第6話 強欲
「お主、王族の人間か?」
突然呼び出されて、最初にティーはそう言った。尋ねた、というべきか。
王族。この国を統べる王の一族。学園があった町の中心にある王宮に住み、この国の中においてもっとも強い権力を持つ。
「僕が?いやいや、そんなわけないよ。だって王族は王宮にいる人たちでしょ?僕のお父さんはここで衛兵をやってるし、母さんもパン職人だ。王族とはかけ離れてる」
「そうか?では、なぜお主はあの老人をおじいちゃんと呼ぶ。こんな規模の村、村長には王族が就くものだろう」
少し考えてから、ヴェリエルはようやくティーが勘違いをしていることに気が付いた。
「ティーはもしかして知らないのかな。それは昔の話だよ。少し前、と言っても百年以上前の話だけど、革命戦争があったんだよ。それで制度も何もかも変わってしまったんだ」
「……そ、そうなのか?知らなんだ。うーむ、ワシはずっと眠っておったからなぁ」
「眠ってた?」
「うむ。何千年と生きておると、退屈でしかたがない。他の創生竜たちもおとなしくしておるからワシとまともに戦える相手もおらん」
実際、創生竜とは神に最も近い存在であるため、他に敵う者はいないのである。
「創生竜ってどれくらいいるの?」
「知らんのか?一大陸に一体。そしてこの世界には四つの大陸があるから全員で四体じゃ。それぞれに個性があり、例えばこの大陸は南大陸。じゃからワシは劫火を操る。北大陸の奴は氷を操る。西の奴は土を操り東の奴は水を操る」
「へーそうなんだ。なんか、一番かっこよく見えるのはやっぱりティーだね」
「そっそん!そんなの当然じゃ!わ、分かり切ったことを言うでない!!」
ヴェリエルの不意打ちに放った言葉にティーは耳まで真っ赤にしている。存外、褒められることには慣れていないのかもしれない。
「おいヴェリエル。話は終わったか?そろそろ家に帰るぞ。帰ってきたなら家の手伝いをせい。歩けはするがまだ母さんに高い所には行くなと言われているから屋根が修理できん」
「分かった」
「何かあったのか、その足は」
「ちょっと前に手紙で教えてもらったけど、木に登って落ちたらしいよ」
「まぁ、ちょっとな」
「ふむ、あの木か。なんじゃ、結構な量あるじゃないか。あれは金貨じゃろう?」
ティーが一本の木を示してそういうと、ヴェリエルの父は本当に心臓でも飛び出してしまいそうなほどびっくりした。
「おおおおおおおああ、あんた、なざ分かった!?た、頼む母さんには言わんといてくれ!あれは大事な金なんだ!」
「ふん、安心せい。人間が何をしようとワシの知ったところでない」
(それなら言わなければいいのに)
ヴェリエルはそう思ったが敢えて何も言わなかった。
「そうじゃ、おぬし、屋根の修理をするのじゃろう?ワシが手伝うぞ」
「え?いや、一人で大丈夫だよ。何度か手伝ったこともあるし」
「そう言って、気を抜いておると失敗するんじゃ。ワシは一応このままでも飛べはする。お主を上に運ぶことぐらいたやすいことじゃ」
「あぁ、それは助かるかも。実は梯子って苦手だから」
「うむ」
彼らは一軒の家の前で立ち止まった。
「……これか?」
「話には聞いてたけど、想像以上にすごいね」
「まったくだ。今更ながら後悔しておる」
その家の屋根は、見事に大穴が空き、家としての役割を成していなかった。
「こんなのに今まで住んでたの?この前の嵐から?」
「まぁ、全部の屋根が消えたわけではないからな」
「……まったく、お母さんのことも考えなよ」
その後、ヴェリエルとティーは屋根の修理を始めた。その際、ティーは人型のまま翼を出して飛んでいたためたいそう注目を浴びていた。同時に彼らの中で、ティーが竜であることが疑いようのない事実となったのは言うまでもない。
「……うん、大丈夫。これで修理完了」
二人が修理を終えた頃にはすでに日が暮れていた。そもそも、彼らがこの村に来た時点で日は暮れかけていたのだが。
「おぉ、終わったか。早かったな。ほら、ごちそう買ってきたぜ」
「うん」
そして、二人はそのあとご飯を食べてから寝ることになったのだが、ティーがどこで寝るかで少しひと悶着があった。
「なぜじゃ。なぜこいつと寝たらいかんのじゃ?」
