第一巻:~暗躍 外の世界へ~
異世界へ召喚されて数日が経過した。
勇者として期待されている風太と夏那は軟禁状態を悟らせないためか城の庭へ外の空気を吸いに散歩に出ることがある。
俺と水樹ちゃんも散歩に同行していたが、歓迎されていないムードだったので止めた。
というのは口実で実際は水樹ちゃんに魔法の訓練を行っていた。
基礎を教えたが彼女は水や氷と相性がいいようで、四大元素である火・水・土・風の出し方をレクチャーしたんだが、一番うまくできたのがコップに水を出すということだった。
……は、いいのだが、初日でそれができるとは思わなかったのは内緒だ。
現地人や俺のように最初から勇者としての素質があるならまあ、なんとなくでできるものなんだが、彼女はそういうのが無くとも理解だけで出せたのだ。
意外と勇者として呼ばれた可能性もあって、あの姫さんが勘違いしているかもしれないという推測が立ったがとりあえず今は考えなくていいだろう。
『今日はどうするの? 攻撃魔法いっちゃう? アクアバレットとか』
「かっこいい……! 私、そういうお話の小説とか好きなんです」
「あれ、意外とノリ気?」
「はい! 先生、続きを」
いつもの大人しい、悪く言えば陰気な雰囲気はなりをひそめ、目に輝きがあり俺は苦笑しながら魔法の手ほどきを続ける。
魔法は素質があることが重要だが、それ以上にやる気が一番必要なので食いつきがいい今がチャンスだ。
そして情報収集をさりげなくしてくれた風太からこんな話が舞い込んでくる。
「隣国との冷戦状態は本当みたいですね。5年位前に会談を行った時に向こうが国王様とエピカリス様が出した条件が飲めず、襲い掛かるような仕草を見せたから、というのが理由らしいです」
交渉決裂なんてのはよくあることだが、それだけで襲い掛かるとなるとよほどのことがないとまともな人間ならしないだろう。王族を襲うだけで戦争だ。
現状、冷戦になっているのは
いや、向こうが襲ってきたなら追撃をするはず……。
推測は立つが確実なことが分からない以上、やはりエラトリア王国へ行くことを急ぐべきだと感じる。
そんな中、俺は水樹ちゃんにこの世界の魔法を覚えてもらうため城内の探索へ向かうことに。
すると――
「へやぁ!!」
「だぁあ!!」
「腰が引けておるぞ! 戦場で敵は待ったなど通用せんからな!」
「はい……!!」
「もう一本……!!」
――気配を殺して動き回った結果、訓練をする騎士達を見つけることができた。
木剣や盾を持ち防具は無し。
痛みを覚えさせて緊張感を持たせる訓練方法はどこも変わらねえなあ。木でも痛いんだよな。
そんな過去の訓練を思い出し、苦い顔で舌を出していると目的を果たせそうな声が耳に入って来る。
「<ファイアビュート>!」
「<ヘイルクラスター>」
なるほど、魔力をイメージで形にして放つ感じだな。
俺が使う異世界の魔法に近いけど、向こうはどちらかと言えば『自分の魔法』を確立していくスタイルなので簡単じゃない。
だからこそリーチェを創ることができたわけで、できるようになれば柔軟性は高いのだが。
しかしこちらはある程度確立している魔法を放つといった感じのようだ。
これで水樹ちゃんにこの世界の魔法を教えられる……そう思って観察をしていたのだが、
「おい、貴様そこでなにをしている?」
「……!?」
これでも気配を消すのは得意で、まだ衰えていないと思ったんだが頭半分くらいしか出ていない俺は誰かに声をかけられた。
振り返ると金髪ロン毛、青い瞳の騎士が植栽に隠れている俺を見下ろしていた。
「い、いやあ、トイレを探していたら迷っちまいましてねえ」
「……その恰好、お前は姫が呼んだという異世界人か。トイレは侍女かメイドに声をかければよかろう」
「いや、もう我慢できず」
「……!! 貴様ッ! 訓練場で野グソをするつもりかぁ!」
「声でけぇよ!? わ、悪かったよ、トイレまで案内してくれると助かるんだが……」
幸い、野グソをしようとしていたという勘違いのおかげで事なきを得て男のことを聞き出すことができた。
男の名はプラヴァス。
俺の気配を捉えるくらいだから実力はあると思っていたが、騎士団長という肩書を聞いて納得する。
「なんか考えがあるんだろうけど、隣国を攻めるのに今から鍛えるのは大変じゃねえか? 教えるのはあんた達なんだろ。それより自分達だけで攻めた方が楽じゃねえ?」
