6.シーツの推理
「シーツかカーテンが運び込まれたことが? まさか、王子様がシーツの箱に入って外に出たとでも言いたいのかよ」
「違う。どこの児童文学だ」
ラディの足は、元来た道を戻っている。ハッカはそれに気付いたが、特に何も言わなかった。
「ガキ向けの話に、そんなのあるのかよ」
「怪人オクトパスシリーズだ。ホムンクルスとしてこの世に産み落とされ、八本の手を持つことで虐げられてきた怪人と、定年間近でかつて息子をその手で処刑したトラウマに苛まされる処刑人による、ドタバタ喜劇」
「どこにドタバタ喜劇要素が入るんだよ……」
「処刑人が怪人オクトパスの第二の腕を切り落とすシーンは有名だが、読んだことないのか」
「ねぇよ。俺、本や歌や音楽の類は全部禁止されてたし」
ハッカは煙草の煙を吐き出した。
「んで、何が重要な手がかりだって?」
「恐らく運び込まれたのはシーツだろう。時期的に、王城にある全てのリネン類を取り替える頃だ」
「そんなのあんのか」
「各地の養蚕業を扶ける意味合いもあるらしい。ただ、枕や布団は羽毛の準備があるから、そこまで頻繁には取替えないし、嵩張るから一気に運ぶことも無い。あと運搬に使うのは第二規格が多いだろう」
荷馬車の中でも第二規格は、魔法により荷物を変形または温度調整をすることが出来る。山から氷を運んだりする場合は冷却魔法を使うし、羽毛枕は空気圧縮で小さくして詰め込む。
「だからシーツ……ってのは理解したけど、それがなんだよ」
「城に何枚のシーツがあるか知ってるか?」
「知らねぇな。てっきり城の連中は黄金の台座に寝てるもんだと思ってた」
「千枚だ」
告げられた数に、ハッカは驚いた顔をして見せた。
「そんなに城に人がいるのか」
「替えのシーツも含まれている。それを一気に取り替えるとなると、メイドたちも大忙しだ。それこそ、朝から晩まで働き詰めになるだろう」
「可哀想に。今後は綿花と別にメイドを栽培してもらうんだな」
ハッカは煙草を持つ手とは逆の左手の指を、親指から薬指まで順に折る。
「殿下が消えたのは五日前。メイド長は殿下をくまなく探したと言った。なのにその翌日には、メイドが何人いても足らないような大仕事を始めている」
「五日前だって朝から探したわけじゃない。メイド達は、相当早くに殿下を探すのを辞めたことになる」
「殿下よりシーツが大事ってわけじゃなきゃ、探す理由がなくなったって推測できるな」
「そういうことだ。それに俺はさっき、鼻歌混じりでシーツを干していたメイドを見ている。少なくとも城の中で、メイドたちだけは安泰ってことだ」
「メイド長が殿下を……いや、違うか」
「メイド長が殿下を城の中で幽閉している。その説は俺も考えては見たが、恐らく違う。彼女が従える城のメイドは二百人。彼女たちが入り込まない部屋を作るのは不可能だ。しかもシーツの入れ替えともなれば、普段入らない部屋にも入ってしまう」
「つまり?」
「メイド長は王子殿下が安全だとご存知で、だからこそ何もしないんだ」
「殿下はメイド長の助けを得て、「城の中で」姿を消してる。そういうことか」
「城の構造に誰よりも詳しいのはメイドだ。裏を返せば、彼女たちさえ味方につければ、城で何日も行方不明になるのは簡単とも言える」
ラディは城の門へと続く道へ進みながら、ため息をついた。
「とは言え、子爵夫人の口を割らせるのは容易じゃない。そんな軽薄な人間なら、
「あの強欲宰相様ですら、手出しできないって噂だしな」
裏門をくぐり、城内へと戻る。相変わらず門兵は、ハッカの煙草を咎めなかったし、また戻ってきたラディを不思議がることもなかった。彼らは常に冷静さを失わないように教育されている。
「あとは殿下がどこにいるかだが」
「その辺りを歩いてるかもな。メイド長を味方につけたなら、ただ隠れるよりも都合のいいカモフラージュがある」
「何のことだ?」
「喫煙室で聞いた、殿下の趣味が本当だとすりゃ……」
言葉は、建物の影から出てきた誰かと衝突したことによって途切れた。ハッカの口から煙草が零れたが、すぐに左手がすくい上げる。人命救助はしなくても、己の賃金で買った煙草は手放さない。ハッカはそういう人間だった。
「悪いな」
簡単な謝罪を向けられたのは、ハッカと同じくらいの背丈で胸板が倍の厚さはある男だった。刈り込んだ紫色の髪と、切れ長の茶色い目。その背に担いだ槍は鎧しか作らないと言われた名工が手がけた唯一のものであり、ラディは過去に何度もその自慢話を聞いたことを思い出していた。
「すみません、グルケ。考え事をしていたものですから」
年上の魔法使いにそう言うと、グルケと呼ばれた相手は眉を寄せて舌打ちをした。
「ラディッシュか。また性懲りも無く、この魔法使いとつるんでるんだな」
「民間組織の魔法使いに協力してもらうのは、我々の正当な権利です」
「だとしても、なんで一番質の悪いのを選ぶんだ。他にも腕が立ち、上等な魔法使いはいくらでもいる。犯罪者崩れのような、出来損ないの魔法しか使わない奴と一緒にいるようでは、お前の将来のためにならないぞ」
その侮辱に、ラディは品のいい顔を歪めた。
「随分な言い方ですね。ハッカは俺の相棒です。失礼なことを言わないでください」
「事実を言って何が悪い。仲間は選べと言われているだろう。こいつはお前のような優秀な魔法使いに寄生してるだけだ」
男は吐き捨てるように言いながら、ハッカを睨んだ。
「どこまで厚顔無恥な人間でも、貴様ほどじゃない。大体、貴様のような奴が我が物顔で城を出入りするのも遠慮してほしいところだ。空気が汚れる」
「グルケ!」
ラディが抗議しようとした時に、ハッカが煙草の煙を吐いた。そして薄笑いを浮かべながらグルケを見やる。
「鏡なら便所にあるぜ」
「何だと?」
「エリート魔法使い様のくせに、クソの腐った息と言葉を撒き散らしやがって。鏡の中のお友達とお喋りしたいなら、素直に便所に戻れよ。泣いても便座が抱きしめてくれるぜ」
「私は貴様に言っているんだ」
「だからなんだ? 甘ったれの坊ちゃんみたいなこと言ってんじゃねぇよ。人に何かを伝えたいなら、相応の話術を用意しろ。てめぇのお話しは欠伸が出る」
ハッカは笑いながら目を細めた。ラディは自分が怒っていたことも忘れて、そちらを見る。心底楽しそうな顔を見て、あぁ駄目だと呟いた。
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