「なぜって、あなたいくら竜って言っても女の子でしょ。結婚したわけでもない男女が一緒に寝るなんておかしいわ」
ヴェリエルと一緒に寝ると言うティーをヴェリエルの母親が断固拒否したのだ。
ヴェリエルはなんとか妥協案を出そうと二人を説得しようとしたが、二人とも睨み合っている。
「埒が明かぬ!ヴェリエル!お主はどうしたいのじゃ!」
「え、僕?えっと、僕はどっちでもいいっていうか、それに、ティーもどうしてそうまでこだわるのさ」
「む、簡単な話じゃ。お主と体の相性を高めるためじゃろう。媒体があれば潜ることもできようが今は無かろう。じゃから一緒に寝るのじゃ。よもや明日一日中くっついておる訳にもいくまい」
「え、そうなの?」
「うむ。本来皆召喚された後、媒体となる魔石をもらうはずだがわしらはすぐに出てきてしまったからな。用意するにも今すぐ行ける距離にはない」
ヴェリエルは少し考えると、ようやく頷いた。
「まぁ仕方がないよ母さん。それこそティーがいうように一日中くっついてる訳にもいかないから」
ヴェリエルの母親はそれでも納得はしないようだが、渋々といった様子で認めた。
「……今夜だけよ」
そうして二人は同じ布団に入り眠りについた。
「人間と一緒に寝るのは初めてじゃ」
「そう」
ティーは意外と寝相が悪かった。
そしてその頃の王国は騒がしくなっていた。当然ヴェリエル達のことである。
学園には、教師とさらに赤いマントを羽織った男――第二王子がいた。
「して、創世龍が召喚されたなどというのはどういうことだ?」
「は、召喚したのはヴェリエルという名の魔力を持たぬ落ちこぼれ出して……」
「魔力もない者が創世龍を召喚できるわけがなかろう」
第二王子は厳しい目で教師陣を見渡す。
第二王子の左側には頭頂部の毛が薄い大柄の男が立っており、白いマントを羽織っている。王国騎士団のものであった。
「しかし王子。創世龍を召喚するほどの実力を持つ者を魔力も持たない落ちこぼれなどと評しますか」
「では、こやつらの言うことは事実であると言うか」
「少なくとも私には嘘をついているようには見えませぬ」
第二王子はややあって頷くと、身を翻した。
「すぐにそいつを探し出せ。事実ならば、即刻王国騎士団に抜擢せねばならぬ」
「えぇ、創世龍が味方となると心強い」
二人が去ろうとすると、慌てたように誰かが飛び出してきた。
「おま、お待ちください!」
耳障りな金切り声で二人を呼び止めたのは太った男だった。
「あやつ、あ、ヴェリエルのことですが、そやつは己の実力で召喚したわけにございませぬ!」
「なんだと?」
第二王子が立ち止まり振り返ったのを確認すると、その男は嫌な笑みを浮かべた。
「それはどういうことだ」
「はい!ヴェリエルの奴は邪法を使ったに違いありませぬ。召喚を見届けた者どもの話によれば竜が出てきたとき、魔法陣から溶岩のようなものが流れ出し、熱風が押し寄せたと聞きます。通常の召喚ではそのようなことは起こりえませぬ!」
「……それが誠であるとして、何が問題であると?」
「はっ、通常の召喚であれば王の命令によって召喚された魔獣を抑え込むことや没収することが可能です。しかし、邪法であればそれができませぬ。そうなると、奴が反乱を起こせば押さえることができないのです。今回、あ奴が学園から逃げたことは、何か秘密があったからに違いませぬ!」
第二王子は少し考えると、厳しい目つきのまま頷き王国騎士団兵に何か耳打ちした後去っていった。
(ふ、これであのヴェリエルが捕まれば国に創生竜をもたらし、さらに反乱を未然に防いだ功績として……ふふふふふ、教師などというつまらぬ仕事から解放され、もしかすれば貴族への昇格もあるかもしれん。邪法など私が知るわけもない。ヴェリエルには悪いが消えてもらうしかなかろうて)
男は、気味の悪い笑いを抑えるように浮かべ、抑えきれなかった声が漏れている。それを他の教師達が不気味なものを見るような目で見ていた。
ロリゴン ピエンデルバルド @ichigomilk200
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