137.休息といきたいところだが懸念点は減ってないんだよな

 


 ――ヴァッフェ帝国――


 「リク殿達は行ったか」

 「ええ、先ほど町を出ました。良かったのですか、監視もつけずに行かせて」

 「俺もそれを考えたが彼ら相手、ましてリク殿には見破られる可能性が高い。それで彼がへそを曲げられたらたまらないだろう」


 クラオーレは執務室でキルシートの質問を返しながら彼の持ってきた仕事を受け取る。

 手元に置いておきたい人材だとはクラオーレ以下全員が思っていたことなので、ここへ帰ってくるかという確証とと万が一の援軍として秘密裏に部隊を動かしてはどうかとキルシートが進言していたもののそれは結局為されなかったためだ。


 「ヘラルドあたりなら共に戦っていましたし連れて行ってくれそうでしたが」

 「いや、彼らはあの四人で成り立っている。余計なことはしない方がいい。それに――」

 「それに?」

 「リク殿はもしかすると『勇者』というやつかもしれんからな。好きにさせておいた方が俺達に利がある……そう考えている」

 

 クラオーレがそう言って笑うとキルシートが片眉を上げながら口を開く。


 「勇者……ですか。もう何十年も前に召喚の儀式が途絶えてから久しい。一体誰が?」

 「それこそグランシア神聖国かもしれん。聖女と知り合いのようだし、とにかくあの強さは魔王を倒す布石となると俺は考えている」

 「それについては私も異論はありません。素性はどうあれ悪い人物ではないようですし、義理堅いところも好感がもてます。ただ……」

 「なんだ?」

 「やはり魔王を倒すためには各国の助けは必要かと思います。もし……もし、リク殿が勇者なら魔王に迫る前に戦闘国家である我々が統一して攻め入るべきかと」

 「……そうだな、エルフの森から彼等が戻ってきたら考えてみるか」


 実際、幹部クラスを倒したリクが手伝ってくれるなら確率は格段に上がる。

 船を提供し海の幹部を倒せることが出来れば侵攻を遅らせる……いや、反抗にも出られるとクラオーレは考えているためリク達の頼み事は拒まず、逆に協力を申し出ても厚かましくない程度にはしたいとも。


 そして恐らく他国を侵略するという行為をリクは好まず、それどころか敵に回る可能性が高い。

 自分たちで倒せなかった幹部を倒せる人間を相手にする愚行は避けねばならないのだ。



 「まあ、彼らの良い報告を待とう。……というかヴァルカはどうした?」

 「あ……いえ、先ほどペルレのところへ行ったところ、リク殿に求婚するところを見てしまったとかで……」

 「なんと。それでリク殿は……」

 「ええ、断ったようでペルレも項垂れていた、と」

 「ふははは! ペルレも顔立ちは悪くないのだがあっさりか。……まあ、連れている二人の内どちらかが、と考えれば難しいわな」

 「私としてはリク殿とならと思ったんですがね。後はヴァルカが頑張るかどうか、でしょうか」

 「冷たいなあキルシートは。親友と妹のことだろうに」

 「恋愛はよくわからないですからね私は」


 そういって眼鏡の位置を直すキルシートを見てクラオーレは苦笑する。

 

 「(さて、船は骨組みだけでも新造させておくか。外装さえ聖木ならあの魔物はくっつくまい。もう一人の騎士団長……船長も一度呼んで――)」


 幹部は倒されたが戦いはまだこれからだとヴァッフェ帝国は気を引き締めるのだった。


 ◆ ◇ ◆



 「っと、魔物を倒すのに慣れてきたかな」

 「いい魔法の制御だったぞ風太。帝国での戦いで成長したか」

 「ありがとうございます! リクさんにそういってもらえると嬉しいですね」

 「三人で協力して、ね」


 ――グランシア神聖国までの道中。俺達は来た道を戻り先を急いでいた。


 レムニティの侵攻から三人の戦いは見ていなかったが、風太の魔法はかなり上手くなっていたと感じて素直に褒めておく。


 「で、喋る人型と戦った感想はどうだ?」

 「んー、無我夢中だったからあんまり覚えていないけど……」

 「けど?」

 「……気を引き締めないといけない、ということと喜んじゃいけないって思った、かな」

 「うん。夏那ちゃんの言う通りだと私も思う」


 喜べない、というのは共通項のようでどういうことか尋ねてみると人間と争っているとはいえ命を奪うということはやるせないらしい。


 「結局、どっちの主張も譲れない以上やるしかないのよね。でも、殺す以外に方法があったかもしれないと思うとね」

 「レムニティは話が通じそうかなというのもありましたしね」

 「その気持ちを持っていればいい。が、気負うなよ? 殺さないと殺されるってな。ただ、むやみに殺さないのは心に留めておくのは悪くない。俺みたいに殺し続けるような心が潰れるようなことをさせるつもりはないけど」

 「うん、やっぱり人間みたいな相手と戦うのは怖いですし」


 水樹ちゃんが困った顔で笑うと風太と夏那も真剣な顔で頷く。

 今後はどうなるか分からないが、誰かがストッパーになってくれる期待もある。なんだかんだで現代人が俺しかいなかったあの時は周りに流されることばかりだったから俺を含めて同郷が居るなら誰かが止められるだろうからな。


 ただ――


 「……アキラスは俺も知らなかったが、レムニティがいてメルルームが居るということは前の世界で戦った幹部が他にも居ると思っていい。もしこの先グラジールという魔族と遭遇することがあったらそいつとは俺が居ない状況で戦うな」

 「その魔族ってどんなやつなの?」

 「魔族らしい魔族ってところかな。残虐性が強くてな、こっちを殺すことに躊躇が無い。気に入った相手は嬲り殺しながら笑う……そんなイカれた野郎だ」


 俺の言葉に風太が冷や汗をかきながら言う。


 「レムニティは本当に話がわかるヤツだったんですね……」

 「だな。大幹部のハイアラートなんかもまだ口は利けるが、あいつも魔王様万歳ってやつだからな。一回だけ共闘したけど」

 「え、なにそれ面白そう! 聞かせてよ!」


 夏那が御者台に身を乗り出して歓喜の声をあげ、いらんことを言ったなと肩を竦める俺。

 さてどうしたものかと考えていると、荷台の後ろが騒がしいことに気づく。


 「きゅん、きゅきゅん!」

 『あんたはさっきおやつを食べたでしょ! これはわたしのなんだからあっちへ行きなさいっての! ほら、リクが待っているわ』

 「きゅきゅん!」

 『あ、ちょ、狙いはわたし!? た、助けてミズキ! 食べられちゃう!!』

 「ふふ、仲がいいの羨ましいかも? おいでファング」

 「きゅ~ん♪」

 『ふう……ファングめ、覚えていなさいよ……』

 「なんで不穏なのよ。リーチェ、あたしの頭に乗ってなさいよ」

 『そうするー』


 と、賑やかな馬車の旅をしながら今後の指針や過去に戦った相手が出る可能性を示唆しつつ先を進み、俺達は久しぶりにグランシア神聖国へと戻ってきた。そういやフェリスは見つかったのかねえ?

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