第一巻:~追手 壊れているのは人か世界か~



「お願いだよ、母さんに薬を買いたいんだ。売りたくないけど、もうこいつくらいしか売るものがないんだ」

「ん?」


 ギルドを出た俺が商店街で食料の調達と馬の確保するかと歩を進めていると、腹を空かせて馬を売ろうとしている子供と出会う。

 

 子供の名はテッドといい、畑を持っていて馬二頭を農耕に使って野菜を育てているそうだ。

 エピカリス言う食糧難の噂を聞いた親父さんが高く買ってくれるという隣町へ行くため、馬一頭を連れて出て行ったままもう三か月は帰って来ないとのこと。

 さらに母親が病で倒れてしまい、そのため貯金が付きそうになったので馬を売ろうとしたというわけだ。


「よし、その馬は俺が買い取らせてもらう。母親の病気も一時的に治療してやる」

「うん! ありがとうリクお兄ちゃん!」


 治療した母親に事情を話すと涙を流しながらお礼を言われた。俺は気にするなと告げてテッドから馬を受け取る。


「こいつの名前、あるのか?」

「うん、ハリヤーっていうんだ! お肉にしたくなかったから……嬉しいよ」

「大事にされてたんだな。……お前の親父さんはどこの町に行った? エラトリアの途中にある町なら声かけとくぞ」

「えっと、確かそっち側だよ。ミシェルの町ってところでトムスって名前」


 旅の途中で寄ることがあれば声をかけておくと頭を撫でてハリヤーにまたがり町を後にする。


(助けて……)


「ん? 今なにか言ったかリーチェ?」

『ううん。言ってないけど?』


 町を出る直前、女性の声で助けを呼ぶ声が聞こえたがすぐに風の音にかき消され聞こえなくなった。

 後ろ髪惹かれて振り返ってみると城が目に入り、高校生三人が頭に浮かんですぐに前を向くとハリヤーの手綱を揺らし外の世界へと向かった。


◆ ◇ ◆


 ようやく外の世界へと出た俺とリーチェは野営をしながらまずはミシェル町を目指していた。

 理由はテッドの親父さんのこととエラトリア王国に行く前に他の町はどうなのか調査をするためだ。

 どうしてか? それはロカリス国の城下町があまりにも平和だったから。

 戦争というキーワードが出ていたが城内、それもエピカリスやプラヴァス、そしてヨームと言った上の方までしか緊迫した状況を知らないという感じがしたことが気になった。


 そして野営から数日――


 俺は追跡者の気配を感じて人目のつかない場所へ入り込んだ。

 立ち止まってハリヤーから降りると六人の怪しい奴らに取り囲まれた。


「おいおい、なんだってんだ? 俺は金なんざねえぞ、強盗なら他を当たってくれ」


 おどけた調子で俺が肩を竦めると全員が馬から降り、無言で得物を抜いて構えた。

 顔に覆面、ショートソードにダガー。武器を両手に持っている奴も居るな。怪しすぎてそれだけで自己紹介だ。


「冗談どころか、強盗や盗賊の類でもなさそうだな? 暗殺を生業としているってところか。頼んだのは城の誰かだな?」

「……!」


俺の言葉に動揺を見せる。するとその中のひとりが口を開いた。


「使えない異世界人と聞いていたが、頭は回るようだな」


 薄暗くなっていく森に緊張が走る。

 俺が気づいていないとタカをくくっていたらしく、覆面の下に見える目が細められた。

 

「どうでもいいことだろう? ここでお前が死ねば、それで終わりなのだから」

「違いねえ。だけどそれはこっちも同じだってことを忘れてねえか?」

「   」


 そう言った後、なにかを言おうとした男からの言葉は無い。

 なぜなら、俺が喋り終わる直前、腰から抜いて投げた剣が顔面を貫通していたからだ。


 その後は一方的な蹂躙。

 俺の剣は暗殺者達の首を刎ね、頭を潰し、魔法で裂いた。周辺には血が飛び散り生臭いにおいが充満する。


「はは……!」

「こ、こいつ何故笑っているんだ!? 命を狙われているというのに……!」


 笑っている、か。

 ああ、そうだろうな。久しぶりの感覚でちょっとテンションが上がっちまったからな。


 人を斬る、死ぬ、血が出る……俺が前に召喚された時、こっちの姫さん達よりはいい人間ばかりだったが、戦いになれば殺らなきゃこっちが殺される。


 魔王討伐の名目で召喚されたが、召喚者の国に居る以上、トラブルに巻き込まれたらそれを払拭しなけりゃならねえ。

 

 するとどうなるか?


