第35話【前田を囮に作戦】

総一郎たちの作戦は、ズバリ『前田を囮に作戦』だ。1ラウンド目が終わった時、総一郎は2人に作戦の内容を耳打ちしていた。


「申し訳ないが、この試合中で前田の成長を期待するのは無謀に近い。だったら、ソレを逆手に取ってしまえばいい」


「なるほどね。アイツら、今のラウンドで完全に調子乗っちゃってるみたいだし。恐らく次のラウンドは、いの一番に前田を狙ってくるハズね」


「フフン、だったら僕がまとめて返り討ちに……」


「残念だが前田、その逆だ。お前は中央の通りに堂々と出て、ウロウロと撹乱してくれればそれでいい。銃弾の軌道さえ分かれば、あとは俺達に任せろ」


ノリノリの前田を遮って、説明を上から被せる総一郎。完全にデコイの役割になった前田。納得こそしていなかったが、蓮花の頼みとあらば断わることはできない。


こうして2ラウンド目が始まった。


作戦通り、見通しのいい中央の大通りを丸腰で走り回る前田。


歴戦の狙撃手からすれば格好の的だ。


「アイツらまた真ん中に走ってきたぞ!撃ち抜いてやる!キャハハハ!」

「いいや!今度は僕が撃ち抜くんだ!オケケケケ!」

「待てって!俺が殺るんだワ!」


慢心したEスポーツ部の男達は、誰が前田を撃ち抜くかで競い合っていた。


前田は全員からのヘイトを集め、完璧にデコイとしての役割を果たしている。


その間、総一郎と蓮花は互いに背中を合わせる形で死角を補い合う。数的不利の状況では、個々で動くのは危険だと判断したからだ。


そして最初の発砲音が轟いた。


しかし、弾道は僅かに前田のキャラの左に逸れた。


その瞬間、対面のデスクから悔しさを滲ませた叫び声が上がる。


緊張感が張り詰めた空間。


続く2人目の狙撃手も前田を狙ったが、コレもまたキャラクターの腕を掠める程度で、死亡するには至らなかった。


「ああぁぁぁああああ!!鬱陶しいなァ!ちょこまかと動きやがってェ!」

「お前なに外してるんだよ!オケ!オケケケェ!!!」


すっかり囮の前田を撃ち抜くことに躍起になっている相手チーム。


前田が敵を挑発している間は、身を潜めて情報収集に努めていた総一郎と蓮花。おかげさまで、弾の軌道や発砲音からおおよその敵の位置は把握できた。


相手が完全にリズムを乱している間に、総一郎たちは勝負に出る。


突然顔を出しては、相手が隠れているであろう場所に照準を合わせての決め撃ち。


総一郎、蓮花ともにワンショットで1人ずつ頭を撃ち抜いた。


残る1人もおおよその位置情報は掴めている。


相手が建物から脱出しようと背を向けた、コンマ数秒を狙った総一郎の一撃が見事に貫いた。


『前田を囮に作戦』は面白いほどに功を奏して、3人生存の状態でラウンドを返すことに成功したのだ。


「よし、作戦通りだ。よくやった前田」

「へ、へへへ!侮らないでくれよ、僕はゲームセンスの塊なんだ。もっと複雑な操作だってモノにしてみせるさ」


2ラウンド目に突入する前、総一郎は前田にひとつだけ操作を教え込んでいた。


銃は覗かなくていいから、とにかくこの動きだけ覚えろと念を押したのが、スライディングとジャンプ、そしてジグザグ走行だった。


デコイとして敵を引きつけ、細かい動きで1発でも多く敵の弾を回避することで隙をつくる。これが、今の前田にできる最善の動きだと考えたからだ。


「でもアンタ、こんな小細工がずっと通用するような実力の相手じゃないわよ?」

「まあ見てろ。ゲームってのはな、心理戦なんだ」


蓮花の言う通り、部活動としてゲームに取り組んでいる連中だ。踏んできた場数も違うハズだろう。一筋縄でいかないに違いない。


それでも総一郎は、どこか余裕のある表情を崩さなかった。


第3ラウンドが始まった。


