5.運送業者は情報通
「待て」
「待たない。早く来い」
「彼の介抱を」
「次はお前のご立派な剣とご高説が、そいつの脳天を貫くことになるだろうな。俺はお前を犯罪者にはしたくないし、そいつには反省を促したい。ついでに言えば、仕事もしたい」
水を流すように滑らかに言葉が紡がれる。
「それらのことを踏まえた結果、全て放ったらかして外に出るのが一番効率的だ」
「仕事は関係あるのか?」
話しながらも一切足を止めないハッカを、ラディは仕方なく追いかけた。周りからの視線は痛いが、幸いにも呼び止める者はいない。
店の外に出ると、そこには荷馬車が一台止められていた。馬車といっても、牽引するのは馬ではない。歯車と魔法仕掛けの「鉄蜘蛛」である。魔力供給装置を丸い腹に入れて、それを八本の足に繋がる歯車に使うことで動かす仕組みになっている。元は馬や牛を模したものが使われていたが、悪路や障害物に対応することが難しかった。十年以上かけて改良を重ねた結果、蜘蛛の形に落ち着いたと言われている。
ハッカは鉄蜘蛛の傍にいた、少し猫背気味の若い男に近付いた。着ている上着の背に、運送会社のロゴが印刷されている。
「おい、ちょっといいか」
「え? あ、はい」
若い男は素直に応じた。鉄蜘蛛の側面に取り付けられたプレートに、荷物の届け先が書かれているのが見える。どうやらこれから、随分遠くに行くようだった。
「中で髭面の男がおねんねしてんだけど、あんたの所で雇った護衛か?」
「多分。寝てるんですか?」
「あぁ。この店の飯が気に入ったらしい」
男は眉を寄せてため息をついた。
「困るなぁ。久々の長距離運送だから、護衛を雇ったのに」
「デザートの時間には起きるだろうよ。久々ってことは、最近はこの辺りの運送ばっかりか?」
「えぇ、まぁ。……何ですか、一体」
不審そうに二人を見る男に、ハッカは笑顔を向ける。
「いやいや、ちょっとした調査なんだよ。最近、違法に改造した鉄蜘蛛を見かけたって話が出てな。それで聞き込みしてるってわけ。だよな、相棒?」
ラディは一歩進み出ると、常に携帯している革手帳を取り出して相手に見せた。手の平に収まるほど小さなものだが、使われているのは最高級のドラゴンの革。そこに金字で刻印された、「第十三隊」の文字と、杖を咥えた天竜のシルエットが陽光を浴びて光る。
そのシルエットは、この国に住むものなら知らないでは済まされない。いくつか存在する国家魔法使いの組織の中でも、エリート中のエリートとされ、国ではなく「王」に属する魔法部隊の証だった。
「お、王の杖の……!」
若い男は慌てて背筋を伸ばす。不審も不満もどこかに消え失せたようだった。
「驚かせたなら申し訳ない。この辺りで運送業をしている人間に話を聞いているんだ」
ラディはそう切り出したが、何故ハッカが彼に声をかけたかは、いまいちわかっていなかった。「相棒」と呼んだ声の調子と目線から、自分の持つ身分証が必要なのだろうと推定しただけである。勿論、そこで「何故こんなことをさせるのか」と聞かないだけの察しの良さがラディにはあった。
そしてハッカの方も、ラディが意図を読めていないことはわかっている。だからこそ、すぐに話の主導を自分に戻した。
「最近、変なことなかったか? 何でもいいんだが」
「何でもですか?」
「まぁ強いていえば、城の周りだな。何かないか?」
「特に事件のようなものは起きていません」
ラディの出した手帳のおかげで、相手はハッカのことも王の杖の人間だと思ったらしく、数段丁寧な口調で応じる。
ハッカがなぜ、この運送業者に目をつけたのか、ラディは漸くわかってきた。気絶した男が属している民間団体は、主に運送業者の護衛を受け持つことで有名である。仕事道具をテーブルに置くことに拘ったのは、まさに仕事中だったからと推測できる。ハッカはラディが男の相手をしている間に店の外にそれらしき荷馬車がないかを探していたのだろう。こういうところは抜け目がない。
運送業者というのは、情報収集には都合の良い存在である。昼夜問わず、企業も個人宅も問わずに走り回っている。普通ならわからないような抜け道から、個々人の事情までも掌握出来る立場。何かの手がかりが欲しいなら、パン屋か運送屋をあたれ、というのは王の杖でもよく言われている事だった。
「事件、なんて大袈裟なもんじゃなくていいんだ。古めかしい馬車を使ってる奴がいたとか、そんな程度のことでいい」
「そんなことで良いのですか」
「何しろ話がややこしくてな。次の誕生日を此処で迎えたいってなら、最初から説明してもいいんだが」
ハッカの言葉に、相手は苦笑しながら首を横に振る。そして、ふと思い出したように眉を持ち上げた。
「そういえば、城に布が大量に運び込まれてるのは見ました」
「布?」
「えぇ。明け方に、正門から」
「馬車の数は」
ラディが横から割って入る。相手は今度はそちらに顔を向けた。
「五台、だったかな。三規格のがずらっと並んでたから覚えてますよ」
「荷物を見たんですか?」
「まさか。布を野ざらしで運ぶ業者はいませんよ。布や木などの燃えやすい素材を運ぶ場合は、火炎魔法や火属性の魔獣を近づけないように特殊な魔法陣を使うんです。それを見たまでのことですよ」
「なるほど。木材なら第三規格ではなくて第四規格ですからね」
専門的な話を続ける二人の横で、ハッカは欠伸をかみ殺す。恐らくはこの国で高等な部類に入る教育と養育を受けてきたラディは、大抵のことは専門知識を有している。そのため、専門知識どころか犯罪の基礎知識くらいしか持ち合わせていないハッカは、こういった時は何も喋らないことにしていた。
「いつ頃の話ですか?」
「四日前です。多分、シーツかカーテンだと思いますよ。運び出した箱が随分大きかったし、メイド達が総出で迎えてましたからね」
「……なるほど。御協力感謝します」
丁寧に礼を述べたラディが荷馬車を離れると、ハッカはそれについていく。食堂から遠ざかりながら、段々と二人は横並びになった。
「大した収穫じゃなかったな」
「いや、そんなことはない。寧ろこれ以上ない手がかりだ」
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