2.王城でのこと

「宰相を潰すたぁ、大きく出たもんだな」


 煙草の煙が、笑い声と共に揺れた。椅子に足を組んで座ったストロベリーは、冷静な眼差しをしていた。


「小手先のごまかしでどうにか出来るとは思ってないよ。それに冗談や酔狂でこんな話はしない」

「まぁそうだろうな。でもどうしてだ? 王女派と王子派の対立があることは知ってるが、平和に事をやり過ごす方法はいくつかあるだろ? 例えば王女が先に即位してから王子に譲位するとか」

「それじゃ意味がないんだよ」


 ストロベリーは首を横に振った。


「ラディは知っていると思うけど、僕と姉さまは仲がいいんだ。でも周りはそれを許してくれない。それどころかお互いをどうにかして争わせようとしてくる」

「どちらにとっても、殿下たちが仲が良いのは不都合でしょうからね」

「でもさ、それっておかしいよ」


 眉を寄せたストロベリーは、可愛らしい口元を尖らせた。


「あいつら、僕たちのことを争いの道具にしか思ってないんだ。王女は正妃の娘だから~、なんてそれらしい理由をつけてるけどさ、別にあいつらはどうでもいいんだよ。自分たちが少しでも有利な立場になるように、そして自分たちの名誉に傷がつかないように僕たちを利用してる」

「殿下はそれが我慢ならないと?」

「大人しい言い方をすればね。僕は姉さまと争うなんて絶対に嫌だ。かといってこのままじゃ宰相派に消されてしまうかもしれない。城の中にいる貴族の殆どは王女派だからね」

「そんなに多いのか? 俺から見たら全員貴族様だからわかんねぇけど」


 ハッカが首を傾げながら疑問を口にする。確かにそれは尤もな疑問だと考えたラディは、丁寧に説明をした。


「王女殿下の母君は王妃だ。王子殿下の母君がどれほど高貴な血筋と言えども、城の中では王妃のほうが権力を持つ。そして王妃が一番信頼を置くのは宰相殿だ。城内で出世をしようとするなら、王女派になるのが一番近道となる」

「じゃあ王子派のほうが力が弱いってことか」

「いや。王子派は寧ろ国全体に広がっている。特に北部の貴族の九割は王子派と言って良いぐらいだ。それがまた権力争いを複雑なものにしている。宰相も地方の有力貴族を無視するわけにはいかないからな」

「なるほどね。ってことは城にいたらいつか殺されちまうんじゃねぇの、王子殿下」


 揶揄うような口振りで言ったハッカに、ストロベリーは否定を返した。


「それならまだいいよ。護衛を増やしたうえで、鎧を着込んで斧を持って寝てればいいだけだもの。それに宰相にとっては邪魔なのは僕じゃない。僕を王にしようとする有力者たちだ。簡単に死なせるだけじゃ、そいつらまで排除できない」

「つまり、争いを起こしたうえで消耗させたい。そういうことですか」

「流石、ラディは話が早いね。そういうこと。僕の一足一挙動を監視して、でっちあげの罪を着せる材料にしようとしてるんだよ。例えば、夕食の席でフォークを落としたことが、下手したら姉さまの暗殺未遂事件に仕立て上げられるかもしれない。宰相はそれを唆したのを、王子派の貴族たちだと主張するだろう。そして片っ端から処刑なり投獄なりした後に、僕を幽閉すれば一丁上がりってわけ」

「幽閉で済めばまだ宜しいですが、後ろ盾がなくなった殿下を暗殺するかもしれませんね」

「あり得るね。僕たちとしては、そんなことは絶対に避けたい。でも、王子派の人間を使って、それに抗うことは出来ない。それこそ向こうの思うつぼだからね。宰相が全く感知していない、そして干渉も出来ないような「第三勢力」を味方につけるべきだ。姉さまと僕はそう結論付けた」


 つまり、その候補が自分たちなのだろう。ラディは理解はしたものの、あまりに責任重大すぎる内容に反応が遅れた。その代わりのようにハッカが口を開く。


「なるほど。俺たちは殿下のキャンペーンに当選したわけだな。でもラディは兎に角として、俺はただの民間だぜ? それこそ宰相に寝返る可能性は考えないのか」

「それはない」


 あまりにはっきりとした否定に、ハッカが右眉を吊り上げた。


「何故? まさか、出会ってから今までの短い間に俺を信用して信頼したってわけじゃないだろ」

「さっき、ドラゴンを倒した後に「始末書が面倒くさい」って言ってたでしょ。僕の味方の振りして、情報を集めて、それを宰相に売り込むために宰相の信頼を得る。始末書の何十倍も面倒くさいよ。やるの?」

「やるかもな。金さえ良ければ」

「だったら、そんな面倒なことをしなくても僕から出る依頼金を普通に獲得したほうが良くない?」

「確かに」


 可笑しそうにハッカは笑った。短くなった煙草を床に落とし、ブーツの底で踏みにじる。


「だが即答できる内容じゃないな。これ、所謂非公式の契約になるんだろ? まさか「カルナバル」に契約書送ってくれるわけじゃないだろうし」

「そうだね。正式契約じゃないと駄目?」

「いいや。でも考える時間は必要ってことだ。お前はどうする?」


 話を振られたラディは、数秒ほど考えてから首を横に振った。


「俺も……即答は出来ない。元々王子派でも何でもないけど、王室には敬意を持っている。それに俺の場合は国王所属の魔法使いだから、ここで殿下に加担することが、王室にとってどういう結果になるかを考慮する必要がある」

「相変わらずお堅いねぇ。お前が殿下と契約するって言うなら、便乗してもいいかなと思ったけど」

「考えるのが面倒だからって俺に頼るな……。というわけで殿下、少しお時間をいただけませんか」


 丁寧な態度で申し出たラディだったが、ストロベリーは不満そうだった。


「いい話だと思うけどなぁ。でもまぁ、無理強いしてもよくないよね」

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