160.見知らぬ土地で人と関わるということの意味



 ――リクさんがエルフの集落の外で待つと言って魔族のレスバと一緒に残し、久しぶりに私達は彼と二手に分かれて行動をすることになった。

 エルフさん達も私達のことに気づいていたようで、リーチェちゃんの案内で集落に向かっていたらロディさんが迎えにきてくれていた。彼も御者台に座り、来た道を戻ることになる。

 

 「ご無事でなによりです。……リク様は?」

 「ちょっと困ったことが――」


 リクさんが居ないことに気づいたロディさんへ説明すると、私達が来た道に目を向けて冷や汗をかいていた。

 それはそうだと思う。まさか帰ってきたら魔族を捕らえてましたなんて信じがたいはずだ。


 「魔族を倒すならまだしも捕らえるとは……」

 「幹部クラスに比べたらあまり強くなかったみたいですけど」

 「いえ、倒すのも困難ですし、この世界の人間で捕縛というのはさらに難易度が高いです」


 私の言葉に『今回の勇者様が世界を……』となにかを呟くロディさんと被るように夏那ちゃんが鼻息を荒くして口を開く。


 「ったく、マジでフェリスは害悪でしかないわね。世界樹と交信だなんて大仕事、リクが居た方が絶対いいのに」

 「まあ、魔族を捕まえられたことは良かったんじゃないかな。僕達にとって役に立つかどうかは微妙だけど……」

 

 私と一緒に荷台に居る夏那ちゃんと御者台の風太君が目に見えて不機嫌な調子で話していた。

 アキラスを見ている私達からすれば仲間でも盾にする相手なのでこちらがレスバに酷いことをしても恐らく向こうがただ、こっちにはリーチェちゃんも居るしあんまり心配はしていなかったりする。


 「リーチェちゃんは向こうの世界で木の声を聞いたりしていたの? 聖木もあったみたいだし」

 『そうね、どこの世界も同じなのかしら? 世界樹はあったわ。元々、それをどうにかするためにリクがわたしを創ったからね』

 「どういうことですか……?」


 私達の頭の上を飛んでいるリーチェちゃんが腕を組んで自身の出生を語る。すると前を歩いていたロディさんが少しだけ振り返って尋ねてきた。


 『えっとね、前の世界。フウタやカナ達のとも違う世界にも世界樹はあったの。向こうでは枯れる寸前でさ、四属性の大精霊の力を注いで回復させる必要があったの。だけどその場から動けない大精霊の力をどうやって? ということで考えて生み出されたのがわたしってわけ』

 「へえ、だから四属性の精霊なのね」

 「ということは、こちらの世界樹もリーチェ様が治癒できる可能性があるということか」

 『まずは話をしてみないことにはね。あの時のリクは魔力の使い過ぎで干からびていたのを思い出すわ』



 リーチェちゃん曰く、各大精霊の力を特殊なクリスタルに封じ込めて回っていたそうだ。

 それを精霊として命を吹き込むために魔法で作った人形へ『均一に力を注ぎこむ』という荒業をやってできたとのこと。

 その時にバランスを取るための魔力消費が酷く、瀕死で顔を合わせたのが最初なんだって。


 「ホント凄いわね……あたし達と同じ歳で異世界に行ってなんとかしたんだもん」

 『……でもそうなったのは色々あったからなのよ。わたしからは詳しく話せないけど、魔族も居るのに人間同士の戦争とかさ』

 「わかっていたけど大変なことがあって、それを積み重ねてここに居るんだよなリクさん。うん、僕達も頑張らないと」

 「うん! あ、集落についたわ」

 

 しばらく話しながら馬車を進ませているとエルフの集落に到着する。門を開けてもらい中へ入るとそのまま私たちのために作ってくれた家の横に馬車をつけた。

 ロディさんはポリンさんを呼びに行くから少し待っていてくれとこの場を離れる。すると入れ替わりに小さい影が奔ってくるのが見えた。


 「わふわふ!」

 「あ、ファングだ! ただいま!」

 「くぅん♪」

 「あれ? エミールちゃんは?」

 「疲れて寝ているのかもしれないね、ずっとはしゃいでいたし」

 

