個性

エジソン

個性

「君には少し個性が足りないなぁ。」


大学4年になり、就職活動も本格化してくる時期。没個性な僕は、例にもれず興味もない企業の面接会場に足を運んでいる。


出す書類はことごとくはじかれ、仮に通っても面接ではさんざんな言われよう。こちらとて、来たくてこんな場所に来ているわけではない。こちらも選ぶ立場ということを、どうやら目の前の人間は知らないらしい。


しかしどうやら僕はその平等にありつけるほどの個性を持ち合わせていないらしい。


『個性』


ある個人を特徴づけている性質・性格。その人固有の特性。パーソナリティー。


辞書を引けばそれらしい言葉たちが自信満々に説明をしている。


昨今動画配信やブログ、音声配信など、様々な分野で“個性”を持った人たちが活躍している。


現代社会は自由だ。何をやるのも自分次第。個性を伸ばして周りと差をつけよう。


世の中の自称インフルエンサーたちは口々にそういうが、個性とはいったい何なのだろうか?個性とは、選ばれたカースト上位の人間たちのみが持つことのできる特権ではないだろうか?


僕はいわゆる普通の人生を歩んできた。公立の小中学校、高校に通い、人と同じように受験勉強をし、そこそこの大学に入学した。それが今までの正解だった。


高校まで、ゲームを長時間やれば怒られ、髪を染めることも許されず、勉強を怠ればこれまた怒られる。


『貴方の将来を思って言ってるのよ』


そんな言葉を今までに何千回と聞いてきた。そして、たった十数年しか経験の無い人生ではそれが正解だと思わざるを得なかったし、周りで少し輝いている人たちはいけないことをしているから目立っているだけなのだと信じ込まざるを得なかった。


しかし、いざ社会に出ようかとなった途端、今までの評価基準が嘘のように、僕の積み上げてきたものは雪崩のように崩れ落ちる。しかもそれは、予告なしにやってきては僕の世界を壊して回る。それはあたかも天災のように。


「はぁ、またダメだったか。」


一体何件目のお祈りか忘れるほどに僕の受信箱はおびただしい数のそれであふれかえっていた。そしてただ茫然とその光景を眺めていた時、


「どうしたの?そんなに浮かない顔しちゃって。」


幼馴染の由香ゆかがからかい気味に声をかけてきた。


「なんだ由香か。別に。何でもないよ。」


そんな彼女の態度に、僕も精一杯の反抗をして見せた。


「なんだってひどいなぁ。せっかくゆうくんのこと心配して声かけてあげたのにぃ。」


「心配って…。別に由香には関係ないだろ。」


いつも通り、そして残酷に冷たくあしらってみせる。


「関係なくないよ。だって優くんと私、幼馴染じゃん。」


「それだけだろ。別にそんなの、由香が心配する理由にならないよ。」


「ひどーい。いいじゃん、ちょっとくらい心配したって。幼馴染ってだけでもさ。」


それでも彼女は引き下がらない。これもまたいつも通り。


「はぁ、好きにすれば?じゃあ、僕これから説明会があるから。そろそろ行くよ。


「あ、優くん、ちょっと待ってよ!-」


彼女が何か言っているようだがそれを気にせず帰路につく。


僕が彼女をここまで敬遠している理由はまさに僕が今一番欲しているものを、彼女が持っているからだ。


遠藤由香。幼稚園からの腐れ縁で、中学の後半から徐々に疎遠になり、高校で一度離れたが、大学入学後同じキャンパス内で姿を見かけ、同じ大学に進んでいたのだと知った。彼女は昔から眉目秀麗で、男女問わずその存在に引き寄せられていた。例に漏れず僕もその一人だった。


そんな一方で、彼女のそのあまりに抜きんでた個性に、僕は少なからず反感を覚えていたが、かつてはまだ彼女の持つ魅力が勝っていた。


しかし、いざ大学で再会した彼女はその魅力を増したなんていうレベルではなかった。そのいかんなく発揮されたモノで今はモデル業とやらをしているらしい。いわゆる芸能人というやつだ。


再会した時こそ彼女の魅力に三度みたび引き込まれはしたものの、その話を聞いて以降、僕の中で彼女に対する形容しがたい感情が渦巻いた。それがのちに純粋とはいいがたい嫉妬心であることに気付くまでそう長くはかからなかった。


そして同時に、今まで僕が彼女に対して抱いていた正の感情は一般のそれとは違うのだということに気付いた。


(何が芸能人だ。ろくに勉強もせずに、親にもらったもので楽してやがるくせに。僕だってあんな見た目で生まれたなら、同じように稼げるのに。)


