7.口撃力の高い男

「何だっけ? 空気が汚れるだっけ? 素晴らしく詩人だな。古代四大詩人も真っ青だ。凡人じゃ思いついたって口には出せない。恥ずかしくてな」


 ハッカに口撃などしても無駄である。どういう生い立ちならそうなるのか、さっぱりわからないが、ハッカには罵倒や脅しが効かない。寧ろそれを倍にしてやり返す傾向にある。やり返すと決めたハッカは、ラディには止められない。何しろ言葉が速すぎる。


「まぁいい、詩人のグルケ氏に敬意を払って聞き入れようか。空気が汚れる。それはいい。で、汚れたからなんだ。嫌なら息を止めてろ。天使が薔薇の吐息で迎えに来てくれるさ。つまらない言葉を放つ奴は、つまらない死に方をする。神様がいい例だろ」

「民間のくせに増長するな。ラディッシュ、これはお前の責任だぞ」

「いい大人が責任の所在で大騒ぎするなよ。民間のくせに、と言うがまさか国の魔法使いが偉いとでも? 偉いならどうしてお前みたいな傑作が出来上がるんだ。あまり笑わせるな。古傷に染みる」


 そんなものが無いのをラディはよく知っていた。しかし指摘する暇もなく、ハッカは言葉を続ける。


「俺が増長するのが、ラディの責任だって言ったな。俺がそこのエリート魔法使い様の威を借りてると? ラディの小さな威を借りるなら、そこらで歩いてるミミナガハリアリハリナシハリモチネズミに借りた方が五百倍役に立つ。そうだろ?」


 突然話を振られたラディは、初めて聞いたミミナガハリアリハリナシハリモチネズミとやらの生態を考えるのを中断して頷いた。

 初めて出会った時から、ハッカは今と変わらなかったし、例え相手が王族であったとしても何も態度を変えないに違いない。


「此処に俺がいなくても、ハッカの言うことは何も変わらないと断言出来る」

「だーろぉ? ただ、こちらの方は違うらしい。ママがケツ拭いてくれなきゃ、お友達と喧嘩すら出来ない」


 ハッカは可笑しそうに笑った。


「俺は世界平和を目指すタイプの健全な魔法使いだから、親切に教えてやろう。いいか、てめぇが王の杖だろうとママの愛するベイビーちゃんだろうと、俺がお前に謝ることはない。なぜなら謝ることは何一つないからだ。でも俺には、てめぇの無礼な囀りに抗議する権利がある」

「その侮辱は謝罪すべきだろう」

「侮辱ぅ?」


 わざとらしく口をすぼめて、相手の言葉を繰り返したハッカは小首を傾げて見せた。


「侮辱なんてしてねぇよ。俺はお前の素敵な勘違いを、畏れながらと正してやってるだけだ。この程度で侮辱だなんて泣き出すくらいなら、最初からお口を閉じていたほうがよろしくてよ?」


 グルケの口元が震えている。このままでは、本当に泣き出すまでハッカはやるだろう。そう確信したラディは、この不毛な時間を終わらせることにした。


「グルケ」


 そう名前を呼ぶと、相手は即座に振り向いた。その目には縋るような光が見える。ハッカを止めてくれることを期待してのことだろう。

 確かに止めるには止めるが、それは相手が考えるような方法ではない。ラディは、可能な限り低い声と鋭い目を向けて言い放った。


「負ける戦いに挑むのは勇敢ではなく愚かですよ」


 それがトドメだった。絶句という言葉が、その表情にはあまりによく似合っていたが、ラディはせめてもの温情として、早々にそこを離れることにした。同じ職場の人間を、必要以上に辱めることはしたくない。


「行こう、ハッカ」

「はいよ」


 面白そうに笑うハッカは、それでもそれ以上グルケには追撃しなかった。庭の小路をすり抜けて、十分に距離を取ってからラディはため息をつく。


「お前はなんで誰彼構わず悪態をつくんだ」

「待てよ、誤解だぜ? あっちが誰彼構わず喧嘩売ってきたんだ」

「そうかもしれないが、自分の口が回ることくらい知っているだろう。相手と同じレベルまで落ちることはないと思うけどな」

「相手と同じレベルに合わせてやったんだよ。ハンデをあげたんだ。俺は平等だぜ」

「良くも悪くも、ね」


 小路が途切れて、少し拓けた場所に出た。厨房の出入口から続く作業場として使われている区画で、薪や炭を置く小屋や、料理の仕込みに使うための香草を育てるための小さな畑がある。

 丁度そこでは、メイドが数人いて束ねた薪を運んでいる最中だった。先頭を歩く背の高い黒髪のメイドは薪を四つ、次に歩くふくよかな赤髪のメイドは三つ、そして一番後ろに続く小柄なメイドは八つ運んでいた。重そうな様子も見せない足取りに、ラディは感心する。


「あれも日々の業務がなせる技かな」

「あ?」


 ハッカが眉を寄せてラディを見る。


「そのド天然直さないと、また詐欺に引っかかるぞ」

「引っかかったことはない」

「お前が気付いてないだけだよ。それより、一番後ろのメイドよく見てみろ」


 そう促されてラディは目を凝らす。まだ若く、それが動きによく現れているメイドだった。スカートの裾から出た足首の腱がくっきりと浮かび上がっている。

 桃色の長い髪を高い位置で二つに結んでいるため、歩く度にそれが揺れる。艶のある美しい髪を見ているうちに、ラディはある事に気付いた。


「まさか」

「そのまさかだ」


 ハッカは傍に落ちていた拳大の石を拾い上げると、思い切り振りかぶった。手から離れた石が宙を貫き、寸分の狂いもなく桃色の髪目掛けて飛んでいく。しかし、それが目標に届く刹那に相手が振り返った。両手から薪の束を手放し、素手で石を受け止める。そしてそのまま拳に力を込めたと思うと、まるで砂糖細工のように石が崩れた。


「殿下!?」


 予想が的中したことに驚きながらラディは叫ぶ。いつもと髪型も服装も違うが、そこにいるのは間違いなく探していた第一王子だった。

 艶のある桃色の髪、無駄な肉のない輪郭に収まる整った顔、母親譲りの長い二重睫毛と赤い瞳。十六歳としては少し華奢な体躯だが、それがメイド服を着るには都合がいい。


「少女趣味の殿下がメイド長を味方につけたなら、そりゃまぁメイドに紛れ込むわな」


 ハッカは肩を竦めて言ったが、対照的にメイドは眉をつり上げる。

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