219.俺の知っている師匠とは

「よう、坊主。無事か? そっちの嬢ちゃんも」

「あ、ああ……」

「凄い……フィアーハンズをこんなにあっさりと……」


 ――師匠と出会ったのは俺が勇者として祭り上げられてから半年くらいのことだった。

 フィアーハンズと呼ばれていた森の主らしき、ゴリラのような魔物の討伐をしている最中のことだ。

 正直、当時の俺ではまるで歯が立たず、城の騎士達十人を連れて来ていていたがそれでほぼ互角という有様だった。

 こっそりついてきたティリアに興味を示したフィアーハンズ。彼女を守りながらだったため思うように動けなかったのも要因ではある。


 そんな中、不意打ちとはいえたった一撃で頭から真っすぐにそいつを断ち切ったのが師匠だったのだ。

 女性でありながら騎士達を凌駕する師匠を素直に「凄い」と思った俺は、ことが済んだ後で剣技を教えてくれと頼み込んだ。


「美味い酒と飯を出せば教えてやってもいいぜ?」

「わかりました! 姉さまに頼みます!」


 そう言ってニヤリと笑った師匠は、その時点から聖王都の勇者パーティに加入することになった。


◆ ◇ ◆


「ふう……師匠、こんな感じでいいか?」

「まだまだだな。腕だけで斧を振っているから疲れやすいんだよ、全身を使ってこう、な?」

「片手で……!? ロックグリズリーの胴くらいある丸太が……おかしいだろ……!?」

「魔力を上手く使え。異世界人のお前は魔力が多い。筋力の補助として振る力に上乗せするんだ」

「上乗せ……ねえ? いてっ!?」

「聞いたらすぐ実践だ」


 酒ばっかり飲んでいるのとは裏腹に師匠は強かった。

 着物羽織っており、反りのある剣……いわゆる刀のような武器を自在に操り、独自の修行法や生活感のある遠い島国からやってきたという彼女は聖王都の誰よりも、強かった。


◆ ◇ ◆


「くそ……! まだ小さい子供も巻き込んで……!!」

「戦いってのはこんなもんだ。まして種族間の戦争は弱い奴が死んで当たり前だ」

「だからって――」

「だからお前は、さらに強くなれ。弱い者を守れるように。魔王を絶対に殺せるように。

「ああ……! もっと強く――」


 俺は魔族にやられた町や村を回り、レムニティやグラジール、ブライクといった将軍クラスを倒し続けた。

 やらないといけなかった。勇者である俺が、みんなを死なせないために。

 俺より強い人間は師匠以外にはいなかった……それが故に、俺は彼女の強さに追い付くことを渇望させた。


◆ ◇ ◆


「こいつはあたしに任せてお前は魔王のところへ行け」

「で、でも……」

「なんだぁ? あたしはお前に守ってもらわないといけないほど弱いかね? ……まあ、本当に強くなったよお前は。あたし抜きでも倒せるだろ。こいつに邪魔をされる方が面倒さ」

「……わかった。死ぬなよ、師匠。俺はあんたをまだ越えたと思っちゃいない――」


◆ ◇ ◆


「……どういう、ことだ……師匠、あんたがどうして……」


 おかしなところがあったかどうか……今、思い出してもそんなことは一切ない。俺を助け、魔族を斬り伏せ、最後の決戦までずっと一緒に戦っていた。


『リク、しっかりして! そう思わせている偽物かもしれないじゃない!』


 リーチェが俺の頬を叩いて叫ぶ。だが、師匠の顔をした【渡り歩く者】とやらはフッと笑ってから目を細めて言う。


【寂しいことを言うなリーチェよ。お前が人の酒をこっそり盗んで酔いどれていたのを助けてやったじゃないか】

『……!?』

「そんなことがあったの?」

『あった……けど、これはリクも知らないことなのに……』

「本当に、リクさんの師匠……なんですか」


 見た目と記憶は間違いない。

 だが、まだ決定的なものがなく、さらにこいつが前の世界で俺やイリスたちを助けてくれた目的がわからない。


「ふう……あんたは魔王と戦う前、ハイアラートを止めるため俺と別れたな? その時はどうしたんだ? そいつは記憶を持っている。ということはハイアラートは殺していない。なら、どこに居た?」