傍から見れば嫉妬からくる身勝手な言い草だが、そこに気付ける余裕は当時の僕には到底なかった。


僕が彼女に嫌悪感を抱くもう一つある。それは彼女が推薦枠でこの大学に入学していたことだ。


推薦枠とは、各高校から一定の枠が設けられておりそこから高校の成績のみで俗にいう受験勉強というモノを経験せずに大学へ進学するというシステムだ。


(僕は高校三年間必死に勉強して、何もかも捨てて努力したのに。それなのになんであいつは楽して僕と同じ場所にいるんだ。)


僕は今、その必死にやってきたが一切使えずにこうして途方に暮れている。しかし彼女はどうだろうか。


親から譲り受けたもので評価され、芸能界という凡な僕にはまるで関係のない世界のような場所に彼女はいる。


既にテレビや雑誌の取材など、多くの仕事をこなしているらしい。大学も特例で出席や試験が免除になっているものもある。


僕は欠かさず授業を受け、試験も毎回上位に入る努力をした。それでもなお、一番になることはできず、今日も誰かの影となる。


なぜ、こうも世の中は不平等なのだろうか。僕はこんなに努力しているのに。



『今日このあと少し会えない?』


いつも通りの日陰をしていると、由香の友達である絵里から連絡が入った。


特段予定があるわけではなかったので二つ返事で了承し、その後学内のカフェテリアで待ち合わせをした。


僕がそこにつくと絵里はすでに座っており、なにやら授業関連の調べ物をしている様子だった。


「ごめん、少し遅くなって。なにか飲み物でも奢るよ。」


「えぇいいの?じゃあお言葉に甘えてって言いたいところだけど、そういうのは相手が違うんじゃない秀才君?」


やれやれといった様子の彼女の真意は分かりかねたが特に気にすることもなかった。


「でも、絵里さんから呼び出すなんて珍しいね。僕、何か気に障ることした?」


「ははっ、そんなわけないでしょう?いつからそんな冗談言うようになったわけ?それに、私たちも一応同級生なんだしいつまでもさん付けじゃ壁作られてるみたいでいやだなぁ。」


少しからかうように彼女が言う。


「はは…ごめん、昔から人との距離の詰め方がわからなくて。それにもう今更でしょう?」


「確かにそうね。まぁでも、そんな君が唯一壁を作らない人間が一人だけいるじゃない?」


(なるほど。それで僕は絵里から呼び出されたのか。)


ひとりでそう腑に落ちていると、


「秀才君はさ、なんで最近由香のこと避けてるわけ?」


やはりだ。僕の思った通りの質問が来た。


「絵里さんには関係ないだろ?」


少しつっけんどんな返しになる。


「いやぁそれがさ、そういうわけにもいかんのですよ。だって私、由香のじゃん?こう見えて。」


友達。


とりあえず自分をどこかのグループに属させるためにはうってつけのラベリングである。とても身勝手で、便利で、そして脆いものである。


目の前の女性も単に由香の魅力や人脈などを頼ろうと集ってきたうちの一人にすぎないだろう。


そんな邪推をしている刹那、それを断つかの如く絵里が言う。


「君は由香のことどこまで知ってるの?」


質問の意味が分からなかった。僕は由香の幼馴染で少なくとも目の前にいる人間よりかは彼女について知っているはずだった。なので、その通り返すと、


「やっぱりなにも言ってないのねあの子。」


「どういうこと?」


やはり彼女の発言の意図がわからず混乱する。


「君が彼女を妬むのはお門違いって話よ。」


「え?」


あまりにも図星を突かれ素っ頓狂な声が出てしまう。なぜ絵里はそんなことまで知っているのだろうか?僕は見た目の通りお酒でやらかす立場でもないはずだが。


「まったく、あんたら二人を見てたらそれぐらい、歴の浅い私でも推測がつくわよ。」


まさか自分がそこまで態度を表に出していたとはつゆほども気づかなかった。しかし今はそれ以上に、彼女の他の発言が気になった。


「その、お門違いってどういうこと?」


「まぁ、あれだけ完璧に何でもこなしているのを見れば、気づけないのも当然かもしれないけど、幼馴染なら...ね?」


暗に、いや明確にお前は鈍感だと言わんばかりの態度だがそれに関しては生憎心当たりがあるのでただ黙って続きを待つしかできなかった。


「彼女の家、お父さんが会社を経営してたらしいんだけど、由香が中学生の時につぶれちゃったみたいなのよ。まぁ、そこからはあまり詳しくは言わないけど、由香もかなり苦労したみたいよ。」


絵里の話を要約すればこうだ。


由香の父親が経営する会社が倒産し、生活を維持するため父親は住み込みで知り合いの職場に転がり込み、母親も専業主婦から仕事2つ掛け持ちのパートタイマーとなって何とか生活費を稼いでいるという。


由香はそんな両親に少しでも苦労を掛けまいと中学卒業後働く意思を示していたが、両親の親心に止められ、ならばとお金のかからないように、そして将来自分が少しでも家計の支えになるようにと、県内でも有数の私学に特待生として入学したことを聞いた。


