあったって有名な話。
俺も歩いてみたんですよ、
大学生の時、五、六人の仲間と盛り上がって肝試しに行ったって、よくある話です。
川の向こうには
-------------------------------------------------------
[筆者註]
・サンマイ寺とは土葬の共同墓地=サンマイを有する寺のことで、ここでのサンマイ寺は
・生導寺は小高い丘全体を境内とし、丘と平野の境に七体の地蔵が並ぶ。ここから頂上のサンマイまでを葬式道といい、かつては野辺送りの行列が歩んだ。
・現在はほぼ廃寺となっている。
-------------------------------------------------------
特に出るって噂されているのが「つくも崩れ」って峠だったのもデカいですね。漢字だと白の一文字でつくもって読むそうですが、何でかな。
……え、百から一を引いたら九十九だからつくも?
そんなダジャレで名前つけますか。あ、崩れは分かりますよ、昔川があふれて、土砂崩れやらなんやらがあったからだって。川の名前も
まあとにかく、〝まどおすじ〟を歩いて行ったんですけど、これが何も出なかったんですよ。つくも崩れで、十分か十五分ぐらいウロウロしたんですけどね。
あんまり何もないから拍子抜けしちまって……。
それで俺が「じゃあサンマイ寺に行こうぜ」って提案しました。もちろん、寺の前まで来ていたから、境内の中って意味です。
道は何の変哲もない登り道ですが、上に近づくにつれ、何か聞こえるって誰かが言い出して。やめろよーとか言っているうちに、俺にも聞こえてきました。
音がしていても、何て言っているのか分からない、たどたどしい感じの。後で話し合って、あの時聞こえたのはこんな感じじゃね? ってまとめたのがこの歌です。
「ねねしゃまろ~、いてれのせたへ、めひになづ~、ねじゃまひとぞろ、かからねづくぬ~」
そういう和歌っぽいものを、すごい
おいおいなんかいるぞって、俺たちは引き返してまっすぐ寺の方に歩き出しました。サンマイへの道は、隠れるとこなんてないですからね。
寺についたら、用意の良いヤツがデジタルの双眼鏡持ち出したんですよ。もちろん赤外線。持ち主が最初に双眼鏡覗いて、墓の方を確認したんですけどね。最初はどこだーどこだーってあっちこっち見回して、気軽な調子だったんですけど。
「なんだあれ」って、そいつ一瞬怒ってんのかなって思うような声で。
でもよく考えると、怯えた声でしたね。ドキッとして思わずそれを抑えたから、腹を立ててるみたいに聞こえたんです。
そいつは黙って次のヤツに双眼鏡を渡しました。じゃんけんで順番決めたんで、俺は三番目です。で、見た連中そろって似たような反応なんですね。
なんだ? って聞いたら「サルが」しか言わない。
女の子なんて、しゃっくりみたいな声出して。本当はヒッとか言いたかったんじゃないかな、映画みたいにきれいに悲鳴なんて出ないもんですよね。
俺の番が来て、何があるんだよって双眼鏡覗いたら、確かにサルがいました。先が尖った角材みたいな……あー、墓標ですか。
それや土饅頭がいくつも並んでいる奥に、サルの群れが何かを囲んでいました。手に石を持って、固そうなものをカン高い音立てて叩きまくってるんです。
全員が双眼鏡を見終わって、持ち主が「なあ」って嫌そうに言いました。「この歌、あのサルたちが歌ってんじゃないか?」って。
信じられない話でしょうけど、俺たち「ああ、だから変な歌なんだ」って分かっちまったんですから。
第一、サルが何十頭と集まってんのに、キーキーッて鳴き声はぜんぜんしなくて、代わりにずっと「ねねしゃまろ~」が聞こえ続けているんです。墓場の方から。
それで俺たちは、サルに気づかれないよう、そーっとそーっと寺から帰って、まどおすじを通らず帰りました。あんなもん、怖いに決まってますよ。
でも、一夜明けたらケロっとしたもんでね。サルたちが何やってんのか、確かめに行こうぜって。行きたくないヤツは置いて、四人になりました。
サンマイ寺に近づいても、あの歌はもう聞こえない。安心して墓に直行して、サルたちが群れていたあたりに行ったら、砂利の山がありました。
あいつらは石を砕いていたのか、石の山を作ったのか。あんまり人も来ない場所の、その一番奥まった所になんでって思ったら、俺は「この山崩してみようぜ」と足で蹴飛ばしました。そこに何かあるって、直感ですよ。
砂利は暗い灰色のどこにでもあるやつでしたが、すぐ中から黄色っぽい白い塊が出て来ました。「まさか、骨か?」と友達が言って、俺はますますこいつを掘り出そう! って夢中になって……何でそんなに熱を上げたのか、後で思い返してもよく分からないんですよね。持つと災いを呼ぶ呪いのナントカって、合う人が合うとメチャクチャ魅入られるって言うから、あの時の俺もそんな状態だったんでしょう。
出て来たのは確かに骨でした。
俺が頭蓋骨を取り出した時、「うわっ……」って誰かが言いましたが、俺が「サルの骨だ」って言ったらみんな「ホントだ」ってマジマジ見る。
「もしかして昨日のはサルの葬式だったんじゃねえか?」
って一人が言ったら、別のヤツが「もうおれ抜けるわ」って帰って三人になりました。サルが歌いながら仲間の骨を砂利の山に埋める、確かに葬式っちゃ葬式ですが、そんなことするサルなんて聞いたことないですよ。先生あります?
