4.猫たちと曲者と
「どうされたんですか、ボロ雑巾のような姿で」
「お店の外にいたら、急に首根っこ掴まれて引きずられたの!」
黒いメイド服に所々目立つ白い塊は埃だった。店の入口に続く階段を引きずられた時についたものだろう。まさに「雑巾」扱いであるが、店主は涼しい顔をしている。
この店主の場合、涼しいというよりは冷たいと表現する方が適しているかもしれなかった。それは無駄な肉のついていない輪郭や、不健康に透き通った肌、凡そ生気というものを感じさせない瞳のせいと言えた。虹彩の色が深く、光を殆ど反射しないように見えるのが、平素からの無愛想な口ぶりと相まって、まるで世の中全てを拒絶しているようだった。
「というか、いくら僕が可愛くて小柄だからって体重はそれなりにあるからね? あんな軽々と引きずられたらプライドが傷つくんですけど!」
「確かに殿下はほぼ筋肉で重いですからね」
「重いって言うなっ!」
ストロベリーは続けて何か言おうとしたが、猫の鳴き声がそれを遮った。いつの間にか傍まで来ていた、長毛種の猫がストロベリーを見上げている。
「猫ちゃん」
興味を引かれたのか、ストロベリーはそちらに手を伸ばす。猫は見た目の優雅さを裏切らない仕草で、鼻を指先に近づけた。何かを確認するように匂いを嗅いで、そして次の瞬間、強烈なパンチをその手にくらわせた。
「なんで!?」
それが合図であったように、他の猫たちもストロベリーの周りに集まり、猫パンチを繰り出した。
「痛い痛い痛い、やめてよぉ」
猫たちに蹂躙されているストロベリーを見て、ハッカが楽しそうに笑った。
「猫に好かれてよかったな、殿下」
「絶対好かれてないし、虎混じってるじゃん!」
「キャベツちゃんはネコある」
紙袋を抱えてキッチンスペースへ移動した店主がすかさず訂正する。
「仲間はずれにするのは駄目ネ」
「そういう問題じゃ……うわぁん」
猫たちに容赦なく殴られ、ストロベリーは床に倒れ込む。その筋力を持ってすれば跳ね返すことも可能なはずだが、流石に猫相手に力を奮うわけにはいかないと思っているのか、殆ど無抵抗だった。
「いい躾してるな、山東菜」
ハッカがそう言うと、店主は露骨に顔をしかめた。
「何度言ったら、その悪趣味な髪の中にある脳みそに染み込むアル。ワタシはパクチョイよ」
「お前に髪の色でとやかく言われたくねぇよ。俺のは地毛だ」
「そんな地毛があって堪るか、ドアホウ」
パクチョイというのが、店主の名前だった。この国でも好んで食べられる葉物野菜を、シアの国の言葉に訳したのと同じ名前。それを本名だと思っているのは、この店を猫カフェとして利用する者か、あるいは底抜けの純朴な人間くらいだった。
「信じる者は救われるんだぜ? それより、山東菜」
「断る」
ハッカが何も言わないうちに、パクチョイは冷たい声で告げた。
「まだ用件言ってねぇぞ」
「前にも言ったアル。お前ら魔法使いはろくな仕事を持ってこないネ。それに私はお前らから好き好んで仕事を取らなくたって、生計には困ってない」
「けどな」
「お前、ほんっとーに頭の中にチョコミントアイスでも詰まってるあるか。前の
「忘れたのか? 俺だよ」
平然と答えるハッカに、パクチョイは舌打ちをした。
「あれも、最初は情報一個寄越せとか殊勝なこと言ってたノに、気付いたらどこぞの傭兵部隊が店を取り囲んでたアル。うちは平和な猫カフェなんだから、変なことに巻き込むでない。このゲテモノ魔法使いが」
「考えておくよ」
「無い脳みそで何考える」
パクチョイは馬鹿にしたように鼻で笑うと、視線を猫たちの方に向けた。
「
ストロベリーに軽快なパンチを繰り出していた長毛の猫が動きをとめた。
「レタスちゃん、コマツナちゃん、キャベツちゃん、カキナちゃん、アブラナちゃん」
次々と名前が呼ばれ、それに応じて猫たちは攻撃を止める。最後の一匹がパクチョイの方を見上げて「にゃあ」と鳴いた時には、他の五匹も同じ体勢を取っていた。
「ご飯アル。そんな苺はほっといて、おいで」
キッチンスペースの奥にある細い扉を開けながらパクチョイが言うと、猫たちは嬉しそうにそちらに駆けていった。小さな足音が扉の中に吸い込まれていき、やがて静かになる。パクチョイはそれに続いて中に入り、扉を閉める時にラディの方を見た。
「何かあったら」
「呼べばいいんだな?」
「自分たちでどうにかシロ」
扉が音を立てて閉まった。後にはラディとハッカ、猫に揉みくちゃにされたストロベリーだけが残る。メイド服も髪も好き勝手に踏み荒らされた姿は、打ち捨てられた野菜クズのようにも見えた。
「うぅ……、猫ちゃんたち酷いよ……」
泣きそうな顔でストロベリーが起き上がる。黒い服には今度は猫の毛が大量に付着していた。
「何もしてないのに」
「パクチョイが殿下を引きずってきて床に放り投げた。猫たちには殿下が外敵のように見えたのでは」
「真面目に解析しないでよ!」
ストロベリーはどうにかして、鳥の巣のように乱れた髪を直そうと試みたが、すぐに無駄と諦めると髪を束ねていた紐を解いてしまった。ピンク色の長い髪が重力に任せて垂れる。それを手櫛で整えながら、ハッカの右隣の椅子に腰を下ろした。
「というか、何あの人」
赤い瞳は、閉ざされてしまった扉へ注がれている。言うまでもなく「あの人」とはパクチョイのことだった。
「この店の店主です」
ラディは極めて簡潔に説明したが、ストロベリーはそれで納得はしなかった。
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