そして学校の授業と並行して何とか両親の負担を減らそうとバイトを始め、そんな中今の事務所にその才能を買われスカウトされたらしい。そこから彼女はバイトを減らすことも学校をさぼることもせずモデルの勉強を続け、そのまま特待生として卒業したのだ。


そして、今の大学でも成績優秀者としてその学費の大半を免除されている。


「今だって彼女、大学とモデル業で死ぬほど忙しくしてるのに、この大学で誰よりも成績優秀なのよ。貴方に彼女と同じことができる?」


いままでの話と自分を比べ、そして何よりそんな素振りを一切見せなかった彼女を思い返し、自然と顔に伝うモノがあった。


「僕は…、僕は今まで彼女にひどいことをしてた。心の中で嫉妬してた。僕もあんな才能があればって。でも…」


「だから、君は優秀なんだから過去問解くのはお手の物でしょ?さっきの私の言葉覚えてる?」


そう言われた途端、自分でも思いもよらない速度で体が動き、絵里に一言感謝を伝える余裕もなくその場を去った。


「まったく...。いいもんね、幼馴染って。私だって本当は...」


その呟きが、成仏できぬ魂が如くカフェテリアにしばらく漂っていた。



「はぁ、はぁ…」


僕は何も考えずに走った。そして気づけば目の前に由香がいた。


「ど、どうしたの?そんなに息切らして!」


何の不純物もなくただただ彼女は心配する。その態度に途中で無理やり脱いだ感情が蘇りそうになる。


「はぁ、はぁ…、由香...、僕、君にどうしても言わなきゃいけないことがあるんだ。」


普段動かないせいか、声を出すのがやっとだったが、何とか意志だけは伝える。


「な、何?言いたいことって。」


僕の目をまっすぐ見つめそう問い返す彼女に僕も目を見て伝える。


「由香、今までひどい態度取ってごめん。由香のこと突き放すような態度取ってごめん。僕、ずっと由香に嫉妬してたんだ。何でも持ってるヤツだって。心の中でそう思ってたんだ。でも、全部間違ってた。何もかも。僕は最低だ。」


自分が思っていたことを整理もできずに吐き出した。伝わっているかも確認せず。すると、


「じゃぁ、それはお互い様だね。」


「え?」


予想外の返答に困惑した。


「私も、実は嫉妬してたんだ。だって優くん、何やっても優秀だったでしょ?いいなぁって、いつも思ってた。」


違う。僕は決して優秀だったわけではない。ただ敷かれたレールの上をなんの疑いもなく進んでいただけだ。その結果がこれ。何とも皮肉な話だ。


「由香…僕は、別に何もできやしないよ。ただ、自分が一番しんどいって思い込んでただけの最低な奴だ。由香の苦労を知ろうともせずに…」


「それを言うなら私もそう。やらなきゃいけなかったからやっただけ。私にはそれ以外選択肢がなかったから。そうするしかなかったの。でもね、今はやっと、唯一自分で選びたいと思えるものができたんだよ。そのためならなんだってやり遂げられる。きっともう一度同じ人生を歩んででも、私はその選択をしたい。」


「それって…」


今自分の目に映っている彼女は少し前まで自分が見ていた彼女とは別人のように思えた。そんな彼女が唯一、ましてもう一度あの苦労をしてまでしたい選択とはいったい何なのだろうか。


「優くん、私ずっと前から優くんのこと好きだったよ。昔も今も変わらず好き。だから今日まで頑張れたの。」


初めて聞く彼女の本心。僕はうまく呑み込めずにいた。そして何より、


「俺には...、その気持ちを受け取る資格がない…。」


だって、俺は君のことを憎んでいたから。その純粋な好意を踏みにじっていたから。そして今もこうして無下にしている。そして―――


「優くん…。もし、ほんの少しだけでも、私が優くんの幼馴染以上になれる可能性があるなら…。私は受け取ってほしい。」


それは答えるまでもなかった。


「由香…。俺は…」


続きを言う間もなく、体中が慈愛で包まれた。


「いいの。優くんは悪くない。だって誰よりも頑張ったのは私が一番知ってるから。だからね、もし本当に嫌なら言ってほしいな。」


そのやさしさの日光浴の中で一言、僕は答える。


「―――」


そのあとのことはあまり覚えていない。



『友達』


自分をどこかに属させるための便利な言葉。


あの時の絵里も、今の僕とい同じだったのだろうか。本当に由香の友達だったのだろうか。今となっては闇の中だ。



「あの時はほんとに泣きそうでさぁ。」


「おい優、それ何回目だ?さすがに聞き飽きそうだぜ俺も。」


そう笑いながら語る彼と僕の左手には、同じように輝くものがはめられていた。



『個性』


ある個人を特徴づけている性質・性格。その人固有の特性。パーソナリティー。


僕はようやく、自分の個性にありつけた気がした。


絵里も個性を見つけられただろうか。

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