169.いくら大精霊でもそれは知らないはずだぜ?


「世話になったな。まあ、また戻ってくるんだが」

「気にせずとも良い。そなた達の心意気は承知しているつもりだ」


 俺とグェニラ爺さんはそんな会話と握手を交わす。

 今日は再びヴァッフェ帝国へと戻るためエルフの集落を去るため準備を進めていた。そんな中、大勢のエルフ達が見送りに来てくれていたのだ。


「ううー……」

「ほら、エミール。ちゃんとお別れをしなさい。また戻ってくると言っているだろう」

「ぐす……うん……ファング、またね……」

「あんたも随分気に入られちゃったわね。エミール、また来るから!」

「わふ!」

「あはは、可愛い」

「うん……!」


 夏那がファングを抱っこし、前足を左右に振ってエミールに挨拶をさせていた。昨日も大変だったようだがジエールが説得してくれたようだ。この先、どうなるかわからないのでファングを預けるという選択肢は今のところない。


「みなさん、お気をつけて」

「ありがとうロディさん。どちらかと言えばこっちの方が心配ですけど……」


 ロディと握手をする風太が心配そうな顔でそう言うと、ドアールが肩に手を置きながらサムズアップをする。


「へへ、勇者様に比べりゃ引きこもっているオレ達の方が安全だって。世界樹が少し力を取り戻したから風の精霊様の防衛力が上がったしな」

「そういえばウィンディア様がそんなことを言っていた気がするけど……」

「まあ、早めに魔王をなんとかしてくれると助かりますよ」


 ロディが軽い口調で笑い、風太が肩を竦めて苦笑する。まあまあこっちのエルフ達と打ち解けられたのは良かったな。


「ううう……リク兄ちゃん、絶対帰ってきてくれよ……」

「私がいつでもお相手しますから……!」

「止めとけ止めとけ、こんなおっさん」


 俺のところにはグラジールから助けたウルと昨日、俺の部屋に忍び込んで来たチェルが挨拶に来ていた。流石に女性関連はイリスの件もあるのでそんな気にはなれないんだよな。

 ……それにこの世界にいるのがセイヴァーならイリスとまた会える可能性が高い。


「それじゃあ行きましょうか!」

「ああ。すぐに戻ってくるぜ、聖木の確保をよろしく頼む」

「任せて下され。お気をつけて!」

「途中までは俺達が行きます」


 ロディ達、武装したエルフが護衛としてついてきてくれるらしい。 俺の掘った穴に馬車を進ませ、ゆっくりと出口へ向かう。


「いい人達で助かるわね。人間不信だろうに良くしてくれたわね」

「そうだな。俺達が魔王をなんとかする前提でもあるだろうけど、今後拠点としてもいいくらいには世話になったな」

「船、早くできるといいですね」

「少しは聖木を載せてきたし、持ち帰る間にノウハウを手に入れてくれたらいいよね」


 風太がそう言い、水樹ちゃんと夏那が頷いていた。これだけだと小舟ですら足りないと思うのでヴァッフェ帝国から援軍は必ず必要だ。持ってきた聖木はこれでどれくらいできるかの測りってやつだ。

 

 そんな話をしながら数十分。

 森の中を走るのとは違い真っすぐ突っ切れるので思いのほか早く外へ出ることができた。


「周辺に敵の気配は?」

「ありません。出て問題なさそうです」

「オッケーだ。馬車が出たらすぐに出口を閉じてくれ。カモフラージュは完璧にしていると自負しているが万が一はあるからな」

「ええ。リク様達が戻ってきたら全滅していた、なんてことにならないよう気をつけますよ」

「頼もしいねえ。……よし、それじゃあな」


 馬車が出た後、ロディ達はすぐに出口を閉じて森に静寂が戻った。


「いやあ、凄いわねリクの魔法……。なんかこう、基地みたいな感じよね」

「そうそう! ちゃんと開閉するのに蝶番みたいなのを作ってつっかえ棒もあるし……戦闘機が発進するって言ってもおかしくないよ」

「男の子ならああいうの好きだよなあ」

【というかリクさんって空が飛べたらもう魔王様より魔王様ですよね】

「うるせえよ」


 出口はそれなりに硬い鉱石を魔法で加工して分厚い鉄板にし、土と草を上に被せてカモフラージュ。出口を閉じればあら不思議。ほぼ完璧にその辺の地面と同じように溶け込むのだ。

 分厚くすれば上を歩いた時にバレにくくなるしな。一応<#結界__イージス__#>もかけているから気取られることも少ないだろう。

 また、内側からはすぐ開くが外から開けようと思ったら鍵が必要だ。これを破れるヤツは幹部クラスでも難しい。


「よし、それじゃあハリソン、ソアラ。ちょっと重いけどよろしくね」


 水樹ちゃんが声をかけると馬二頭は『ゆっくり行きますね』という感じで小さく鳴いた。急ぎたいけど荷物は多いからそこは目を瞑ろう。


 そしてまずはグランシア神聖国を目指し、森を後にした。


「メイディ様のところへ行くのね」

「ああ。世界樹の件を報告するのと、いくつか聞きたいことがあってな」

「ふーん。ま、水樹の聖女疑惑もあるし?」

「疑惑は酷いよ夏那ちゃん」


 と、御者台で水樹ちゃんと戯れていた夏那。すると彼女が俺の方に向き直り神妙な顔で口を開く。


「ねえリク。魔王が女性だってことを知っているはずだって風太と水樹がウィンディア様から聞いたみたいだけど、どういうこと? セイヴァーってそうなの?」

「……それは」


 ふとここで前に俺がイリスを殺した時の話を思い出す。魔王に取り込まれたからやむを得ず倒した、という話はしたが確かにセイヴァーの容姿まで伝えてはいなかったな。

 実のところイリスを取り込む前のセイヴァーは『どちらでもない』感じの姿だった。で、イリスを取り込んだ後、セイヴァーはほぼイリスとなった。

 なので魔王が女性だというのは間違いないことを夏那達へ伝える。

 

「ということは……今、島にいるのはイリスさんの姿をした魔王ってこと!?」

「ウィンディアが魔王が女性だというならそうなんだろうな」

「なら最悪イリスさんと戦うことになるのか……」

「そんな……」

「そいつは気にするな。一応、前の時と違って話し合いの余地がありそうな感じだからな」

「ごめん……軽率だったわ……」


 半泣きになる夏那の頭に手を置いて気にするなともう一度言う。

 倒すことになったとしてもそれはただの焼き直しだ。仕方がない。だが、ウィンディアが『俺が魔王を女性だと知っているはず』ということをどうして言えたのか? それが気になる。


 婆さんはまだなにか隠しているのか? ちょっと三人が居ないところで話す必要がありそうだ。

 そんなことを考えているとレスバが口を開く。


【え……? い、今の話が本当ならリクさんは魔王様の恋人……】

「いや、そうじゃないからな? お前、変身とかできるか? 流石に魔族の姿のまま神聖国に入れるわけにはいかんからな」

「これは魔王のところに急ぐ必要ができたかもね」

『イリス……』


 なんかやる気になっている夏那とイリスのことを思い出して少し落ち込んでいる。なあに、船さえできればセイヴァーの下へはすぐ到着する。まずは婆さん。あの人に話を聞かないとな。


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