218.正体の裏側

「さっきまで苦しそうだったのはやっぱ演技か? 随分と楽しそうじゃねえか」

「なに、一体どういうことなの……」

『ま、あいつは魔王でもなくイリスでもない存在ってことよ。だけど、まだわからないことがあるわ』

「リーチェちゃん?」


 困惑する夏那。その彼女の頭の上にいたリーチェが俺の前に来てそう呟く。

 そしてまだ、こいつ自身が『そうである違う者』とハッキリ口にしていないのだ。


 しかし――


『どうしてこんな回りくどいことをしたのかよ、ミズキ』

「もしかしたらセイヴァーとイリスは俺という存在を呼んでなにかをしたかったのかもしれない。だがそれも今となっては分からない。そして、言いたくなければ正体は吐かなくてもいい」

【どういうことだ勇者よ?】

「言葉通りだ。俺がここに来た理由は知っているだろ」

【えっと、元の世界に戻れるかどうかってやつですよね。魔王様を倒したら戻れるかもしれない、みたいなことを言ってましたよね】

「そうだ」

【フフ……】


 ブライクの質問に返すと、それなりに長く一緒に居るレスバが答えた。それに対し笑うヤツ。そこで風太が恐る恐る口を開いた。


「でも、目の前のよく分からない存在であるこいつを倒しても……戻れるとは思えないんですけど……」

「それも含めてこいつの返答待ちだな。帰れる手段を知らないならここを立ち去るのみだ」

「倒さないんですね」

「こいつを倒して解決するなら話は早いが、そうじゃないんだろ?」


 水樹ちゃんに言われて俺はそう答えた。視線は外さず、イリスの身体を持ったなにかの言葉を待つ。


【思ったより早かったな】

「……どっちの意味だ?」

【ここに辿り着くこと、そしてその考えに至るまでだ。老けた分、知恵がついた……いや、慎重に、そして臆病になったかな?】

「当然だ。俺はこいつらを守らないといけないんだからな」

【そうね、あなたはいつもそうだった。誰かを守るために無理をしてばかり】

「……!?」

「声が変わった……」


 瞬間、声色がイリスのものに変化しつまらないことを言う。


「声はイリスだが、あいつは俺にそんなことは言わねえよ。口にするのはいつも『ごめんなさい』だ」

『……』

「そっか、リクを召喚したのはイリスさんだもんね……」


 夏那の声のトーンを落としてポツリと呟く。イリスは仕方なく俺を呼ばざるを得なかった。最初は使命感で高圧的な態度をとっていて俺とは仲が悪かったんだよな。どちらかと言えば妹のティリスの方が最初は懐いていたくらいだ。

 いつだったかな、グラジールと戦った際に酷い怪我をした時か。俺の姿を見たあいつは、いよいよ心に負担がかかりすぎて大泣きをしながら俺を治療していたっけ。


「フッ」

「どうしたのよ急に」

「いや、大昔に俺が死にかけた時、イリスが大泣きしたのを思い出してな。あいつは俺が死んで魔族と戦えなくなるのが怖いと思っていたんだが……ずっと異世界人の俺を戦わせていたことを謝っていたなって」