「……! ふん、異世界人になにが分かる」
「まあ、確かに分からねえけどよ。魔王を倒すのが最終目標なんだからつべこべ言わずに和解するのが筋かなって思うわけ。こんな状態でその魔王の配下とやらに攻められたら危ない――」
「そんなことは分かっている! ……すまない」
そんなプラヴァスに質問を投げかけたところ、エラトリア王国との交渉と実情についてはこいつも疑問を感じているようで少しつついてみると不機嫌な様子を隠すことなく激昂した。
キナ臭いと感じているのは異世界人の俺達だけでもないと分かっただけでも収穫だ。
そして――
部屋へ連行される途中前から見知った顔……エピカリスが歩いてくるのが見えた。
「おや、異世界の客人ではありませんか。このようなところでいかがいたしましたか? ……それに、プラヴァスと一緒とは」
「いやあ、トイレへ行くのに迷っちまいましてね。ウロウロしていた俺を見つけてくれたんですよ」
「……そうでしたか。あなたは勇者ではありませんし、なんの力も持たないのですからあまり出歩かないでくださいね?」
「……へいへい。勝手に召喚しといてその言い草かい? 一国のお姫様が呆れるねえ」
「おい! 口が過ぎるぞ!」
プラヴァスがそういって肩を掴むが、俺は目を細めて姫さんに掌を上に向けて指を向けて続ける。
「勇者以外を必要としないなら、もうちょっと精度を上げてやって欲しかったって話だ。水樹ちゃんもそうだが、必要ない人間を呼んでおいて冷遇するってのはどういうつもりなんだ? こっちは巻き込まれて困ってんだ、丁重に迎えるのが本当じゃねえか?」
「……」
俺が軽口と不服をぶつけると冷ややかな視線を俺に向け微笑むエピカリス。
その内にと思っていたがここで嫌われておく……つーか思ったよりも嫌悪されてて思わず戦慄しちまった。
これは俺が出ていく前に水樹ちゃんを鍛えておかないとなにをされるかわかったもんじゃない。そう思いながら俺はプラヴァスに案内されて部屋に戻った。
そんな一幕があってからさらに数日、談笑していた俺達の居る部屋がノックされた。
「……開いてますよ」
風太が返すとゆっくり扉が開き、エピカリスが微笑みながら入ってきた。横にはもちろん侍女がついている。
「集まっておりましたか。すみませんが勇者のお二人はわたくしについてきていただけますか? 遅くなりましたが、剣と魔法の訓練を始めたいと思いまして」
水樹ちゃんへ魔法を教えつつ軟禁生活に慣れてきたと感じた頃、いよいよ風太と夏那の訓練がスタートすると迎えにきた。
不安げな二人に部活だと思って気楽にやってこいと背中を押してやる。
実際、人を殺すようなことはまだないはずなので昔の俺と同じ感覚でやってもらっていいと思う。
そして二人は確かに勇者としての実力はあるらしく、訓練用の案山子を何体も壊したとか魔法で蒸発させたといった話を聞いてこの調子なら身を守ることも可能かと計画を先に進めることに決めた。
この国を出て隣国へ行く。
口で言うのは簡単だがプロセスはそれなりに必要だ。
理由、金、装備などが例であるが、今は理由付けがいちばん面倒くさいだろう。
そんな状況で俺がとった行動は――
「リク、あんたいま水樹の胸を見てたわね? よからぬことを考えてなかった?」
「いや、全然……つーか、お前ことあるごとに俺をディスるの止めろ、いい加減キレっぞ?」
「う、うるさいわね! お情けでここに置いてもらっているのにそんなこと言う? 私達が居なかったらとっくに捨てられていてもおかしくないのよ? ふん」
「か、夏那ちゃん、それは……」
夏那が挑発的な目で俺を見下すようにそんなことを言いだし、水樹ちゃんが止めようとするが俺はテーブルを拳で叩いてから首を鳴らす。
「あ? 夏那ちゃん、そりゃ言いすぎだろ、俺だって好きでこんなところに居るわけじゃねえ!」
「……申し訳ございません、リク様。不自由をおかけして」
「いい機会だ、姫さん俺から提案をしたいんだがいいか?」
――俺は高校生組と喧嘩をするという芝居でこの城を出ていくことに。
これが通用するのは高校生組と俺は顔見知りですらないということと、年齢差があるということ。
大人……おっさんである俺一人が外に出ても責任を取れることも大きいな。