 風太君がそう言い、私達を見て尻尾を振るファングも遊び疲れたのか毛がくたくたになっていて苦笑してしまう。

 可愛い。とりあえず私が抱っこして連れていくとしよう。


 「静かだな。エルフ達がこの森に入って出ないのも分かる気がするよ」

 「魔族が来なければとか人間が裏切らなければとか色々考えちゃうわね。レスバの話が本当なら最初のきっかけはこの世界の人間なわけでしょ? フェリスの国みたいだし、逆恨みの可能性も出てきたし」

 「あ、そうだよね。でも魔王セイヴァーはリクさんが戦った相手だし、悪者なんじゃないのかな?」

 「そこなのよね。レスバの言葉を信じるなら召喚された時点で断っている。けど、リーチェの居た世界はめちゃくちゃにされたのよね」

 『うんうん。大変だったわよ、最後は聖女であるイリスと取り込んで強力になったからねえ』

 

 そこで私達は顔を見合わせて目を見開く。


 「イリスさんってリクさんの恋人って言っていたような……」

 『あっと……わたしが言ってたのは内緒ね。うん……最後は自分でセイヴァーごとイリスを。その後、リクと魔王が消えてわたしだけが魔王の城に残されたの』

 「なんてこと……」


 ああ、そうか。

 そういうことがあったからリクさんは現地人と関わるなって言うんだ……。

 もし、風太君がフレーヤさんと一緒になっても帰ったら二度と会えない。もしかしたらそれが心残りで向こうに戻ってもなにも手につかなくなるかも。


 「すみません皆さん、遅くなりました! ……おや、どうなされました?」

 「いえ、なんでもありません。世界樹へ行きましょう」

 『ごめんねリク……』

 「よ、よくわかりませんが、こちらへ!」


 私達が複雑な顔をしていたところへポリンさんがやってきて首を傾げる。リーチェちゃんが遠くにいるリクさんに謝りながらポリンさんの後に続いた。

 

 「あいつってホント苦労してるんだ……」

 「うん。だから最初に召喚された時から冷静に居られるんだよ、きっと。僕達は本当に甘いんだって思う」

 「リクさんは気にしていないと思うけど、私達にできることはやっていかないとね。重要なこの場を任されたんだし」

 「水樹……。ええ、そうね。リーチェ頑張ってよね!」


 頬を叩いて気合を入れた夏那ちゃんがリーチェちゃんを追いその後に風太君と私が続く。

 ヴァッフェ帝国の時もそうだけど、いくらかは私達に任せてくれる場面が増えてきた気がするので、こういうところでしっかりフォローしていきたい。


 集落の奥へ歩いていくと、家が段々少なくなり木々が増えてきた。

 そして湖のような場所に囲まれ、その中央に大きな木が立っているのが見えてくる。


 「きれい……」

 「それになんか空気が変わった気がするわね」


 夏那ちゃんの言う通り集落の時よりもさらにシン……とし、空気が張り詰めたような感じがする。


 「……動物の気配もしないような」

 「フウタさん、いい勘ですね。そうう、この場は私が一緒でないと入れない神域といってもいい場所なのです。集落まで来れなくなる風の精霊様と一緒に作っている強固な結界といったところでしょうか」


 ポリンさんが凛とした顔で私達にそう告げて大木の前まで歩いていく。

 

 『これがここの世界樹……』

 「はい。リーチェ様、早速で申し訳ないのですが交信を行ってもらえますか? 私もお供させていただきたいです」

 『もちろんよ。それとミズキも一緒にお願いしていい?』

 「え? 私?」

 『うん。おばあちゃんがミズキを聖女候補としようとしたってことはイリスに近い力を持っているのかもしれないの。世界樹の再生の時も力になったし』

 「わ、わかったわ……!」


 後ろで夏那ちゃんと風太君が『頑張って!』と応援してくれるのを心強く感じながら、私は世界樹の前に立つ。

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