「……」

「うわ!? なんで俺の尻を叩くんだ夏那」

「知らない……! ……でもあいつはやっぱり『違う』ってことね」

「そういうことだ。さて、こいつらをここに召喚した目的は二の次でいい。帰れるのか帰れないのか、答えろ」

【貴様……!】


 なんか不機嫌な夏那はさておき、本題を進めるかと俺は水槽に魔法を放った。ハイアラートが反応するが、速度を重視しているので簡単には止まらない。


 だが、水槽へ着弾する前に魔法陣が浮かび霧散した。


 すると――


【うお……!? ま、魔王様!?】

【ふむ……】

【と、飛んだ……!?】


 ――水槽が粉々に砕け散って中に居たイリスの身体が地に……ではなく、近くにあつらえられていた玉座へと飛んで行った。


【まあ、そう急くものではないな?】


 玉座に腰をかけ、肘をついた何者かはニタリと笑みを浮かべてそんなことを言う。魔族達は立ち上がり、様子を伺う姿勢となった。


【では貴女は魔王様ではないということか】

【いや、そうでも無いぞブライク。魔王や聖女の記憶はそれなりににある。聖女を取り込んだのはよ】

【……】


 くっくと笑いながら告げたその返しに、ブライクの表情が珍しく険しくなった。そりゃそうだ。今まで魔王だと思っていた奴が違ったんだからな。


「認めるのか」

【ええ、この場は『そのため』に作ったのだから。私の名は……そうだな『渡り歩く者』とでも呼んでくれるかな?】

「なによそれ! 謎かけでもしようっていうの!」

【そんなつもりは無いよ緋村夏那。私には名前が無いんだ、だからさっきのが嫌ならセイヴァーでもイリスでも構わない】


 認めた。こいつは自身がセイヴァーでもイリスでもない、違う存在であることを。

 夏那が激昂するのを抑えながら水樹ちゃんが質問を投げかけた。


「渡り歩く、ということはあなたも別世界から来たんですか?」

【いい質問だね、江湖原水樹。そうとも取れるし、そうでもない】

【どういうこと?】


 メルルーサがやはり険しい顔で意図を掴もうと呟く。すると、渡り歩く者とやらはとんでもないことを口にする。


【どこにでも居て、どこにも居ない。私はその時々でどこにでも行けるし、どこにも行けなくなる。目の前に居る勇者リクと魔族達の世界に居たが、この世界にも来れた。もちろん奥寺風太の居た世界にも行けるのだ】

「……!」


 不意に名前を呼ばれて息を飲む風太や水樹ちゃん。俺は手を翳してからさらに質問を重ねることにした。


「まるで召喚魔法の逆バージョンだな? ならお前はいわゆる神みたいな存在ってことか?」

【違う】

「否定した……」

【私は正や負の感情の淀みから生みでたモノ。本来の姿形は無いに等しい。だが、形を成すことはできる】

「意味がわからないわ……」

『あんたの目的は――』


 リーチェがなにかを言おうとしたが、渡り歩く者は話を続けた。


【私は揺蕩う内に魔王と聖女の居る世界へ辿り着いた。目的? そんなものを持つ必要があるのか? 私は興味の赴くままに生きている】

【馬鹿な……こんなバカバカしい存在がいてなるものか……!】


 ビカライアが誰にともなく叫ぶが、その場にいた者は誰もが同意しただろう。神でもなく、どこかで淀んだ意思の集合体。それがどこにでも現れて、目的もなく存在し続ける意味があるのか?


【目的は無い。だが、興味というものは生まれてくるものだ。異世界から異世界へ召喚された者がどういう結末を辿るのか。私はそれを見たくなった】

「なんだと……?」

【フフフ……リクよ、私はお前が愛おしいと感じていた。剣を習い、魔法を覚え、魔族を殺していき、果ては恋人を失う】

「……」


 なんだ……?

 物凄く嫌な予感がする。こいつは俺を知っている。だが、俺はこんなやつは知らない。

 いや、考えろ俺。今までだってそうやって来た。

 あの世界にこいつが居たと仮定して――


「……!? 馬鹿な……」

【おや? 気づいたかな?】

「リク!? 凄い汗だけど!?」

「顔色も……」


 夏那と水樹ちゃんが駆け寄ってくるが、俺はそれよりも聞かなければならないことを、ある人物に向けて大声で叫ぶ。


「ハイアラート!! お前、記憶があるな? 何故だ? お前は師匠と戦ったはず!」

【なに? ……あの腕立つ女か? ヤツは――】

【師匠……そういえば勇者リクにはそういう存在が居たねえ。それは……こんな顔をしていたっけ?】

「【……!?】」


 俺とハイアラートは大きく目を見開いた。心臓の鼓動がおさまらない。

 この世界に来て、初めてここまで動揺しているからだ。


 なんせ目の前には……俺が剣を教わった師匠の顔が……あったからだ――

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