138.ウチの子をアテにするんじゃねえ

 「おお、戻られましたか! ささ、聖女様がお待ちです」

 「ありがとう。なんだかんだで二か月くらいで戻ってこれたな」

 「あんまり時間の感覚がないわね」

 「学校とか会社に行かないと時間に縛られないからな」


 ゆっくり……とまではいかないがほぼ同じくらいの日数をかけて戻ってくることができ、門番の男も覚えていてくれたようですぐに通してくれた。


 「そういえばこのまま連れてきちゃいましたけどファングの親とか探してないですかね」

 『まあ、大丈夫でしょ。ねー、ファング?』

 「うぉふ!」

 「ふふ、可愛い。毛並みもキレイだし飼われてたみたいよね。ひゃあ」


 水樹ちゃんが抱っこしながらファングと顔を突き合わせていると顔を舐められていた。全員によく懐いているので親とはぐれたであろう子狼はいい餌を貰えるここが気に入ったようなのでリーチェの言う通り大丈夫だと思う。

 人間を増やすのはアレだがこいつくらいなら前の世界でもずっと一緒だったし女の子二人にはいいかもしれないしな。


 「ほらこっちだぞファング」

 「わふ~ん」

 「あんたファングに構い過ぎじゃない?」

 「そう?」


 ……まあ、意外なことに風太が一番かわいがっているんだが。


 それはともかくそろそろハリソンとソアラもゆっくり休ませてやりたいし急ぐとしますかね。



 ◆ ◇ ◆



 「皆様、おかえりなさいませ。どうでしたか?」

 「ああ、エリシャさんお久しぶりです。なんとかここから逃げた魔族は倒せました。リクさんがですけど」

 「婆さんは?」

 「ダメですよリク様、聖女様をそんな風に言っては。……こちらです」


 聖女候補の一人、エリシャという高校生組と同じくらいの歳だと思われる女の子が頬を膨らませて俺に苦言を呈する。フェリスと違って歳が近いせいか三人と仲は良い。

 次の聖女は彼女かもう一人か、というくらいには能力が高いとは婆さんの言だ。

 そんなエリシャに連れられて婆さんと謁見……かと思ったが何故か婆さんの私室へと通された。


 「聖女様、皆さんが戻られました」

 「む、そうか……入るがよいぞ」

 「失礼します」

 「戻ったぞ……ってどうした?」

 「メイディ様……!?」


 部屋に通されるとエリシャは下がり、俺達だけが残される。しかしそこで見たのはベッドで横になった婆さんの姿で、水樹ちゃんが慌てて駆け寄っていった。


 「どこか具合が悪いんですか……?」

 「ごほ……おお、ミズキか……無事でなによりじゃ……ごほごほ……」

 「一体なにがあったの?」

 「うむ、カナか……あの時、敵の幹部との戦いで、少しを無理をしたせいか体の調子が悪くてのう……せっかく元気に戻ってきたのにこんな姿ですまんのう……そこでお願いじゃ、ミズキには才能がある……聖女候補としてこの地に残ってくれふべあ!?」

 「リクさん!?」


 婆さんの頭にチョップをした俺を慌てて止める風太を無視して俺は目を細めて婆さんを見ていると、抗議の声を上げてきた。 

 

 「いきなりなにをする!? 病弱なババアに暴力はいかんぞ!」

 「そうですよリクさん!」

 「うーん……」


 憤る本人と水樹ちゃんだが夏那は訝しんでいる様子。まあ、今回は夏那が正解だな。


 「嘘だろうがよ。そんな顔色がいい病弱があるかってんだ」

 『わたしの目は誤魔化せないからねおばあちゃん?』

 「え?」

 「ぬう……精霊か。ええい、そうじゃ全然余裕じゃ。ピンピンしておるわい」

 「なんで久しぶりに会ったのに逆切れしてんのよ。聖女様が嘘ついたらダメでしょうに」


 夏那に正論を言われてそっぽを向く婆さん。

 まあなにが目的かは言っていたからそういうことなんだろう。


 「水樹ちゃんが聖女の素質があるのか?」

 「……」

 「不貞腐れんな」

 「はう!? 年寄りは大事にせんかい! ……うむ、まあそういうことじゃな。戻ってきたら話をしたい、というのはこのことでな。ミズキなら頼めば候補として残ってくれるんじゃないかと」

