8.メイドは石より強し

「いきなり何するんだよ! 危ないだろ!」


 見た目は可憐な少女だが、声には男らしい低音が混じっている。


「当たったらどうすんの? 僕の可愛いお顔に傷がつくよ!」

「大丈夫だ。多分、石の方が負ける」

「そんなわけないでしょ!」


 先程の砕けた石を思い出すと、あながち有り得ない話とも言えない。そうラディは考えた。しかし、それはそれとしてハッカのやったことが危険な行為には間違いない。

 ラディは一歩進み出ると、メイドの姿の王子に深く頭を下げた。


「申し訳ございません、ストロングベリーワイルド殿下」

「その名前で呼ぶなっ!」


 ストロングベリーワイルド・ティス・アディラトル。それが王子の名前だった。姉はスイートカインドハートなので、妾の息子を冷遇してつけた名前ではない。寧ろ高名な学者たちが三日三晩寝ないで考えた、非常にありがたい名前である。

 唯一問題があるとすれば、その名を持つ本人が全く気に入っていないことくらいだった。


「ラディ、前も言ったよね。僕のことはストロベリーと呼べって!」

「ですが、平民たる俺が殿下をあだ名のようなもので呼ぶ訳には」

「本人がいいって言ってるんだからいいのー!」


 ストロングベリーワイルド、もといストロベリーはその場で抗議するように跳ねる。先程崩れた石が、そのまま庭の一部と消えていく。


「ストロベリーのほうが僕に似合うし可愛いでしょ。フルーツの代表だもん」

「恐れながら、あれは野菜です。ストロングベリーワイルド殿下」

「お前ってなかなか神経太いよな」


 ハッカがそう指摘する。するとストロベリーが眉を寄せた。石を握りつぶしたとは思えない華奢な指で、真っ直ぐにハッカを指さす。


「というか、お前は誰? 城の人間じゃないよね」

「出入りの民間業者だよ」

「初対面の人間に石を投げていいと思ってるの?」

「じゃあ丁寧にご挨拶して名刺交換してから投げればいいのかよ」

「そういう意味じゃないよ! というか僕が誰だかわかってるの!? この城を代表する可愛いメイドさんだよっ!」

「王子だろ。何代表してんだ」


 噂通り、とハッカは呟いた。

 第一王子の「趣味」は一部では有名な話である。その名付け親たちは、いずれ一国を担う王子に勇敢豪気であってほしいと願ったが、本人が最初に興味を示したのは自分の産着に施された刺繍だった。剣より鋏や針を持つことを好み、鎧よりもドレスの曲線を愛した。そして政治よりも真面目に取り組むのは掃除や洗濯。

 家庭教師や騎士団長が頭を抱える一方で、メイド達には溺愛されてきた王子。しかしまさか誰も、王子がメイド服を着て城にいるなど考えなかっただろう。


「殿下。まさかこんなところにいたとは……皆探したんですよ」

「知ってるよ。見つからないように頑張ってるんだから見つからなくて当たり前じゃん」

「何故ですか」


 ラディが問いかけると、ストロベリーの赤い瞳が一瞬だけ逸らされた。


「じ……自分探しの旅?」

「ご自分なら、これ以上ないくらいにお持ちだと思いますが」

「まだ探そっかなーって。というか何で僕の居場所わかったの?」


 明らかに誤魔化したストロベリーに、しかしラディは気付かないまま話し続ける。元より人を疑うことが少なく、そして目上への敬意は忘れない男にとっては、今目の前にいる王子の言葉は多少怪しくとも真実だった。


「運送業者に聞き込みをした結果、外に出た痕跡がなかったこと。さらにメイド長の証言から、まだ中にいらっしゃると思いました」

「なるほどねー。流石は王の杖、その若き実力派」


 ラディはストロベリーとは多少面識がある。そもそも「王の杖」自体が王命により動く組織である以上、王族と接触する機会も多い。

 最初に会ったのは、ストロベリーの最初の外交の護衛を務めた時で、その時から何故か気に入られていた。曰く、「僕は可愛いものが好き」らしいが、だからといって何故自分に目をかけてくれるのか、ラディには全く理解出来ない。


「王の杖の他の奴らも探しに来てたけど、全然気付かなかったよ。まぁメイド長が睨みきかせてたからかもね」

「メイド達が行方を知っているかも、とは思っても、その中に殿下が混じっているとは思わなかったからでは」

「それだけ僕の変装が完璧ってことだね」


 誇らしげに胸を張るストロベリーだったが、ハッカがそれを鼻で笑った。


「俺には見破られたけどな」

「メイドに石投げる人は想定してないからね。後で訴えてやるから」

「へぇ、やってみれば? その前に宰相に居場所教えるけど」


 ハッカの言葉に、ストロベリーは絶句する。その反応を見てラディは腑に落ちた顔をした。


「宰相から隠れていらっしゃるんですか」

「違うよ」


 即答だった。不自然な程に。

 ラディとハッカがそのまま黙っていると、やがて諦めたのだろう、細く長い溜め息が口から漏れた。


「隠れてる、は語弊がある。避けて姿を晒さないだけだよ」

「それは隠れていると言うんですよ、殿下」

「念の為聞くけどさ、ラディは王女派じゃないよね?」


 はぁ、とラディは少し腑抜けた声を出した。

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