ないですか。やっぱ普通のサルじゃないんだろうな。
俺は砂利の山を丸ごと掘り返して、骨をぜんぶ地面に並べました。どことなく獣臭い、人間より小さくて頭の形も違う骨。
ああ、サルたちが叩いたり割っていたりしたのは、これだったんだな。手つかずなのは頭蓋骨一つと数本の骨だけで、他は念入りに砕かれてました。
何でそんなことしたんでしょうね。
俺、畜生仏の意味知らなかったんですが、サルの骨仏なんですかね。
ヤバいな。いつもなら笑っちゃうような話ですけど、あんな目に遭いましたからね、あのサルどもならありえますよ。マジで。
はい、続きですね。俺が並べた骨を眺めて考えこんでいると、カン高い鳴き声が聞こえてきました。
墓場を囲むブロック塀の上に、サルが十匹ぐらい並んでいる。赤い顔は「ああ、人間じゃないな。話通じないな」とはっきり分かるくらい無表情で。
ヤバイなって俺が走り出すと、残りの二人もうわーって叫びながら逃げ出して、もう情けないったら。……でもね、何でかな。
俺はどうしても置いていくのが惜しくなって、骨を三個ほど握ってから動いたんです。だからバラバラに逃げても、サルはしつこく俺だけを追いかけてきました。
逃げ切れなくて、足を噛まれてすっ転び、背中やら頭やらを叩かれて、そんな状況なのにまだ骨を持って帰りたかった。
一個放ると一匹が離れるけれど、サルはどんどん増えるからそれだけじゃ意味がない。一個、もう一個と放って、俺がもう骨を持ってないと分かると、サルたちはさーっと帰っていきました。体があちこち痛むし、服なんて血がついて、穴も開いているのに、夢でも見たみたいでしたよ。
その後、サルの噛み傷が元でしばらく入院しました。
歌って、骨を砕いて、大事に埋めるサル。あれがまどおすじに現れる化け物だったんだなあ……。なんて感慨にふけって、終われれば良かったんですけど。
三ヵ所あった噛み傷はどれも中々完治しませんでした。
年が変わってからぐらいかな、マシになって来たのは。まあ今では、噛まれた所がいつもダルいくらいで済んでいますが。
それから、時々サルの歌が聞こえるようになったんです。風呂を浴びてる時、夜布団に入った時、通学中に、大学の講義中にまで。
しかも誰も声を気にしていないから、俺にしか聞こえていないみたいなんです。
頭がおかしくなりそうでしたけど、旅行で七守道市を離れた時は、歌が聞こえなくなりました。サルどもは、市内がテリトリーで、その外までは出ないんです!
先生、知ってますか? 七守道の
だからあそこを通る悪いものは、サルは、市内のどこにでも行けるようになった。俺はそう思います。まあ、もう引っ越すから関係ないですけど。
まさか関東まで追いかけてこないでしょ。先生もそう思いますよね?
[メモ]
・猿たちが本当に葬式を行っているのか、骨仏を作っているのか分からないが、この辺りにも、猿が自分たちの骨で座禅像を作ったという民話がある。
その話のタイトルが『畜生𠏹』だ。
・稲荷神社の狐のように、猿は
・この話を提供してくださったJさんに引っ越し後、何度が連絡を試みたが、音信不通である。
・〝まどおすじ〟は「魔道」から来ていると思われるが、それだと道と筋が重なり、不自然ではないか。「魔通筋」? 「魔遠筋」なら逆の意味かもしれない。
・〝まどおすじ〟は〝ねぶらすじ〟とも呼ばれているそうだ。まさか岡山県の〝なめらすじ〟を、舐めると解釈した言葉か? 要調査。
・〝なめらすじ〟は
・〝まどおすじ〟と〝ねぶらすじ〟は七守町内のそれぞれ別の通りを指す。
・Jさんと連絡がついた。
・話したくないそうだ。
話せない
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます