5.王子への返答
「そんなこと聞きたいんじゃないよ。あの人、僕のこと「苺」って言ったよね。僕、あの人に会ったこともなければ名乗ってもいないのに。ラディが話したの?」
「俺はそんなことは」
自らの名誉のために、ラディは首を左右に振った。
「第一王子がメイドの格好をして、ストロベリーと名乗っているなんて他人に説明するわけないでしょう。俺の正気が疑われます」
「なんか引っかかる言い方だなぁ……。じゃあハッカ?」
「俺がタダであいつに情報やるわけねぇだろ」
猫がいなくなったため、ハッカは煙草を口にくわえながら言った。
「あいつは情報屋だよ。副業なのか本業なのかは知らないけどな」
「情報屋……。二人の協力者ってこと?」
「そんな楽しい関係じゃねぇよ。金払いが悪かったら会釈すらしてもらえない仲だ」
「それはハッカだけだ。俺はちゃんと信頼関係を築いている」
得意げに言うラディに、しかしハッカは一瞥すら向けなかった。
「まぁ性格が悪くて口も悪くて、平和とは程遠い所にいる奴だけど情報屋としては信用できるから安心しろよ」
「……ハッカより口が悪かったら、もうただの悪口製造機じゃん」
「なんか言ったか。髪引きちぎるぞ」
やめて、とストロベリーは頭を押さえる仕草をした。
「じゃああの人は情報屋で、僕のことはどこからか知ったってこと?」
「そうなんじゃねぇの。あいつの情報源なんて興味ねぇから聞かないけど」
「誰かがあの人に僕の情報を求めたら、すぐにバレるじゃん。大丈夫かな」
「金でも握らせとけよ」
「ハッカ」
投げやりな相棒の言葉に、ラディは真面目な口調で窘めた。
「もう少し親身になって差し上げろ」
「親身になってんだろ。俺は本気でどうでもいい奴は居ないものとして扱うように言われてる」
「誰に」
「尊敬すべきお父様」
似合わない言葉にラディはため息をついた。
「尊敬すべき父親がそんなことを言うなら世も末だ」
「真面目に受け取るなよ。俺は俺なりに殿下に優しくしてんだぜ? 何しろ、大口の顧客になる可能性があるからな」
「あ、そうそう。それだよ、それ」
思い出したようにストロベリーが大きな声を出した。
「僕をこんな場所まで呼び出したってことは、あの件の返事の準備が出来たんでしょ? 丸二日も待ったんだもん、いい返事聞かせてくれるよね」
「ああ……はい」
ラディは煮え切らない返事を返した。ストロベリーを此処に呼び出したのは、紛れもなくラディである。その高度な魔法技術と知識を使った連絡手段を用いて、ストロベリーだけにこの店の場所を伝えるのは難しいことではなかった。しかし、その時にはまだラディは「結論」を出してはいなかった。
正確に言うならば、結論を出すつもりではいた。自分自身の覚悟を決めるためにストロベリーを呼び出し、そして定休日だったパクチョイの店に行き、いくつかの交換条件ーー主に猫のノミ取りだが、の元に店を借りたのである。
しかし良かったのはそこまでで、猫たちを可愛がっているうちに時間は非情に過ぎ去った。要するに、今もラディは結論を出せてはいない。
「えー、そのですね」
「うん」
「どのようにして、殿下のお気持ちを図るべきかと考えてまして」
「何言ってるの?」
あまりに取り留めのない言葉に、ストロベリーが不審な表情を浮かべる。間に挟まれたハッカは、興味無さそうに煙草を吸っていた。
「引き受けるか引き受けないか。それを僕ははっきりして欲しいんだけど」
ストロベリーが当然の要求をする。
ラディは少し悩んだ後に、返答ではなく疑問を口にした。
「もし断った場合、どうなりますか? 俺たちの……その、身の安全という意味で」
「あぁ、それを気にしてたの?」
驚いたような顔をしたストロベリーは、それから口角を吊り上げた。
「今の段階でラディ達が断っても、僕としては特に問題はないんだ。それこそ、宰相の方に「王子がこんなことを持ちかけてきました」なんて情報を売り込んだって構わない」
「よろしいのですか? 殿下たちにとっては不利になるかと思いますが」
「僕よりもラディたちが面倒なことになるんじゃないかなぁ」
髪を縛りなおしながら笑顔で言う様は、少女が友達と他愛もない話をしているようにも見える。