同じ異世界人だが面倒を見る必要がない上、役立たずと思われているので不和が起これば俺を放逐すると考えたから。
「わかりました。個人の意思を尊重したいと思います。出立に関して準備はさせてもらいますので、決まったら教えてください。必要なものがあれば用意させます」
そして予測通り上手くことが運び、外の世界へ出ることになった。
「ちょっと……怖いです。今までは部屋にリクさんが居てくれましたし、一人だとなにかありそうで」
水樹ちゃんが手を胸の前で組んでから不安げに呟くので、俺は頭に手を置いてから告げる。
「大丈夫だ。俺が教えたことを守っておけば必ず道はある。勇者が必要ならこの二人が怒るようなことはしないだろうと思いたい」
不安なところ申し訳ないが、この世界で生き抜くためにも情報は必要だ。
出ていく準備をする中、騎士団長のプラヴァスへ声をかけられる。
「……城を出て行くそうだな。外は危険だ、賢い選択とは言えないぞ」
「お、よく知ってんな」
「姫様から装備品の用意をするよう頼まれたからな。お前とは私が一番話しているし」
そう、こいつはあの一件から俺と水樹ちゃんを誘ってくることが度々あった。
裏表がなく向こうの世界の話を聞きたがったり、この世界の盤ゲームで遊んだりしていたので意外と交流レベルは高い。
まあ姫さんか大臣の差し金で監視役ってところだろう。
「お前……実は『できる』んじゃないのか? 初めて会った時からそう感じているが――」
「俺は一般人だ、それ以上でもそれ以下でもねえ。もしそうだとしても勇者にはかなわねえだろ」
「……ふむ。まあ、そこまでいうならそうなのだろう」
「それを確かめたかったのか?」
「まあな。だが勘違いだったようだ、ははは!」
「ふん、しっかりしてくれよ騎士団長? 話はそれだけか?」
「ああ、それと――」
プラヴァスは装備を持ってきたと口にして上から下までの装備一式をくれた。
それなりに良い装備をもらった俺はすぐに出立をすることに。
「……これ、持っていきなさい」
出がけに夏那からリボンを受け取り『必ず返しに来い』という約束をして最初に俺達を部屋に案内してくれたヨームという大臣が見送ってくれる。
「……貴様、よく出て行こうと思ったな? 未知の土地なのだぞ」
「勝手に召喚しといてよく言うぜ。帰してくれないなら探す。基本中の基本だろうが。一応、忠告しとくが勇者様は丁重に扱えよ?」
「当然だ。貴様のような平民とは違うからな」
「……本当に分かってんのかねえ。ま、いいか。じゃあな」
俺が立ち去ろうと体の向きを変えようとすると、ヨームが思い出したように口を開いた。
「では、最後にこれを渡しておく」
「こいつは?」
「通行証だ。もしここへ戻ってくることがあればこれを衛兵に見せれば城に入れるようになっている。……が、持ち物検査はさせてもらうがな」
「オッケーだ。まあ、世話にならん程度にはやってみるさ」
そんなやり取りをしてから俺は町へと向かう。
そこでエピカリスの言っていることのすり合わせとしてギルドへ足を運ぶことに。
しかし、エピカリス達が言うほど町に悲壮感はなく、ギルドマスターのダグラスという男に尋ねてみるも姫さん達が言っていた情報以上のことはなく、ここ五年隣国とまともに交流はしていないのは確かのようだ。
「とりあえず、隣国へ行くのは止めないが覚悟はしておけよ」
「覚悟なんて、んなもん10年前からしてるっての。あとは……そうだな、魔王や魔族のことを聞かせてくれ」
約五十年くらい前に、南の方にある人が住めないような島に突如として現れたとのこと。それまで世界は比較的平和だったが一気に日常が恐怖へと変化。それくらい強かった、と。
俺が戦ったやつらもそうだったが魔族はタフで力も魔力も高く頭も回る。
この世界の魔族も似たようなものだと考えて間違いなさそうだと気を引き締めることができた。
「オッケー、凄く助かったぜ! 後は馬とテントが欲しいがここで買えるか?」
「テントはあるが馬は高いぞ?」
「大丈夫だって、城を出るときにもらってんだからよ!」
と、革袋を開けてみると金貨五枚に銀貨十枚が入っていた。
「馬は金貨十枚からだぞ……」
「おおう……」
けち臭い王族だぜと舌打ちをしながら俺はギルドを後にするのだった。
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