10.ドラゴン討伐
「そいつの体にある赤い瘤! それは本物の眼球と視神経だけ共有してる擬似眼なんだ。こっちの動きを完全に捉えてる。単独でいたほうがリスクが低い!」
「詳しいじゃねぇか」
「当たり前だろ。僕は王子だ。研究済みのドラゴンの生態は、全て頭に叩き込まれてる」
ストロベリーは薪割り台に右足を掛けて思い切り踏み込んだ。真っ直ぐに飛び上がった体と斧は、鋭い軌跡を描きながらドラゴンの腹に接近する。斧を両手で握り直したストロベリーは、足を宙で振り上げて体を一回転した。
「グギャァアアアアア!」
斧の刃が腹を切り裂き、ドラゴンが今までと違う声を出した。嫌がるように身体をくねらせ、口から酸を何度も吐き出す。
ラディは中和魔法を連発しながら、辺りを警戒する。ドラゴンの羽や足が周りの建物を破壊し、倒壊させてしまうことは珍しくない。万一にもそれで人的被害が出れば大変なことになる。
「殿下! このドラゴンの急所は!」
果敢に斧を振るい続けるストロベリーに、ラディは声を張って問いかける。それに返された言葉は、あまりに短いものだった。
「眼!」
今度は薪置き場の屋根に飛び乗ったストロベリーは、斧についた血を横に払って落とした。
「視神経が皮膚の下を網目状に走ってるから、眼を潰せば動きは止まる! でも個体ごとに目の位置が違うんだ!」
「位置が違う……?」
ラディはドラゴンの身体中に隆起する瘤を見て、それから頭部を見た。眼がありそうな位置には、眼窩の代わりに厚い鱗がある。
「まさか……瘤のうちのどれかが!?」
「そういうこと!」
「どれが本物なんですか!? 見分け方は!」
「わかってたら先にやってる!」
瘤はどれも同じに見えた。大体の目測だけでも百個はある。それを一つづつ確認する時間はない。ラディはそれだけを一瞬で考えると、違う魔法陣の準備を始めた。宙に白い光が細く筋を作り、教本通りの正確で精密な紋様が浮かび上がる。
王の杖の中でも、ラディの魔法発動速度と精密度は群抜いている。このような状況でも狂いが生じることは無い。
「ハッカ! 今から閃光魔法を放つから、生体反応を示す瘤を探してくれ!」
「了解」
ラディが何をするつもりか悟ったハッカが、短い返事だけ残して走り出す。ストロベリーがいるのとは逆方向にある畑道具を入れるための小屋に近付き、雨水を貯めるための樽を足がかりに屋根に飛び乗った。
それを確認したラディは、即座に魔法陣を発動する。中心から眩い光が煌めき、四方へ広がる。まるで刺すような光線を浴びたドラゴンが、一際大きな声を出した。
「見えた」
迸るような声の狭間で、ハッカが呟いたのが聞こえた。光の直撃を避けるために閉じていた左目を開き、構えていた弓と矢を引き絞る。その矢は瘤のうちのたった一つを狙っている。
そして矢の先には小さな魔法陣が浮かんでいた。ラディのと比べると、必要最小限の構成要素のみを持ち、所々が歪んだ異質なものだった。魔導学院の教員が見たら悲鳴を上げかねないそれは、しかしハッカにとっては失敗でも何でもない。数少ない例外を除いて、ハッカの使う魔法は常に「不完全」である。
魔法陣の中心を、放たれた矢が貫いた。そのまま失速することもなく矢はドラゴンの背骨近くへ届く。そこにあった赤い瘤は他と全く変わらないように見えたが、矢が触れる直前に逃げるように左右に揺れた。
「動くな」
ハッカが呟いたと同時、矢の先端に魔法陣が浮かぶ。硝子の割れるような音がしたと思うと、小規模の凍結魔法が発動する。小規模とはいえ、殆ど無抵抗の瘤を凍らせるには十分すぎるほど強力だった。
瞬時に凍りついた瘤を矢が貫く。瘤の中心から、血を凝固させたような黒い何かが盛り上がったが、ただそれだけだった。
「グギィィイイ、ガァアアアア!」
ドラゴンの身体が捻れる。痛みを耐えるように、あるいは逃れるように。しかしそれはどちらも叶わなかった。唐突にその動きが止まり、口から大量の酸が地面へと吐き出される。ラディは中和をしようとしたが、それより先にドラゴンが落下した。己の吐いた酸に顔を埋め、鱗と肉が焼ける不快な匂いが辺りに満ちる。
「しまった……」
このままでは、この作業場が使い物にならなくなる。焦りながらも打開策を探そうとしたラディだったが、それをストロベリーの声が遮った。
「逃げよっ」
「殿下?」
何を、と言いかけたラディに追い打ちをかけるように、小屋の屋根の上にいたハッカが同意を返す。
「とっととずらかったほうがいい。面倒なことになる前に」
「だが、これを放っておく訳には」
「俺たちの仕事は殿下を探すことだ。ドラゴン退治は物のついで。俺は始末書や報告書書くなんて面倒ごとは御免だって言ってんの。それに、殿下だってここに留まるわけにはいかないんだろ?」
ハッカがストロベリーに問いかける。
「うん。これだけの騒ぎになると、宰相がこっちに来るかもしれないから。僕はまだ「失踪」してなきゃいけないんだよ」
どこか真剣な口調に、ラディはそれ以上食い下がるのを諦めた。理由はまだ判然としないながらも、ストロベリーからは唯ならぬ決意のようなものを感じる。それを否定することは出来ないと、ラディの本能が告げていた。
「わかりました。退きましょう」
「ありがとう。じゃあ僕についてきて」
ストロベリーは歩き出そうとしたが、まだその手に斧を握っていることに気がつくと、それを薪割り台の上に戻した。血のついた斧が台座に深く突き刺さる。
「よろしいのですか? 護身用に持っていた方がよろしいのでは」
「うーん、悪くないんだけどね。あんなに軽いと殺しすぎちゃうかな」
華奢な体格のメイドが口にするには、あまりに物騒な言葉だったが、もはやラディは驚かなかった。
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