142.場所が違えば対応も変わるってな

 「よーし! なんかでっかい森が見えてきたわね! ハリソン、ソアラもう少し頑張ってね」

 「凄い、木ってあんなに高く成長するものなのかな」

 

 さて、町で一晩ゆっくり休んだ俺達はいよいよエルフの森へと接近していた。

 珍しく温泉のある町で夏那と水樹ちゃんが風呂に入ってご機嫌だったので今も御者台で声を張り上げている夏那である。


 「これ、ここ一帯全部が森なんですね。地図で見るよりちょっと大きすぎる気がしますよ」

 「エルフだって数は多いからな。森を縄張りとしてあるラインを越えて伐採なんかをされないように見張っているんだぜ? 人間と関わりたくないヤツが多かったし、森から出なくても暮らしていけるしな」

 「地球だと原住民みたいな?」

 「はっは! ま、確かに似たようなもんかもしれないな。森を破壊されたら住むところが一気に減って絶滅していくってのは向こうの動物とか植物と同じだと俺も思う」


 あいつらは自然と人が共存して暮らすことを主としているから余計に獲物を狩らないし木を切ったりはしない。必要な分だけってな。

 だが長寿の秘密を求めたり聖木を手に入れようと襲い掛かるなど欲深な人間と関わり合いになりたくないと俺の知るエルフは引きこもっていた。

 こっちは魔族と戦う協力体制があったにも関わらず、人間の身勝手で袂を分かっている。


 実際、一番厄介なのは人間なのかもしれないとは前の世界から思うことで、風太達を元の世界へ戻したいと声を大きくしていたのは異世界の人間の方がタチが悪いというのを知っているからだな。

 それでも水樹ちゃんみたいに残りたいというのであれば吝かではない。どっちが幸せかなんてのは本人にしかわからないのだから。


 そんなことを考えながら荷台で三人の様子を見ていると、程なくして森の入口へと到着した。


 「……これは……」

 「凄いな、まだ昼前なのに森の方は薄暗い……」

 「なんだか吸い込まれそうですね」

 

 森の前で馬車を止めて三人が喉を鳴らす。

 途中まで街道を進み、そこから森へ向かうため道から逸れて広い草原を走ってきたので特にでかく見える気がするのは俺も同じだ。


 「さて、と。ここからはお前が頼りだ。頼むぞリーチェ」

 『ふっふっふ……ついにこのわたしが大活躍する時が来たわね! さ、ハリソン、頭に乗せてもらうわね』

 「飛んでいけばいいのに」


 夏那が呆れたように口を開くとハリソンが『お構いなく』といった感じで一声。そこへリーチェが振り返って指を振りながら得意げに返す。


 『甘いわねカナ。精霊の声を聴くには集中力が必要なの。だから飛んでいるより前で目を閉じていた方がいいってことよ!』

 「ふふ、ならお願いねリーチェちゃん」

 『まっかせなさーい♪ さあ、行くわよ!』

 「大丈夫ですかね……?」

 「まあ、一応は俺の分身だから能力に関しては心配してないんだが……」

 「だが?」

 「世界が違うってのがどうなのかと思ってな。ま、とりあえず行ってみないことには分からん、先を急ごう」


 夏那が調子にのっているリーチェを見て口を尖らせていたが、まあまあと諫めていると水樹ちゃんが馬車を進ませて森の中へと入っていく。


 「わ……」


 水樹ちゃんが思わず小さく漏らすが無理もない。一瞬で陽光が木々に遮られて辺りが暗くなったからだ。

 昼間なのに暗いのでスマホの時計でも見ながら進まないと時間の感覚が少しずつおかしくなっていくので、一人でこういう森に入ると概ね迷ったり疲労の蓄積が酷くなったりするのである。


 まあ俺が慣れているし四人いれば嫌な雰囲気もそれほど気にならないだろうと俺はリーチェに目を向ける。


 『むむむ……』

 「どう、リーチェちゃん?」

 『シッ……今、風の精霊の声を聴いているから話しかけないで……』

 「あ、ごめんね」


 前を向いたままリーチェが水樹ちゃんにそういって沈黙させ、自身もまた黙って耳を傾ける。


 「前の世界ではどうだったんですか?」

 「いい質問だぞ風太。あいつの精霊の声を聴く力は発動すればかなり有利に働く。魔物の位置を教えてくれたり川の方角を示してくれたりな」

 「ならレムニティの時も聴いたら良かったんじゃない?」

 「と、思うだろ? だけどこれが意外と難しいみたいでな。見ての通り集中しないと駄目だから戦闘中なんかじゃなかなかな」

 「あー」


 これはリーチェを頼る以外に方法は無く、そこら中に精霊が居るわけではないのでよく聴いてリーチェが声をかけなければならない。ゆっくりと木々の間を抜けながら馬車を進めているとしばらくしてからリーチェが立ち上がった。


 『……! 居た! ねえ、わたし達エルフの集落に行って『聖木』をもらいに来たの。そこまで連れて行ってくれない?』

 「お」

 「見つけたみたいですね」

 「なんか一人芝居やってるみたいで可愛いわね」


 リーチェがぶつぶつと空中に顔を向けて喋り出したので馬車を止めて交渉を見守ることにする俺達。


 『え? 人間が居るから無理? そこをなんとか……!  大丈夫、この人たち勇者だから! あ、ちょ、待ちなさいよ! 嘘じゃないって……ええい、ミズキ追うわよ!!』

 「ええ!? どうしたの?」

 『この森に住む精霊だからエルフの肩を持ってるのよ。人間には会わせたくないって』

 「こ、こっち?」

 『そう! ハリソン、ソアラ! ゴーゴーゴー!!』


 リーチェがハリソンの頭をぺちぺちと叩くと『了解しました』という感じで鳴き、リーチェの指さす方へと歩き出す。木々が生い茂っているので加速するのは危険だからな。


 「馬車は結構きついですね……!」

 「入口に置いてきても良かったが万が一迷ったときに寝床として使えるからな。……っと、お客さんか」

 『魔物を呼んだ……!? ごめん、こいつらは風の精霊のせいみたい!』

 

 ハリソン達の前、数十メートル先にやけに前歯が長く、大きさも風太の胴体ほどあるウサギ型の魔物が五匹姿を現していた。俺達はともかくハリソン達が危ない。


 「倒すしかないわね!」

 「だな、夏那は水樹ちゃんと御者を交代して矢で応戦だ。避けた奴は俺と風太が魔法で倒すぞ」

 「分かりました! 夏那ちゃんお願いね」

 「オッケー、任せたわよ。……捕まえたら血抜きの練習でもしておく?」

 「時間があればな。行くぞ。リーチェは他のヤツの声でも聴いてみてくれ」

 『うん、試してみるわ。……それにしても静かすぎる気がするけど――』


 リーチェが眉を顰めるが今は目の前の敵を倒すことが先決だと迎え撃つ準備を始める。




 ◆ ◇ ◆




 「……人間……か。今さら我等に何の用だ? 別の場所にも人間が入り込んだようだし、長に報告する必要があるか――」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る