ラウンドを奪取されたことで、相手は気を引き締めてきているハズだ。

総一郎たちの作戦は同じ。

前田が最前線に躍り出て陽動する。


「そう何度も外すかァ!僕たちがどれだけ修羅場を潜り抜けてきたと思ってんだぁ!?」


部員の1人が叫ぶと、銃弾は確かに前田のキャラの頭を撃ち抜いた。開幕から鮮やかな一撃。

これで数的有利を作った。


敵の位置を確認しようと、スコープを覗いた時その刹那。画面が真っ暗になると、キャラが情けない呻き声で地に臥せる。


総一郎の魔の手が、もうすぐそこまで迫ってきていたのだ。


「まずい!コイツらもう自陣まで攻めてきてる!アイツにばかり気を取られているうちに……」


部員の決死の報告も虚しく、蓮花も続けてキルを成功させた。あっという間に状況をひっくり返されたEスポーツ部は、結果このラウンドも落とすこととなった。


「キィイイイ!なんで僕たちがこんな素人相手に負け越すことになんだよ!」

「お前がさっきのラウンド、ファーストブラッド取られたからだろ!?」

「お前ら雑魚すぎ!オケッ!オケケケケケッ!」


不甲斐ない戦績を前に、遂に仲間割れを始めるEスポーツ部の面々。


総一郎の言う通り、ゲームもスポーツと同様にメンタルが肝心だ。特にエイムの1mmのズレが勝敗を決するFPSにおいては。


互いにチームメイトを信頼できなくなり、苛立ちが募って平常心を保てなくると、後はもう奈落の底まで堕ちていくだけ。


最後のラウンドは総一郎たちのストレート勝ち。

3本先取の3on3は、総一郎チームに軍配があがる結果となった。


賞金の5千円札を握り締め、暗がりの部屋を颯爽と去る総一郎たち。そんな彼らを見届けた部員の中の1人が、ふと呟いた。


「……アイツら上手かったな。あれ、涌井さんだろ?それにIGLをしていたあの男、どこかで聞いたことある声してるんだよなぁ」


「さぁな!3次元興味ない!オケケケケケッ!」


部室を出た総一郎たち3人は、互いに熱いハイタッチを交わして勝利を喜んだ。特に値千金の働きを見せた前田に対して、2人がベタ褒めする。


今回はいつものように適当にあしらう義務褒めではなく、心の底から感謝を述べた。


「前田、本当によくやってくれたよ。初心者なのに、よく俺の言ったことを理解して全部遂行してくれた!」

「それは本当にそうよね。この勝負、アンタじゃなきゃ勝ててなかったかもしれないわ」


2人に肩を叩かれてグッとくるものがあったのか、前田はボロボロと涙を流して号泣していた。


「僕のことを褒めてくれるなんて……!僕が2年1組の役に立てたなんて……皆の役に」


人目を気にせず、涙と鼻水を垂れ流す前田。

いつも底抜けに前向きで自信家のナルシスト。

しかしそれは、彼の自信の無さを隠す為に仮面を被って演じていた姿に過ぎない。

本当の彼は繊細で、ずっと思い悩んでいたのだ。


「前田、悪かったな今まで。でも、2年1組にはお前が絶対に必要だよ」


「アタシにフラれても泣かないクセに、なに泣いてんのよ。ほら、コレあげるから涙拭きなさい」


前田は蓮花から桃色のハンカチを受け取ると、クンカクンカしながら匂いを堪能した。そしてこれでもかと言わんばかりに何度も頬擦りする。


「わ、涌井さんのハンカチーフ!ハンカチーフ!う〜んムフムフ!あァ……絶頂……」


蓮花のハンカチを顔全体で堪能し終えた頃には、潤んだ瞳もすっかり元に戻っていた。

そして蓮花の瞳も、すっかり冷め切っていた。


「……相変わらずのキモさね。アンタの涙にちょっとでも心が揺さぶられたのが恥ずかしいわ」


「前田。つくづく、お前って奴は」


前田の残念具合に総一郎は思わず頭を抱えた。

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