[Disc 4] ばいばい

 脈が、熱と鈍さを帯びて、頭の中をのたうつ。

「だってさ、不公平じゃん、こんなの。僕にあわせて、先輩も四人いればなあ……」

 やめて、もう喋らないで。こんな現実、認識したくない。

 それよりも私を見て。それともあんたには、私が見えてないっていうの。

「「おっ、四宮と…二葉じゃーん!」」

「ん、ああ、四宮と四宮。用事は終わったの?」

「「ああ」」

「で、あと一人は?」

「「……そりゃあ、先輩と一緒に」」

 そう言って、二人の四宮は後ろを指差す。

 ――四人目も、側に居る……?

 声が、遠のく。視界が、どんどん、黒くなってゆく。

 視覚、聴覚、平衡感覚を失って、次の瞬間、半身に鈍い衝撃が走った。



「……ほんっと、鈍いのね。もういいわ、ここは私に任せて」

 強く、冷たい声が聞こえる。

「「「…でも」」」

「いいから、帰って」

――この…声は……。

「……零子?」

「二葉ちゃん……!」

「「「二葉!!」」」

――四宮も……一…二…三…人。

「うぅ…っ」

「二葉ちゃん、大丈夫?」

「「「お、おい!?」」」

「ちょっと、四宮はもう帰って。後は私に任せて」

「「「で、でも」」」

「いいから。男子は出て行って」

 しょんぼりと、四宮達が保健室から出て行く。その背中は少し小さく見えて。

 頭の痛みも、収まってきた。

「四宮達がいると、話しづらいでしょ」

 シャッとカーテンを閉めると、零子が耳打ちしてくる。

「う、うん。まあね」

「倒れたときの状況は聞いたわ。あの場に四宮が三人揃ったこと」

「うん」

「そして、四人目と…一ノ瀬先輩が揃おうとしてたこと」

「……うん」

「全く、あいつらって本ッ当配慮が無いわね。想像力が無いのよ。ソーゾーリョク」

「……仕方ないよ。私だって気づいたのは、ついこの間なんだから」

――そう、気づいたのはこの間なんだ。自分の気持ちも、一ノ瀬先輩のことも。

 気づいたときには全て終わっていた。何て愚かなんだ。

 口元が緩む。いま私は多分、とても冷たい笑みを浮かべてるんだろうな。

「だからって、あの行動は無いわ」

「まあでも、四宮が四人いることでの世界の不安定さを感じられるのは私と零子だけみたいだから…。倒れることを知らなくたって仕方ないよ」

「え?」

「四宮が四人揃うと、ナントカカントカに反するとかいって世界が不安定になって、倒れちゃう、ってのは零子しか知らないんだよね?」

「……あのとき、近くに四人目はいなかったらしいわ。ただ単に、二人がいるであろう後方を指差しただけ」

「え??じゃあ何で」

――あの頭痛は?目の前が暗くなったのは??

「きっと二葉ちゃんは、見てしまうことで確定させたくなかったの」

「確定……」

「『シュレディンガーの猫』ってやつ?観測しなければまだ分からない、みたいな」

「そんな、間違った用法ばかりしてると、ガチ勢に怒られるよ?」

「もうっ、最近そういう本にはまってるの!メタ的な発言ばっかり」

「……でも、あながち間違ってないかもしれない」

「だとすると、話は簡単ね」

「どういうこと?」

「二葉ちゃんは、もう四宮のことを考えなければいいの。認識しなければいいの。初めから何も見なければ、これ以上拒否反応を示す必要もないのだから」

「なるほど…!」

 視界が、開ける気がした。



 それからの毎日は、四宮を視界に入れないように、意識に入れないように、気をつけながら過ごすことにした。

 何度か四宮あいつが数人話しかけてくることもあったが、全部追い払って対処した。たいていの場合、どちらかというと零子が積極的に追い払ってくれたのだけれど。

 そのおかげか、度々頭痛に見舞われることはあったが、倒れるほどの発作に襲われることは無くなった。そして、時空の歪みを検知することも。

 それでも、アイツの話題を完全にシャットアウトすることは難しい。今日もクラスの男子達が、四宮の話題に触れていたことに、つい耳を立ててしまう。

「おっ、四人揃って焼きそばパンじゃーん」

――そう、四宮あいつは焼きそばが好きだった。

「あれ、ふつーのたまごサンドが好きなんだと思ってたけど」

――勝手に決めないで。昔からアイツは、アイツは……。

「ところで、一ノ瀬先輩とはどういう状況なの。この間、五人でいるとこ見かけたけど」

 私の中の爆弾が、爆発する音がした。

 聞きたくないのに。見たくないのに。

 世界はいちいち、私に攻撃的だ。


「なあ、二葉ってば!どうして最近僕を避けるの!?」

「別に。ほっといて」

 休み時間の廊下で。四宮の一人とうっかり鉢合わせてしまった。

 全く、傷つきたくないから距離を取りたいのに。

「最近二葉、おかしいよ。何か悪いことした?」

「だからぁ!ほっといてよ!アンタは私の一体何なわけ!?」

 こんなにも何も上手くいかない世界なら。

「何って……。小さい頃からの…一番の……友達だろ……?」

――そう、一番の友達。だけど私がなりたかった一番は、それじゃなくって。

「……そうね」

 一ノ瀬先輩に全て奪われる世界なら。

「じゃあ――」

「じゃあ、放課後、四人全員、集まってくれる?」



「「「「二葉、全員集まったぞ。で、どうすればいいんだ?」」」」

 放課後の中庭。

 四人全員集まるとなると、流石に壮観だ。何だか頭が痛くなってきた。

「ありがとう、集まってくれて」

「「「「いや、別に。…しかしこうして二葉と二人で話すのも、久しぶりだなあ」」」」

「二人っていうより、五人だけどね」

 そう言って四宮達に歩み寄ると、両方の手で二人の四宮の手それぞれを強く握った。

 懐かしい感触。そしてもう二度と感知できないであろう感触。

「「なっ、二葉!?どうしたんだよ急に」」

 残り二人も引き寄せると、四人の四宮を、一気にぎゅっと抱きしめた。

「「「「えっ、えっ、えっ!??」」」」

 目の前が突然明るくなると、世界がどんどん歪む。

 それでも負けずに、四宮達をより固く、抱き寄せる。

 眩しさは増し、腕の中で熱を帯びる。

――対消滅。

 反物質同士が重なるとき、打ち消し合って消滅すると共に、莫大なエネルギーが放出される。

 零子の予想通り、それが目の前で、腕の中で、起きていた。

 当然、至近距離の爆発に、私の身体が保つはずもない。それは承知の上。

――これがトゥルーエンドじゃないのは分かってる。きっと下の方のビターエンドなんだろうけど。


――もう一人も、一ノ瀬先輩に渡してなんかあげないんだから。


 目の前が真っ白になり、やがて暗転した。

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ばいばい、しのみやくん ずまずみ @eastern_ink

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