「だってそんな話を持ち込んだら、まずはこう聞かれるよ。「どこで王子と会ったんだ」ってね。僕は今、絶賛行方不明中。その捜索は「王の杖」も行っている。向こうから見たらラディは王子を見つけたのに報告もせず、裏契約を持ち掛けられたことを即座に宰相側に漏らした人間だ。まず宰相派には信用されないだろうね。勿論、そんなことをされたら僕だって信用しないし」
「……つまり、断られても殿下は困らない。そういうことですか」
「簡単に言えばそうだね。だから好きにしてくれて構わないよ」
王族らしいと言えば、王族らしい答えだった。
実際、ラディが断ろうとストロベリーは困らないのだろう。そして一種の高潔さで、今後も今まで通りに接してくるに違いない。
ラディとしては、あまり面倒なことに巻き込まれたくないという想いがある。王子派でも王女派でもない中立の立場を今まで取ってきたし、「王の杖」の同僚たちからもそのように見なされている。しかし、ストロベリーの仕事を引き受けてしまえば、王子派として王女派と争うことになるかもしれない。魔法使いとしての自分に誇りを持っているし、王のために戦うことは構わないが、王子のために宰相と争うのは何かが違う気がする。
結局、ラディが結論を出せずにいるのはそこだった。これが果たして自分の信条に合うものなのか、そして引き受けたとしても完遂出来るだけの覚悟があるのか。それがわからない。
「で、返事は?」
返事を促すストロベリーに、ラディはどうすべきかと諮詢する。
しかし、その時口を開いたのはハッカだった。
「ラディちゃん、あまり悩むと禿げるぜ」
「だからその呼び方はやめろ」
「どうせお前のことだから、職務だの魔法使いとしての義務だの、小難しいこと考えてるんだろ」
煙を天井に向けて吐き出したハッカは、そのまま薄笑いを浮かべる。顔を左右どちらにも向けないのは、ハッカなりに非喫煙者二人を配慮しているのだろう。ここまで近い距離だと意味を為さないが。
「悪いか」
「別に文句なんて言ってねぇだろ。でも、理屈並べたところで結論は出ねぇよ。ジャッジする人間がいないからな」
「それは……まぁ、確かに」
相手の言うことにも一理ある、と素直にラディは認めた。
義務だの権利だのを可能な限り並べたところで、それは自分の結論を導き出してはくれないし、誰かがその正誤を判定してくれるわけではない。それらはあくまで、信条や行動の裏付けにしかならないことをラディはよくわかっていた。
詰まるところ、何かを決意するのに必要なのは理屈でも裏付けでもない。
「殿下、もう一つだけ質問を」
「今度は何? 僕のスリーサイズとか?」
「胸筋のサイズ知ってどうするんだよ」
ハッカが横から混ぜっ返したが、ラディは無視して続けた。
「王女派を倒すということは、殿下は国王になるんですよね」
「うん、そのつもりだけど」
「王になって、この国をどうするおつもりですか?」
静かな問いかけに、場の空気までもが静まり返った。ストロベリーは髪型を元通りのツインテールに戻すと、首を左右に振ることによって出来栄えを確認した。そして問題ないことを確認し、満足そうに毛先を撫でる。
「お菓子」
そして、まるで明日の天気でも言うかのように軽い口調で言った。
「お菓子、ですか?」
意味が分からずに問い返したラディに、ストロベリーは肯定を返す。
「城の一番日当たりのいいバルコニーで、可愛いテーブルと椅子を出して、美味しい紅茶とお菓子を姉様と食べる。それが出来る国にしたい」
ささやかな願いは、しかし二日前の話を考えれば、非常に困難なものであることはわかる。
王女と王子が二人揃っている姿を見るのは、公務の時以外にはない。それも年齢が上がるにつれて互いに別行動が増えてきている。
「姉様と僕が話をするのは、あの地下室だけだからね。そこでお菓子を二人で食べるんだけど、やっぱり外で堂々と食べたほうが美味しいし」
「随分と私利私欲に塗れた願いだな」
ハッカが呆れたように言う。
「そんなに王女殿下が好きなのか」
「別に姉様に限った話じゃないよ。自分の大事な人と、平和に暮らせる世の中がいいってだけ」
「そんな綺麗ごとで国は成り立たないだろ」
「今はそんな綺麗ごとすら言えない」
髪を指に絡めながら、ストロベリーは語尾を強めた。そして赤い瞳をハッカの方に向ける。
「王様が馬鹿みたいな綺麗ごと言えてる国のほうがいいでしょ?」
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