11.非日常の願い
「あー、疲れたー」
革張りの椅子に腰を下ろしたストロベリーが、ため息混じりに声を出す。ラディは、はしたなく開かれた足を閉じるように促してから周囲を見た。
背後には、今しがた入ってきたばかりの扉がある。古めかしいが重厚な作りをしており、内側からは閂がかかるように出来ていた。
部屋はそれほど広くはないが、天井が高いために窮屈には感じない。窓はなく、換気用の細い穴だけが壁の上部に空いている。今、ストロベリーが腰掛けている椅子以外にも、机や姿見といった家具はあるが、どれも相当に古いもので壊れかけているものもあった。
「殿下、この部屋は」
「昔は騎士の詰所だったらしいよ。今は誰も使ってない……というか存在自体知られてないかもね。入口見たでしょ」
「はい」
裏庭からストロベリーについて行った先は、城の地下に繋がる螺旋階段だった。そこまでならラディも何度か使ったことがある。低温での管理が必要な魔法具や、火薬、武器などの保管庫が並ぶ区画で、王の杖が所持する備品も含まれる。
しかしストロベリーは、それらの部屋には目もくれずに廊下の最奥まで進んでいくと、行き止まりの壁を思い切り押した。押した途端に壁の一部が下がり、現れたのがこの部屋の扉だった。
「意図的に隠されてたみたいだ。姉様は壁の装飾から見て、翡翠革命の時に右大臣一家が隠れた場所じゃないかって」
「翡翠革命?」
ハッカが首を傾げる。それを見てストロベリーが驚いた顔をした。
「知らないの?」
「生憎と無学でね」
「簡単に説明すると、四百年前に起きた国家転覆事件だよ。翡翠の紋章を持つチューノ家が主体となって、当時の国王と息子を殺したんだ。チューノ家はその前座として、王の側近だった右大臣一家の殺害を試みたけど、何故か彼らは革命より前に行方不明となり見つからなかった。革命後に姿を見せたものの、何処に居たのかは口を噤んでいた……。有名な話だと思うけどな」
「知らん。で、その大臣の隠れてた場所がここじゃないかって?」
「壁に刻まれていた傷の数が、大臣が行方不明になっていた日数とほぼ同じだったからね」
「殿下」
ラディは、歴史的考察に話が逸れる前に気になっていたことを口にした。
「姉様、とおっしゃいましたね。王女殿下もこの場所を?」
「偶然見つけたんだ。僕たちの隠れ家みたいなもんだよ。姉様以外で招き入れたのは、ラディ達が二度目だ。一度目はメイド長。メイド長の場合は教えてないのに普通に呼びに来たんだけどね」
「流石はメイド長……。しかし、そんな場所に俺たちを入れて良かったんですか?」
「良くはない」
椅子に腰かけたまま、ストロベリーは足を組んで肘掛に自分の左肘をついた。メイドの格好のままではあったが、公務の時と同じ雰囲気が蘇る。
赤い瞳がラディを見て、それからハッカを見た。
「名前は何だっけ?」
「ハッカ・デュー」
「嘘くさい名前だな。本名?」
「ストロングベリーワイルドに言われたくねぇよ」
「それ言われると弱いな。じゃあ、ラディにハッカ。二人にお願いがあるんだ」
ラディは姿勢を正した。このような場所で切り出される以上、それは公的なものとは考えにくい。そして、つまらない頼みとも考えられなかった。
「何でしょうか。俺に出来ることであれば」
「そんなに難しいお願いじゃない」
一瞬の静寂ののち、ストロベリーは静かに言った。
「王女派を……宰相を倒す。その手伝いをしてくれ」
その内容を、二人は理解出来ずに固まる。しかしストロベリーは、追い打ちをかけるように告げた。
「可愛い僕のお願いごとだもの。聞いてくれるよね?」
END
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