12.やっと


──千咲のお母さんに会った日の夜


 お母さんからその日の担当ヘルパーさんが帰宅する時間を聞き、入れ違いになるように千咲の家へと向かった。



「今日はうちに泊まって行って」

「え?!」

「私は祥平くんの家にお泊まりするから。たまにはママ同士で女子会させてよ~」


………とのことだった。



 千咲の家の前に到着すると、バクバク心臓が騒ぐ。


 玄関を開けると靴がなく、今日の女性ヘルパーさんはもう帰宅したと分かった。



 靴を脱ぎ、千咲の部屋へ向かおうとしたら……



「……しょうくん?」


 千咲が車椅子に乗って、廊下に出てきていた。

 先日会った時よりも今日は具合が良さそうで、安心する。




「……元気?」

「……もう来ないでって言ったでしょ」


 そんな悲しい言葉を突き付けてくるくせに、なんで嬉しそうなんだ……?


 ほっとしたように目尻を垂らしてる。

……俺が今日出した結論に、ようやく確証が持てた。




 俺は気持ちに後押しされるまま千咲に歩み寄ると、車椅子の正面に膝を付いて座った。


 腕を伸ばし、千咲を抱きしめる。


 心の中で思いっきり抱きしめた。実際にはその細い体が折れてしまわないように……加減をしつつ。




「ちぃ……好きだよ」

「え?」

「好き。ずっと昔から好きだった」

「……しょうくん?」

「俺はちぃといたい。これからも一生。ちぃじゃなきゃ嫌なんだよ」



 胸の中で固まって動かない千咲。


 ついさっきまで確証を持てていたはずなのに、急に不安になって来る。



「ちぃは? 俺の事どう思ってる?」


 耐え切れずに聞く。それと同時に身体を離して顔を見ると……千咲はその大きな目いっぱいに涙を溜めていた。




「なんで……なんで私なんか……」

「なんでって言われても分かんないよ。好きなもんは好き」

「恥ずかしいとこもいっぱい見せてきたのに?」

「関係ない。ちぃなら何しても、どんな姿見ても、好きって思えるよ」



 ずっと難しかった『気持ちを伝える』ということは、口にしてしまえば案外簡単なことだった。


 むしろ心に眠っていた感情を解放されるようで、恥ずかしげもなく言葉が溢れてくる。



「わたし……普通の女の子じゃないよ……?」


 昼間のお母さんとの会話が思い起こされる。千咲のその言葉から、悲しみも苦しみも俺には読み取れた。



「……普通って何? 俺にとっては、ちぃはちぃのままで普通だよ?」


 そう伝えると、千咲は目を丸くしてゆっくりと瞬きをした。


 瞬間、涙が一滴落ちた。



「俺はちぃが好き。ずっと一緒にいたいって思ってる」

「でも……」

「ずっと一緒にいられるなら、死ぬまで二人でもいいよ」

「へ……?」



 はっきりした言葉を使うのは何となく気が引けた。それでも本心を伝えれば、千咲は何かを察したような顔をしていて。




「……わたしも……ずっと……好きだったよ……っ」


 両手で顔を覆いながら、涙声で伝えてくれた。



 やっと、二人の気持ちが一つになって。

 泣きじゃくる千咲の頭を何度も撫でながら、俺はこの幸せを全身で感じていた──










──その日は、初めて千咲のベッドで一緒に眠った。



「ちぃ、やっぱ細いなー」

「……枝みたい?」

「……うん。でも好き」


 ただ、身体をピッタリ寄せて抱き合って眠った。あまりにも胸がいっぱいで、変な気すら起きなかった。


 キスもそれ以上も、何だってこれから先ゆっくり越えていけば良いのだからと──想像すれば目が眩むほど明るい未来に想いを馳せて、俺たちは静かに眠りについたのだった──



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