141.心変わりを吐露するのは確認のためでもある

 ――グランシア神聖国を出てからすでに五日が経過し、イディアール国へと入っていた俺達は南にある王都ではなく南西のエルフの森を目指して進む。

 この国は地図上で見ても領地が広いせいか、いくつかの町で寝泊りができる程度にはあちこちに中程度の町があった。

 例えば戦争があった際、ヴァッフェ帝国のように首都がでかいよりは逃げ道としてあった方がいいと思うのでそのあたりは国の方針なのだろう。悪い言い方をすれば散らしておけば全滅は免れるってな。

 そこで暖かいお茶をもって風太が荷台から顔を出してきた。


 「エルフの森まで後二日という感じですね。御者、変わりますよ」

 「おう、サンキュー。ふー。二人は?」

 「良く寝てますよ。昼間は活躍してくれましたし」


 今は時間にして二十二時を過ぎたあたりだが、すでに二人は寝入っているらしい。まあ、風太の言う通り、夏那が御者で寄ってくる魔物は水樹ちゃんが全て捌くという状況だったので消耗も激しかったはず。

 言い出しっぺは水樹ちゃんで、魔法の練習がメインとのことだ。


 「ま、寝かしておこう。エルフ相手がどうなるか分からないからな」

 「はい。ハリソン達は大丈夫ですかね」

 「町に行ったら一日休むから大丈夫だ。急ぎたいが、メンバーが欠けるのは避けたい」


 月明りの下、珍しく男二人でそんな話をしながら御者台に座っているなと思っていると、風太がチラリと後ろに視線を向けながら俺に言う。


 「あの……水樹のことでちょっと気になることが……」

 「……なんだ? やっぱり連れて帰るか?」

 「いえ、それは……リクさんが向こうで水樹を助けてくれるなら考えますけど……」

 「えー……。っと、冗談はこれくらいにして、本当は?」

 「えっと、メイディ様の話を聞いて思ったんですけど、アキラスが水樹を『勇者じゃない』と言っていたのはもしかしたら聖女候補だから、だったりと」

 

 風太が間違っているかもと呟きながら自分の考えを口にしたので、俺も思っていることを話すことにする。


 「その可能性は十分にある。あくまでも勇者としての資質は風太と夏那。で、水樹ちゃんは勇者ではないと判断されたのに力がある。となると婆さんの言葉が一番納得がいくからそれで合っているんじゃねえかなと俺も思っているさ。まあ、聖女候補が居る中でいきなり水樹ちゃんを据えるとフェリスみたいなのが食って掛かりそうだからたとえそうでも置いていくつもりは無いが」

 「やっぱりリクさんもそう考えますか……」

 「なにかあるのか?」

 

 お茶を飲んで尋ねてみると風太は小さく頷いて口を開く。


 「僕と夏那が帰れたとしても、やっぱり残った後が心配だなって思ったんです。芯が強いのはいいんですが、それ以上に優しいですからね、利用されないかと」

 

 婆さんも悪い奴ではないから言いにくいのだろう。

 だけど、風太の危惧は間違っておらず俺達が居なくなった後に婆さんが同情を誘って言いくるめる未来は見える。すでに先日やろうとしてたし。


 「ま、その前に穏やかに過ごせる場所を探すのもいいんじゃないかと思う」

 「……そう言うってことはリクさんは魔王を倒そうと考えています?」

 「そうだな。正直、お前達をさっさと返せる手段があればそっちを優先するつもりだったのは本当だし、今でもそれがあれば優先する。だが、レムニティを見てこの世界に現れたのがセイヴァーということが分かった時点で『帰るのが難しい』と判断したのも事実だ」

 「恐らくですけど『倒さないと帰れない』、と」


 風太の勘に頷く俺。

 

 そう、今まで来た勇者が戻ったという情報はあるが確実に戻ったという証拠は無い。が、俺は以前ヤツを倒して帰ったことがある。

 であれば倒した方が早いんじゃないかと考えていて、前に戦ったレムニティは格段に弱かったこともあって今なら風太達を連れていてもセイヴァーは倒せると思ったのだ。


 「問題は強制的に戻ることですね。僕達はともかく水樹とリクさんは残りたいと考えているし」

 「ああ。あの時トドメを刺したのも異世界人も俺だけだからな、このメンバーで倒したら全員戻るって可能性の方が高い」

 「なるほど……」

 「だから船を取ってヤツの居る島へとっとと行ってやろうってな。危険な目に合わせたくないってのはそうなんだが――」

 「はは、まあ逆にリクさんの近くの方が安心な気がします」

 「お、言うじゃないか。それもあるがお前達の成長も考慮しているんだ。『戦闘力』だけならかなり信頼になっているし、もう少し鍛えればレムニティなら倒せるはずだ」

 「あ、ありがとうございます! でも戦闘力?」


 まあそこに引っかかるよなと風太に説明する。

 楽勝すぎる今のまま最後までいければいいが、どこかで苦戦を強いられることがあるかもしれないし俺みたいに殺し過ぎて『なにかが』変わってしまうことも無いとは言い切れない。


 「だから精神も鍛える必要があると思っている。とはいえ、人間をこっちから襲って殺すみたいなことはしないけど」

 「それは流石に僕達が嫌ですよ」


 風太が苦笑しながらそういうが魔族は人型だし、一番怖いのは『人間に紛れた魔族が戦争を促す』という可能性がまだ残っているからだ。

 レムニティが居たということは俺が知っているヤツがいる。そしてそういうことが得意な魔族が居ることが予想され、そうなる前にセイヴァーを叩く必要があるってこと。


 「アキラスみたいに誰かに乗り移るんですか?」

 「いや、魔族は人間とほとんど変わらないから紛れ込むのはちょっと変装するくらいで割と分からないもんなんだ。アキラスは姫さんを人質にするために憑いてただけだ」

 「うーん、そういうのも居るのか……それにしても魔族の目的ってよくわからないですよね。異種族という点ならエルフだってそうですし、上手くすれば共存できそうな気がしますけど」

 「まあな……」


 そのことについては俺もそう思う。が、聞く耳を持たないのは魔族の方なので戦わざるを得ないのだ。

 それと今、気にすることではないが幹部クラスやレッサーデビル達しか見ていないというのも奇妙なんだがな。


 「どちらにしても敵は倒す。それが生きていくために必要なもんだ。知らない相手とは信用が完全にできるまで疑い続けろよ」

 「はは……僕にできるかな……」

 「やるんだよ。死にたくなけりゃあな」


 軽く頭を拳で叩いてから俺は肩を竦める。

 

 寝ている二人にも後で聞かせるつもりだが、三人は今後、保護対象から肩を並べる戦友として扱っていくと決めた。

 心変わりというのは隙を生みやすい……口にして覚悟を持たなければと俺は気を引き締めるのだった。


 そして町で休息を取り、俺達はエルフの森へと到着する――

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