167.この世界の勇者は俺じゃねえからな

 「よう、勇者様。飲んでいるか?」

 「勇者はこっちだ、俺は違うぜ」

 「なにを言うんだ、あんた達四人でそうなんだろう? じゃなきゃ幹部クラスを倒せるなんてことは出来ないはずだ。乾杯してくれ」


 俺と風太にジョッキを差し出して笑うエミールの父、ジエール。彼とジョッキを合わせて二人とも一気に酒を煽る。


 「ごほっ!?」

 「はっはっは、無理するな風太」

 「いえ! 僕も一度お酒を飲みましたし、これからもこういうことがあるかもしれないので慣れておきたいです。……それにウィンディア様を受け入れたからこの世界に合わせていきたいな、と」

 「……そうか」

 「はい」


 俺を見ながら返事をした風太は覚悟のある目をしていた。

 そんなやり取りを見ていたジエールがジョッキの中身を他のエルフに頼みながら俺達へ言う。


 「若いのはなにかを覚悟した顔だな。やはりお前達は五十年前の勇者とは違い、この世界を救ってくれる者となるか」

 「そのつもりは無かったんだが、恐らくそれが最短になりそうだ。俺の不始末を片付けるって意味でもあるが……」

 「どういうこった?」

 「いや、なんでもない。魔王はなんとかするさ、必ずな」

 「リクさん……」


 ずっと思っていたことだが俺があの時セイヴァーを倒していればこの世界に来ることは無かったはずなのだ。だからこれはあの時の続きなのだ。

 前に魔王を倒すのは風太と夏那のいずれかになると言ったものの、水樹ちゃんが聖女という役割を担うというならセイヴァーを倒すのは勇者であった俺になるのだろう。


 「ま、俺達はこの世界がまともになればそれでいい。……魔王を召喚したのがこっちの人間だからどの口がって感じだがな」

 「それは仕方がねえよ。誰がどんな野望を持っているかなんてわからないもんだ。今から協力を仰ぐヴァッフェ帝国も魔族が居なかったら国家統一を考えていたようだ」

 「戦いはなくならない、か。世知辛いもんだ」

 「そういえば前の勇者ってどんな人だったんですか?」


 風太が空気を変えようと話題を振る。そういえばイキっているという情報以外の話は聞いていないから興味はあるなとジエールを見ると、彼は話を続ける。


 「ダメなヤツだったイメージがあるな。女好きで口だけは強かった。腕はまあ悪くなかったが、地力が無さすぎた。敵の幹部を相手にした奴はあっという間にやられていた。勇者はメイディによって何人か召喚されていたが一人、寡黙な軍人だという男が居たがそいつは強かった。が、流石に幹部クラスを数人相手には出来ず、そいつが死んでからあっという間に瓦解したな」

 「僕達みたいに能力は高くなかったんでしょうか? いや、僕が強いという訳じゃありませんけど……数人いたならなんとかなったのでは?」


 風太がもっともなことを口にするが、ジエールが婆さんから聞いた話によると風太達みたいな若い人間じゃなくて大学を出たくらいの年齢の人間が召喚されたらしい。軍人でも俺より若かったようだ。

 で、風太の疑問である強かったか否かだが実際能力は高かったとのこと。しかし、その辺の魔物やレッサーデビルを倒せることで増長し、能力を研鑽しなかった結果、グラジールやレムニティといった幹部に殺されてしまったというわけ。


 「お前達はプラヴァスに訓練をしてもらっていたからなんとかなったが、力があっても使い方を知らないとそういう風になるのは当然だな」

 「リクさんが居なかったらアキラスに利用されて終わっていた可能性が高いですし、いま思い出しても怖いと感じますね……」

 「その辺の魔物を簡単に倒せたようだから増長したんだろうなあ。大規模戦争の時に見たことがあるんだが性格は悪そうなやつが頭を張ってたぞ」

 「あんまり言いたくないが早死にしそうなタイプだったってことか」

 