【……こいつは、この顔は確かに覚えがある……しかし、戦ったのはほんの少しだったはず……倒しても、倒されても居ない……】

「なんだと?」


 珍しく冷や汗をかいてハイアラートはそんな言葉を吐く。それは耳を疑うものだった。こいつが無事だったのはそういう事情か……


【それはそうさ。勇者と魔王の最期の決戦を見ないといけないだろう? 幻影を残してその場を去ったさ。特等席であたしの育てた勇者を見るために】

「なんで、そんなことを……そもそもあなたはどうして向こうの世界に居たんですか……?」

【ああ、いい質問だよ水樹。さっき私は善も悪も無いと言ったな】

「それがなによ」


 余裕の師匠に水樹ちゃんと夏那がくってかかる。理由は確かにその通りだ。その質問に【渡り歩く者】とんでもないことを口にする。


【あたし……私、我、わたしという存在は誰かの願いに引き寄せられる。そしてその者の願いを叶えるためにそこへいく】

【願いを、叶えてくれるんですか? もしビカライアを殺したいって強く願えばそれを叶えてくれる……?】

【おいレスバ!?】

【そうだな。その想いが私に関知できれば】

「そんな……殺人をやるなんて……」

【言ったはずだ。我には善も悪もない。呼び寄せた者次第になる】


 それで世界を渡り歩くってことか。殆ど神と言っても差し支え無さそうな精神体がなんらかの力を持っている……そういうことらしい。


「では、どうしてリクさんと一緒に――」

【たまたま……と言いたいところだが、面白い偶然があってな。お前が師匠だと言う『あたし』も元は別人だった。アヤネと呼ばれていたあいつの復讐の手助けをした。だが、それを遂げたあと……死んだ】

「じ、自殺したってこと?」


 淡々と喋るヤツに夏那が呻く。

 

【そこで聞こえてきたのだ、助けてくれという強い想いが】

「……! あの時か!?」

【そうだ。あたしを呼んだのはお前だ、リク。本来ならすぐに目的を叶えて彷徨うのだが、そのまま自害したアヤネの身体を使って近づいた。フフ、長い旅になったものだ】

「……」


 まさか……俺がこいつを呼んだとは……いや、待てよ……?


「なら今、どうしてここに居る? 俺は自分の世界に帰った――」


 俺がそこまで言うと【渡り歩く者】がニヤリと笑う。そこで、俺は気づいた。気づいてしまった。


「……イリスかセイヴァー、それとも……両方が……」

「あ……そういう、ことか……!」


 風太が意図に気づいてポツリと呟く。

 こいつが誰かの想いで呼び寄せられるなら、あの時点で俺の『想い』が消えたら次へ……イリスはセイヴァーに取り込まれ、セイヴァーは俺に倒されたことを悔やんだはず。


【そういうことだ。故に魔族の土地を手に入れるためこの世界を蹂躙し、再びお前に会うためイリスの意思によりこの世界へ喚んだ――】


 それなら納得のいく答えだ。

 はともかく、ここまでの流れを考えれば、あり得ない話じゃない。現に俺達と過ごした記憶は持っているらしい。


 だが――


「それでも、アキラスを派遣したことは解決しない」

【……フフ、騙されてはくれないか。老けたもんなあ、お前】

「チッ」


 ――やはり別の意図があったか? そう思っていると、高笑いを始めた。


【フフ……アハハハ! そうだねえ、あえて言えばからさ。セイヴァーもイリスも取り込んだこの身体は崩壊を始めていた。そしてその想いを叶えるためセイヴァーの身体を乗っ取った。その直後に召喚だ、目まぐるしいことこの上ない】

『確かに……』

【さらに! リクが居なければ私は想いが叶えられない! だから喚ぶ必要があった! だが、それでは面白くない……! あたしの育てたリクが、戻ってくるなら苦しまなければならない! それがセイヴァーの望み! だから変えた! アキラスが【人質】を連れてくることを!】

【ば、馬鹿な……狂っている……なにがしたいんだ……!】


 馬鹿笑いをする【渡り歩く者】にハイアラートが後ずさりをしながら抗議の声を上げる。


「……なんでもしたいんだよ、こいつは」

「どういう……ことですか……」

「イリスとセイヴァー、そして師匠としての【渡り歩く者】……三者の意識は恐らくあの身体に全部入っているんだ。それぞれの願いを叶えようとする」


 するとどういう結果を生むかというとイリスとセイヴァーの思惑はまったくの逆。俺を召喚して会いたいという意思と、呼ぶ必要はないというセイヴァーがひしめき合う。

 そこで【渡り歩く者】が折衷案とばかりに俺に枷をつけた状態で召喚をアキラスに意図は伝えず風太達と俺を異世界へ引き込んだ……


【幸い、お前のことをほとんど知らないアキラスだからこそできたことだがね。まあ、あたしには魔族だろうが人間だろうが、あまり意味はない。利用された者が死んだだけ。エピカリスと言ったっけ? あれが死んでもどっちでも良かったけど、流石リクだったな。きちんと守ってやった】

「師匠……あんたは……」


 俺はその言い草に違和感を覚える。まだ、なにか隠している。そんな気が、すると。

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