 「やり方が汚い……!」


 風太がショックを受けているが婆さんくらいになると手練手管で色々と経験を使ってくるからこれくらいはあってもおかしくない。聖女がやるのか、という話になりそうだがイリスは泣き落としが上手かったのであり得ることなのである。


 「えっと、ごめんなさい。ここに残ることは……できません。私はこの世界に残るつもりですけど、風太君と夏那ちゃんが帰るまでは一緒に旅を続けます」

 「むう、ダメか……勇者というよりミズキは聖女かと思ってスカウトしたかったのじゃが」

 「ま、本人がそう言っているから諦めろ婆さん。もしミズキちゃんが残った際はここに住まわせて欲しいけどな」

 「それはもちろんじゃ」

 「それにエリシャ達に悪いでしょ、一生懸命やってるんだし」

 「確かにの。ただ、あやつらはまだ修行が必要じゃからとりあえず引き継げる人間がいればと思ったが仕方あるまい、今回は諦めるとしようか。で、向こうはどうじゃった?」


 婆さんはベッドから飛び降りると俺達をテーブルに呼び、それぞれ席に着くとヴァッフェ帝国のことを尋ねてきたので顛末を話す。


 「幹部を倒したか、流石は勇者じゃのう。今まで来た者たちとは違うな。やはり一度目の経験が活きておるのじゃろうな」

 「それはあるだろうな。だけど三人もよくやっているよ、船を完全に破壊されなかったのは夏那の勘が良かったおかげだし風太が中級クラスの魔族を倒した。水樹ちゃんだって敵を倒している」

 「勇者としての力が覚醒しつつあるのじゃろうな。おぬしが居れば増長もせんから確実に強くなれる」


 そこまでとは思わないが窘めることはできるから死亡確率がかなり低くなる点は俺も良いと考える。

 さて、帝国については話し終わったので次は目的地について少し情報を聞いておきたい。

 

 「まあ俺を含めて戦いに関しては今後もやっていくつもりだから、強くはなるだろうさ。で、船を手に入れるためにエルフの森にある『聖木』を採りに行くんだが、注意点はあるか? 人間と確執があるくらいは聞いているけど」

 「うむ、正直なところ会ってもらえるかはわからん。それくらい人間を毛嫌いしているからのう」

 「それほどの確執が?」

 「そうじゃ。人間とエルフどちらが悪い、というわけでもないんじゃがな」


 人間もエルフも損害はあったがお互いがお互いを頼りにしていたため、数が少ないエルフ側が『あれだけ数が居て役に立たないやつら』だと森へ引きこもったそうだ。

 長寿ゆえに人数が少ないエルフにとっちゃ絶滅の危機にもつながるから憤るのも無理はないとは俺も思う。

 こっちは魔族が前の世界よりも強力だから人間だけではかなり厳しいためどちらが悪いというわけでもない理由としては合っているか。


 『こっそり持ち帰るのはできないの?』

 「無理だろう。広大なエルフの森はダンジョンのようにもなっていて聖木があるのは中心部だったはずじゃ、エルフたちが意図的に迷わせてくるようでな。何人か送ったがいずれも成果を得られずに戻ってきた」

 「送った?」

 「彼等の魔法は魔族と戦うには必要なのだ。聖女候補たちにも教えてもらいたいからな。それに魔族は空を飛ぶじゃろう? エルフはいい弓を作れるからそれも技術として欲しかったということじゃな」


 でも結局、協力を取り付けることは叶わなかったようだ。

 

 「なるほどな。まあ、迷路はなんとかなると思うから後はエルフを説得するだけか……」

 「なに? どういうことじゃ?」

 「森を抜けるアテでもあるの」


 婆さんが訝しんだ顔を俺に向けてくるので俺はにやりと笑みを浮かべるとその後、全員にリーチェがドヤ顔で口を開いた。

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