 それも物語なら有り得なくはないなと思っていると、ジョッキを傾けながら風太が俺を見て尋ねてきた。


 「そういえばリクさんは一人だったんですよね? 世界によって変わるんですかね」

 「召喚者の力量もあるんじゃないか? イリスとティリアは姉妹で、最初は二人で一人って感じだったしそこまでの力が無かったと見るべきだ。もし俺が役に立たなかったら他に召喚するつもりだったかもしれん」

 「なるほど、聖女の力とその時の状況なんだ……。そう考えると僕と夏那を水樹が助けなかったらリクさんも……ん? いや、でも変だなそうなると召喚の数が――」

 「なあに難しい顔をしているのよぅ風太ぁ!」

 『イケメン飲んでるー? あははは!』

 「うわあ!?」


 風太が考察を重ね始めたところで酔った夏那とリーチェが笑いながら絡んで来た。


 「おっと、夏那飲んでるな」

 「もちろん! これで船が手に入る目途が立ったから祝杯よ祝杯! 魔族娘のレスバ、カモン」

 【ここが楽園……!】

 「ぷっ……」


 夏那が指を鳴らすと背後に立っていたらしいレスバがスッと顔だけ横にずらして出てきた。その様子がおかしかったので風太が噴き出した。


 「いや、仲良すぎだろお前等」

 「裏切り行為を働くフェリスや魔王を召喚した人間よりは……って感じかしらね。まあ裏切ったらその時は、ね?」

 【うす……涙忘れるお酒をください……】


 魔族と言う大きな視点ではなく、レスバを一個人として見ていこうとしているのかもしれないなと俺は夏那を見ながらそう思う。水樹ちゃんと風太はまだ抵抗あるようだが、夏那はコミュ力があるのでレスバと仲良くなれるかもしれないな。


 俺も魔族にいい思い出はないが事情があるなら聞いてみたいとも考えている。若かったあの時は人間を殺されて魔族を殺して……泥沼になっていたのは否めない。


 「無理はするなよ?」

 「……うん、大丈夫よ。こいつがなにかすれば脳天に槍が刺さるだけだしー?」

 【怖い!?】


 そんなやり取りの中、ジエールの下へ大きな箱を抱えたエルフがやってくる。


 「おう、悪いな助かったぜ」

 「いえ……これを再び取り出す日が来るとは思いませんでした」

 「そいつはなんだ?」


 弟子だろうか? ジエールに箱を手渡した後、エルフは膝をついて神妙な顔で俺と風太、それと近くにいる夏那に目を向けている。

 箱の中身が気になるところだと思っていると、ジエールはあっさり箱を開いて中身を取り出す。


 それは――


 「剣、ですね」

 

 ――風太が冷や汗を一粒出しながらごくりと喉を鳴らして呟いたとおり、それは一振りの剣だった。どうして冷や汗をと思うかもしれないが、その得物は酷く美しい輝きを放っていたからだ。

 工芸品としても一級品であろうその剣は切れ味も良さそうだと考えていると、俺の前に置くジエール。


 「こいつはかなりの業物だな? もしかしてくれるってのか?」

 「ああ。メイディの力を込めた金属を俺が加工した勇者用の剣だ。前の勇者はこいつを使いこなせずにくたばっちまった。それを回収したわけだがリク、あんたならやれると思うからこいつを託す」

 「……ふむ」


 婆さんの力を込めた剣とはまた大層な代物だぜ。当時、全盛期のころなら俺の剣ほどではないかもしれないが近い性能を持っていそうだ。だから俺は目の前に置かれた剣を風太の前へ移動させる。


 「リクさん?」

 「俺にはリーチェが居る。そして剣を使うのはお前だ。戦う覚悟があるなら……風太、お前が持て」

 

 俺はそういって風太の目を見る。


 そして少し考えた後、彼は口を開いた―― 

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