168.専用武器は大事に使えば必ず自身を守ってくれるもんだ

 

 風太は少しだけ考えた後、箱の中にあった剣を手に取り口を開く。


「ジエールさん。ありがたく頂戴します。僕にどこまで出来るか分かりませんが、リクさんと共に魔王のところまで行きます。世界を救えるかどうかなんてのは分からないですけど」

「……ああ。それでいい。お前達は以前のやつらと違っていい奴等だ、死ぬんじゃないぞ? そのためにそいつを託す」

「はい」

「いい剣だな、まるでエメラルドみたいな色をした刀身だ」

「カッコいいですよね」

「おお……」


 風太が持ち上げて掲げると歓声があがる。月明りに照らされた剣は深緑色をしており鋭いと直感で分かるレベルの代物だ。


「実際、別の地域で採れる『エメロルド』という魔力を帯びた鉱石とメイディの聖なる力を封じているから切れ味は保証するぜ。こいつがあれば幹部は倒せるくらいの力は間違いなくある」


 そう自慢げに言いつつ、もう少し人間の勇者がまともでエルフや各種族がバックアップが出来ていればという後悔もあった。そうジエールが語る。

 

「人間を含め、言葉が喋れてもその心の内まではわからねえもんだ。他種族が含まれればそれはさらに色濃くなる。本能で生きている動物や魔物の方がもしかしたらマシかもしれないくらいにはな。だが、そこを越えることができればあるいは」

「……あの魔族のように生きていける可能性もある、と」

「グェニラ爺さんか」


 気づけば長であるグェニラが立っていた。その言葉に俺は頷き話を続ける。

 

「そうだな。この世界に召喚された魔王セイヴァーは俺の前の世界の仇敵だった。その時は魔族を皆殺しにする勢いで駆逐していたが、レスバやレムニティと話した感じ、もしかするとそれも誤りだったのかもと思い始めている」

「そうなんですか?」

「ああ。だが、結果は蓋を開けてみるまで分からん。まずは船を完成させて会ってみないことにはな」


 前の世界は魔族の侵攻で悲惨だったことは風太達に話したことがある。リーチェがレスバに辛辣なのも前の世界から引きずっているからだ。

 

「私、頑張りますね!」

「水樹ちゃんか。……そうだな俺達四人、無事で生き残るためにな」

「水樹……」


 風太の呟きは水樹ちゃんの未来のことか。いずれにせよ答え合わせをするのはそう遅くないだろう。

 元の世界へ帰る……最初はそればかりを考えていたが、最善はいつも遠くにあるもんだと俺は酒を飲んで空を見ながらそんなことを思うのだった。


「うぃー……リーチェ、いつの間に分身したのよぅ」

『カナは四人いるけどー……』

【くくく、甘いですね。私は十人に見えますよ!】

「この魔族、一番飲んでいるんだけど捕虜じゃなかったっけ!?」


 ……まあ、元気なのはいいことだ。


 それはともかく、俺は風太に向き直り剣を差して尋ねてみる。


「こいつの銘はどうする? 専用武器ってのはつけておいた方が気分がいいぞ。それとも名前があるのか?」

「銘は無いな。前の勇者もそういうのに興味が無い感じだった」

「そうなんだ……。名前か、どうしようかな」

「お、嬉しそうだな」

「そりゃあリクさんもそうだったと思うんですけど、ゲームとかでも自分で名前をつけるのは緊張しません? 特にネットでみんなが見れたりすると」

「ああ、分かる分かる」

「男の子ってそういうの好きですもんね。リーチェちゃんが変身した剣はリチュアルでしたっけ?」

「かっこいいよな」

『呼んだー!』


 即座に飛んでくる酔いどれリーチェがシュタっと片手を上げて水樹ちゃんの肩に着地する。それに苦笑しながら風太がジョッキの中身を飲んでから言う。


「リーチェの変身後の名前がかっこいいって話だよ。うーん、とりあえず保留に……」

「おいおい、造った俺も聞きてえから今つけてくれよ」

「わん!」

「ええ、お前も催促するのか?」


 いつの間にか風太の足元にファングがやってきて『早く』と言った感じで前足を伸ばす。風太は困った顔で肩を竦めると剣を両手で握りしめて目を瞑る。


「聖女様とエメロルド鉱石……それとウィンディア様か。うーん……」

「ふふ、難しいよね」


 エルフ達に見守られる中、風太は緊張しながら頭をフル回転させる。そしてしばらく悩んでいたが、ふと目を開けて呟く。


「うん……アリアエムロードなんてどうかな」

「どういう意味?」

「アリアはイタリア語で空気なんだ。風と空気、ちょっと違うけど響きがいいかなって」

「なるほど。うん、いいと思うよ!」


 水樹ちゃんが手を合わせて頷くと照れて鼻を掻く風太。

 イタリア語とは現役高校生はおしゃれだねえと思いながら俺も立ち上がって風太の肩を叩いてサムズアップする。

 

「そいつはお前の剣だ。大事に扱えよ? 馴染めばみんな守ってくれる武器になるさ」

「……はい!」

「なんかかっこいいわねえ! あらしにもなにか無いのぉ?」

「お前は飲み過ぎだぞ夏那? 明日に響くからもう止めとけ」

「ええー、今日くらいはいいじゃない! ねえ水樹ー」

「ええっと……前のことがあるから私はもう、ね?」

「勇者様は大変だ」

「違いねえ」


 俺と風太が顔を見あわせて笑うと、エルフ達も明るく声を出して笑っていた。

 

 そんなわけで世界樹の復帰を喜ぶエルフ達との宴は深夜にまで及んだが、夏那とレスバがヤバい感じになってきた時点で俺達は早々に撤退。明日もまだ通路を掘らないといけないからな。


 そして、さらに二日が経過しヴァッフェ帝国に戻る準備が整った――



 ◆ ◇ ◆



【……そろそろか】

「ふぐ……うぐうううう……!」

【無駄だ、その拘束をただの人間が外すことはできない】


 リク達がエルフの集落を出発するころ、レスバの転移で魔族の島『ブラインドスモーク』へと移動したフェリスは実験室のような場所に拘束されていた。


【転移してきた時は流石の私も驚いた。さらにグラジールをその身に宿しているとは】


 魔王の副官であるハイアラートが口をへの字にして腹の大きくなったフェリスを見つめる。

 ハイアラートは人間がこの地へ来たことに驚いたものの、グラジールの小さな魔力の鼓動を感じてなにかあったと見てすぐに回収。あと一歩遅ければフェリスが自殺をし、グラジールも死ぬところだった。


 それから今に至り、あと一息でグラジールが産まれそうな状態をどうするかと考えるハイアラート。


【女魔族が居れば話は早いが……アキラスもメルルームも連絡が取れんか。一般魔族から誰か呼んで取り出してもらうか。腹を裂けばいいというものではないからな。それに情報が欲しい……グラジールがこの状態ということは倒されたと考えるべきだからな】


 すぐには殺さんと告げられフェリスは絶望の表情を浮かべて涙を流す。


(どうしてこんな……憎い……なにもかもが……こんな世界なんて――)

【……人間にしては物凄い悪意……面白いな。女性を連れてくる前に魔王様へ報告してみるか。グラジールがやられたということは他の幹部もまずいな。一度呼び寄せるべきか……?】

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