9.王女派と王子派

 次の国王の座を巡り、国の主要機関やそれに属する要人たちは王子派と王女派に分かれている。特にそれは貴族階級に多い。王の杖にも格式高い家の人間はいて、彼らは自分の家や親がどちらの派閥であるかを公言して憚らない。

 だが中流家庭に育ったラディは、それらの話には無縁だった。派閥争い自体は興味深いと思っているが、その渦中に身を投じたことは無い。


「どちらでもありません」

「だよね。そっちのボサボサ髪は」

「俺はハッカだ」


 髪型を揶揄されたハッカが、憮然とした顔で返す。


「王女も王子も興味ねぇよ。どっちかが喫煙所作ってくれんなら話は別だけど」

「国に対する期待値低すぎるよ。まぁいいや、どっちも王女派じゃないなら話は早いし」


 ストロベリーは笑みを浮かべると、まるで幼い子供が親に甘いものを強請るような顔つきになった。両手を組み合わせて顎に添え、上目遣いで二人を見遣る。


「僕が此処にいること、黙っててくれないかなぁ?」

「それは……」


 ラディはその申し出を、一度は却下しようとしたものの、少しだけ思いとどまった。そして、代わりに別の言葉を相手に投げ掛ける。


「何故でしょうか。理由を伺っても」

「そこは王子の命令ってことで」

「流石に殿下が行方不明になっている現状を、理由も説明もなく放置する訳には参りません」

「じゃあ理由を言ったら退いてくれる?」


 ラディは渋い顔をしてみせた。ハッカからはお人好しと呼ばれることもあるが腑抜けではない。この不透明な契約に、容易に首を縦に振らないだけの分別はある。


「内容に因ります」

「そう言うと思った。……困ったな。ラディには僕の可愛い上目遣いもお金も効きそうにないし」

「俺は金なら歓迎するけどな」


 横から口を挟んだハッカを、ラディは睨みつけた。


「ハッカは黙っててくれ。話がややこしくなる」

「ややこしくねぇよ。そこのワイルド殿下は黙ってて欲しいんだろ。俺は金さえくれれば、いくらでも静かに出来るぜ」

「変な略し方しないでよ」


 ストロベリーが頬をふくらませる。ラディもそれに同調した。


「王族相手に無礼だぞ。ちゃんとストロングベリーワイルド殿下と呼べ」

「だから、僕はストロベリーだってば!」


 声高に叫んだ刹那だった。三人の頭上が突然暗くなったと思うと、噎せ返るような血の匂いがした。ラディは咄嗟に構えて、腰に提げた剣の柄に手をかける。抜こうかどうか、悩むまでもなかった。頭上の影が大気を揺るがす声を出す。そこにいたのは大きな翼を持ったドラゴンだった。


「ハッカ!」

「あいよ」


 瞬時に数歩下がっていたハッカが、背負っていた大弓を構える。弦を引き絞り、放たれた矢が真っ直ぐに宙を貫いた。ドラゴンの硬い皮膚に鏃が刺さり、再び鳴き声が上がる。

 その時には三人は、ドラゴンの姿かたちをしっかりと捉えていた。白い鱗に白い羽。少し寸胴の体に逞しい四肢。そしてその体にいくつも隆起した赤い瘤。瘤はドラゴンの動きに合わせて揺れて、それぞれの核と思しき黒点が震えている。


「フルーツドラゴンか?」

「多分そうだろう。郊外の方で畑を荒らしていたのと同じ個体かもしれない」


 ラディは抜いた剣を右手で持ち、左手で魔法陣を作りながら言った。

 フルーツドラゴンというのは、この国に数多生息するドラゴンを大きく分類した一つである。見た目やその生態が果物を連想させるもの、そして凶暴な性質をしたものがそう呼ばれている。フルーツドラゴンによる人間への被害は、一年間で約五百件。公営民営問わず、その討伐に力を入れているものの、いつどこから現れるか分からないドラゴンに後手を取ることも少なくない。


「なんで城に出てくるんだよ。騎士様たちはどうした」

「殿下を探して城下に出ている」

「皆で苺摘みに出かけたわけね。おい、殿下。責任取って囮になれよ」


 二人の間に立っていたストロベリーは、何故かドラゴンを見上げたまま黙り込んでいたが、自分が呼ばれたことに気付くと肩をはねた。


「な、何?」

「お前のせいで城に人手が足らねぇから、ドラゴンに食われろって言ってんの」

「やだよ! だってあれ、ストロベリードラゴンだよ」

「ストロベリードラゴン?」


 二の矢を構えていたハッカが、不思議そうな顔をしてストロベリーを見る。


「親戚か?」

「ちーがーうー。ストロベリードラゴンっていう名前なの!」


 宙に留まっていたドラゴンが、今度は甲高い声を出したと思うと、口から真っ赤な液体を噴射した。その真下にいたストロベリーは「うひゃあ」と叫びながら薪を切るための台座の方へ逃げる。

 先程までストロベリーが立っていた場所に液体がかかり、そこにあった草を一瞬で溶かしてしまった。ドラゴンはまるでそれを面白がるように口を広げる。鋭い牙が並んだ下顎と緑色の細長い舌が三人から僅かに見えた。


「酸か……!」

「凄く強い酸だから気をつけてね。僕の可愛い顔がドロドロに溶けるのなんて見たくないでしょ!」

「ごもっともです」


 ラディは作りかけていた魔法陣を破棄すると、中和用の魔法を発動して地面の酸化を止める。ここには畑もある。そちらまで酸の被害を広げる訳にはいかない。

 酸の中和には本来ならば大掛かりな魔法陣と装置が必要となるが、ラディの魔力であれば簡易型といえども十分な効果を作り出せる。


「殿下! 俺の傍に!」


 呼びかける間にも、また酸の雨が降る。ドラゴンは完全に興奮しているようで、大きく広げた羽が厨房の屋根瓦を何枚か弾き飛ばすのが見えた。砕かれた欠片が地面に落ちて軽い音を立てる。その中でストロベリーが声を張り上げた。


「僕は平気! 自分の心配したほうがいいよ!」


 ラディに注意を促しながら、ストロベリーが手を伸ばしたのは薪割り台に突き刺さった斧だった。しかしそれは普通の薪割り斧でもなければ、防火用のものでもない。刃の部分だけでストロベリーの腰までありそうな大きさの、本来なら二人がかりで扱う伐採斧だった。それをまるで食事用のナイフでも扱うように片手で軽々と持ち上げたストロベリーは、柄の部分を肩に担ぐ。

 腕力、否、もはや膂力が人間離れしていると言って過言ではない。本人の好みは兎に角として、「ストロングベリーワイルド」の名に恥じない力だった。

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