LAST.伝え合えば



「──………っ」


 窓から差し込む光の眩しさで、目を覚ます。


 まだぼんやり霞んでいる視界の先で、ベッドの上の俺たちを見つめるように置かれている車椅子。デスクの上には昨晩千咲が飲んだ常備薬の抜け殻たち。



「……おはよ、ちぃ」



 隣でスヤスヤ眠る千咲の髪を撫でながら小声で囁く。長いまつげを伏せて、少しも目覚める様子なく眠ってる。



 時間を見たくてスマホを取ろうと上体を起こしたら、掛け布団が捲れた。


 露わになった千咲の素肌。細いけどちゃんと女性らしいシルエットをしてる。


 俺はベッドから出ると、愛おしいその裸体が冷えないように、ふわっと掛け布団を被せ直した。







──スマホの待ち受け画面を開く。


 まだAM7:00……起きるにはちょっと早い。


 でも俺はもうどう頑張っても眠れそうにない。というか、緊張して昨晩からたいして眠れていなかった。



 スマホをテーブルの上に置くと、鞄の奥底に眠らせておいた小さな箱を取り出す。パカッと蓋を開けば、くぼみの中央で一粒のダイヤが光っている。


 俺はその小さなリングを手に取った。





 今日は、千咲の誕生日。


 恋人として誕生日を祝うのはこれで2回目だ。



 この2年は俺にとって幸せ以外の何者でもない時間だった。


 千咲の体調は相変わらず良くなったり悪くなったり波があるものの、生死に関わるような大きなトラブルは特になく順調だ。


 月のものは止まってしまったままだったけど、ホルモンバランスによる身体の不調も、俺と付き合うようになってから不思議と安定していた。



 医者からは「性的に満たされてると安定したりするのよ~」なんて茶化されたりもして。


 俺の思っていた通り、千咲はちゃんと女の子だった。障害関係なく、俺も彼女も普通に初めてを越えることができた。





 俺は千咲が起きないように静かにベッドに腰かけると、彼女の左手を手に取った。


 そーっと、そーっとその細くて小さな薬指に、ダイヤの輝くリングを嵌める。



「んん……っ、あれ……しょうくん起きてたんだ……」

「……あぁ、うん……お、おはよう」



 あっぶない。。セーフ!


 嵌めてる最中に気が付かれたら、格好がつかない。今のところ千咲はまったく気が付いてないようだ。



「あ……ちぃ?」

「ん?」

「ハッピーバースデー」


 誰よりも早く伝えられた喜び。千咲も嬉しそうにはにかんでる。



「しょうくん、ありがとう」

「……服、着る?」

「え? あ、そっか///」



 昨晩のことを思い出してるようで、頭から湯気が出掛かってる千咲に服を渡すと、俺はキッチンへと向かった。



 千咲が朝食で飲むほうじ茶を用意しようと戸棚を開けると……ティーパックの入っている入れ物に、メモが貼ってあるのが目に留まる。


『祥平くん、ファイト!』


 千咲のお母さんからのメッセージだ。


……そう。俺は今日、プロポーズをするために、千咲のお母さんに俺の家に泊まってもらったのだった。



「しょうくーん」

「っ?! ちぃ、どした?」


 千咲の部屋から俺を呼ぶ声がして、全身がビクッと大きく跳ねる。


『指輪に気付いたか?!』


 バクバク心臓を騒がせたまんま、部屋へと向かう。



「……ちぃ?」

「あ、しょうくん。今日着てく服どっちが良いと思う?」

「へ……?」


 腑抜けた声を出してしまった。


 千咲はその指で煌めくものには全く気付いていないようで、左手には花柄のワンピース、右手にはピンクのワンピースを持ってヒラヒラと俺に見せてくる。



「……ピンク……か……な?」

「おっけー」



 千咲は俺とチラリと見て、着替えるから部屋を出てほしいと合図してきた。


 いやいや、なんで気付かない?


 まぁいいや……まだ今日は始まったばっかりだし、焦ることもないよな。







──朝食を食べて、千咲を助手席に乗せドライブに出かける。


 千咲が以前から行きたがっていた、江の島の水族館へと向かう途中、


「しょうくん?」

「ん? なに?」


「いつもありがとう」


 助手席で幸せそうに笑いかけてくれる彼女を見て、幸せな気分に包まれる。


……けど、やっぱり気になるその薬指。


 本当は起きてすぐに千咲が指輪に気付いてくれて、驚く千咲にプロポーズをする流れを想定していたのに。


 まさかこの時間まで引っ張ることになるとは思わず、ずっと緊張しっぱなしの俺はすでに結構な疲労感……。



 それから、水族館に着いて館内を回っている間も、イルカショーを見てる間も、水族館を出て有名なカレー屋さんに寄ってランチをしている間も……


 千咲は俺のサプライズを先延ばしにし続けた。






──夕方、帰り道で寄ったPA。


 もう……限界だ。このまま千咲を家に送り届けて帰るなんて有り得ない。

 かと言って、バレずにリングを引き抜いてやり直すわけにもいかない。


 意を決して、飲み物を買って戻った車内。



「ちぃ、はい。お茶」

「ありがとう」

「…………」



 ダメだ。なんて切り出そう。

 この状況でかっこつくプロポーズの仕方が分からない。



「ふふふ、しょうくん、プレゼント渡そうとしてるんでしょー」

「………はい?」

「だってなんか、今日ずっとおかしいもん。笑」


 ちぃは可笑しそうに可愛い顔してケラケラ笑ってる。………いやいやいや、プレゼントどころの話じゃないんだって。


 やっぱりこれはもう、強行突破するしかなさそうだ。




「ちぃ……?」

「ん……?」



 俺は自分の身を助手席に傾けて、千咲をグッと抱き寄せた。




「……いい加減……気付いてよ……」

「へ……?」

「左手、見て?」



 千咲は慌てて自分の左手を見る。


 待ち焦がれたように妖しく光るそのリングを見た瞬間──目を真ん丸にして固まった。




「それ………今朝から付いてたんだよ」

「……うそ……でしょ……?」



 千咲は金縛りにでもあったかのように動かない。じーっと薬指を見つめてる。

 


 ようやく視線を俺に移したかと思えば、告白したあの日と同じように、みるみるその大きな目に涙が溜まった。




「……もう……言ってよぉ……、言ってくれなきゃ分かんない……っ」




……あぁ。そっか。


 俺はまた、間違えるとこだった……。





「……ごめんね。……結婚しよ?」

「……うん……っ」




 これから先、どんなことがあっても俺達なら大丈夫。障害だって何だって関係ないんだ。


 伝えたいことを、ちゃんと伝え合いさえすれば。


 二人の未来は、彼女の指に輝くダイヤのように……いつまでも、ずっと、ずっと──




 





 

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車椅子の君と僕 望月しろ @shiro_mochizuki

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