 今、風太たちが置かれている状況のように人間との戦いに関わっちまうってわけだ。


 都合により召喚されて不条理な境遇だが、長いこと付き合っていれば仲間意識が出てくる。

 助けようと奮闘するのは当然のことで、俺は人間を相手にした。


 最初は盗賊団の頭を斬り殺したっけな? そりゃあ勇者様を相手にたかが盗賊が勝てるわけもなく、俺の剣で真っ二つ。吐いたねえ、気分が悪くなってよ。


 そして裏切り者の始末、戦争と人間を殺す回数が増えていく。

 殺しは悪いことだが敵を殺せば仲間が守れて、褒められる。増える屍と減っていく罪悪感。


 殺せば殺すほど俺の名声が上がっていくことに酔いしれ始めたらさあ大変。……いつしか俺は殺すことに抵抗が無くなり、命のやり取りが楽しくなっていた。


 それが現代に戻ったらどうだ、17歳に戻ったもののクラスメイトはガキくさいし、喧嘩なんざすぐにびびっちまって相手にもならねえ。

 就職したらつまらねえ毎日の連続で刺激もクソもあったもんじゃねえ。殺すか殺されるか……そんな戦いをずっと渇望していた。だが常識ってやつはついて回る。両親も居る。世間体があって裏稼業に身をやつすこともできなかった。


 だけど戦いと人を斬る感覚は忘れられず、俺は生きていく上で――


 「だ、誰かひとりでも逃げて報告を――」

 「できるわきゃねえだろ。そこ、ぬかるんでるぜ? 雨が降ったんだ、それくらい考えて行動したほうがいいぜ」

 「え?」

 「ま、もう叶わないがな。全員等しく……死だ」


 時間にして数分。

 俺は6人の遺体を見下ろしながら、久しぶりの感触に笑いが込み上げる。


 ――生きていく上で必要ななにかを、異世界での戦いで俺は壊してしまったらしい。


『リク、大丈夫……?』


 リーチェが俺の顔に小さな手を置いてそんなことを呟く。俺がなにかを口にしようとした瞬間、ポケットのスマホがブルブルと震えだす。



「……もしもし?」

「やっと出た! あんた、さっきから鳴らしていたのに何してたのよ!」

「スピーカーにしてよ夏那ちゃん。大丈夫ですかーリクさん!」


 三人がいつもの調子で俺に言う。

 

「……ああ、なんもねえ。平和なもんだよ。俺はもうちょっとで町だ、また落ち着いたら連絡するぜ」

 

 だから俺は嘘を吐く。


「あ、やば夕食だって!? じゃあねリク、また連絡するから。ていうかあんたからもしてきなさいよ!」

「ふん、訓練中だったら困るだろ? じゃあな」


 そういって強引に電話を切る。


「急がねえとな……あいつらが俺みたいになるのは見たくねえ。壊れるのは俺だけでいいだろ?」


 俺は遺体を埋めながらそう思うのだった。

 


◆ ◇ ◆



 襲撃からさらに数日かけてようやくミシェルの町へと到着。

 電話であいつらの声を聴いて落ち着いた俺は暗殺者が乗っていた馬を売り払い小金持ちになる。

 全盛期ほどではないが『戦える』ということが分かったのは僥倖だった。どこかで魔物で試すことも考えただけに。


 で、町を散策してみるもエピカリスの言うような緊迫した雰囲気は無く、いよいよ疑わしくなってきた。

 とりあえずテッドとの約束を果たすため聞き込みを進めていると親父さんは確かにこの町に居た。だが野菜を買いたいという怪しい人物がどこかへ連れて行ってから姿を見ていないという。

 それが三か月ほど前で時間も経ちすぎているため足跡を辿ることはできなかった。


 そんなミシェルの町を生涯現役を掲げている……かどうか分からないハリヤーを駆って再びエラトリア王国へ。

 

 『お年寄りだって言ってたけど元気よねハリヤーって』

 「だな」

 

 もう二週間近く一緒にいるので俺もリーチェも情が沸いていて、肉にしようとしていたテッドを想うと涙してしまう。


 「悪いな、ご主人様と離れることになっちまってよ。ミシェルの町じゃ収穫も無かったし」


 俺が首を撫でてそう言ってやると、『全然大丈夫ですよ』といった感じで優しく鳴いて鼻をならしていた。できた馬である。


 ――あれから追手は来ていない。


 気づかれていないのかどちらでもいいと考えているのか?

 この時点で俺を警戒していないことが決定。後、予測していた俺を放逐して『なんか罪を擦り付ける』という事態も消えた。

 どういう状況でそうなるかって? そりゃもちろん姫さんが戦争に負けた時だ。

 そう考えると現状は水樹ちゃんが一番危険なんだが、それゆえに魔法を仕込んでおいた。最悪、逃げ切れるくらいの攻撃力は風太と夏那に劣っていないからな。


 そろそろ向こうの状況をスマホで確認しておくかと思いつつ進んでいると国境が見えてきた。


「……」

『どうしたの?』

「いや、エラトリア王国に入ったら通話はしにくくなりそうだなと思ってな? 夜、電話しておくかと」

『あ、いいんじゃない? 私もカナと話したいし』


 エラトリア王国へ入ると忙しくなることを踏まえ、その前にキャンプをして連絡をと考えた。

 テントを張り、ハリヤーを適当に繋いでおく。雨は降っていないので寝るときに入れてやればいいだろう。


「町に行ったら美味いものを~♪」

『たらふく食べるの~♪』

「ほらハリヤーも食えよ」


 夜、俺が酒を飲みながらハリヤーにニンジンを出すと、ひょいっと咥えてゆっくりとかみ砕いていく。

 『ほどほどに』という感じで俺を見ていて歌には参加してくれなかった。大人め。


 と、騒いでいる中で俺はここまでの道中でとあることに関して不思議に思う。

 こういった異世界でおなじみの魔物と出くわさなかったからだ。

 面倒くさいので出てこないならそれでもいいが、前の世界だと暗殺者よりは魔物の方が出くわすもんだがな。


 今は考察を重ねても仕方がないかとリーチェと干し肉の奪い合いをして陽が完全に落ちたころテントに入り、俺はスマホを取り出して風太に連絡をする。

 

 数コールの後、何日かぶりのイケメンボイスが聞こえて来た。


「リクさん!」

「おう、元気そうだな。どうだ、なんか進展はあるか?」


 風太との実力を上げているといったことを俺の若いころの話を交えて談笑する。

 その中でエラトリア王国から輸入する食品以外は自給自足できるため平民にはそれほど緊張感が無いということが分かる。


 主食になるものが徐々に減っていくのは確かに危機感がある。だが他に回避策が無いわけではないはずなのにエラトリア王国に固執する。

 そしてそれだけで戦争を仕掛けるだろうか……?


「引き続き姫さんの動向に気をつけろ。後、水樹ちゃんも逐一様子を見れる状況を作っておけ」

「わ、わかりました」

「そんじゃな、またできそうなら連絡する」

「夏那と水樹と話さなくていいんですか?」

「居ないなら仕方ねえ、また次回――」


 と、俺がリュックを枕に寝転がると、電話の向こうでどたどたと物凄い音が聞こえて来た。


 「ふいー、気持ち良かったぁ! って風太なにしてんの?」

 「あ、もしかしてリクさん? こんばんは、どうですかそちらは?」

 「おー、水樹ちゃん! 帰って来たのか」

 「私も居るんだけど?」

 「夏那ちゃんの湯上り姿、見たかったなあ」

 「なんで覇気がないのよ!? そっちはどうなの? リーチェは」

 『ふあ……カナぁ?』


  と、そこからは声をあまり上げずに近況報告をつらつらと。

 相棒の馬が増えたことを教えると、夏那が乗ってみたいと手を叩いて喜んでいた。

 

 「おっと……こんな時間か。そんじゃ、そろそろ寝るわ、気を付けてな。おやすみー」

 「はい! おやすみなさい!」


  まだ向こうは平気そうだとひとまず安堵する。

  さて、いよいよエラトリア王国か。白か黒か……確かめさせてもらうぜ?

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