11.希望
──その翌日。
俺はもう一人、事情を知っていそうな人物と会う約束をしていた。
「祥平くーん! お待たせ」
「お疲れ様です」
……千咲のお母さんだ。
いくら親同士が仲が良いとは言え、二人でこうして会うなんてこれまでで初めてのことだった。
女手一つで千咲を育てるため若い頃からバリバリ働いているお母さん。休日出勤も多く、ゆっくり話ができる時間は今までもあまりなかった。
「何食べる? 当たり前だけど、おばちゃんの奢りだからね~」
「……すいません。俺から誘ったのに」
「なーに言ってんのよ!」
仕事の昼休憩に抜けてきてもらったのだ。
正面に座ってニヤつきながら俺を見てくるお母さん。……二人きりは意外と緊張する。
「で? 千咲にもう来ないでくれって言われたって?」
「……はい」
事情は電話でざっくり話してある。何か知らないかと聞いたら、会って話したいと言われての、今だ。
「そっか。まぁ……本心じゃないのは、分かるよね?」
「……それもよく分からないんです」
俺は途方に暮れて、テーブルに置かれたお冷のグラスの表面から滴る水を見つめていた。
すると目の前からふぅーと息を吐く音がして、目線をあげる。千咲のお母さんは目が合うとニコッと笑って、話し始めた。
「予め言っておくけど、親だからってなんでもかんでも娘の話をしていいとは思ってないのよ? でもここまで拗らせちゃうと思わなかったから。祥平くんもなんだか哀れだし。笑」
「…………」
哀れ……だな。
「最近あの子、体調悪い日多いでしょ? あれ、たぶんホルモンバランスの関係なんだと思うわ」
「ホルモンバランスって?」
「お医者さんに見てもらったのよ。でも異常なしだって。…………婦人科以外は」
「え?!」
明るく振舞っていたお母さんだけど、徐々に深刻な面持ちに変わって行く。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「生理が止まっちゃったのよ。もう1年近く来てないの、あの子」
俺は唖然としてお母さんを見る。
今度は、目が合わなかった。
「これまではね、毎月きっちり来てたの。ちゃんと普通にね。それなのに突然」
「先月末に病院に検査しに行ったら、排卵してないって。原因ははっきり分からないんだけど、いつも飲んでる薬の副作用なのかなんなのか……。それであの子、すごくショックを受けちゃったみたいで」
「今の時代いろんな治療法があるし、そんなに思い詰めなくてもきっと大丈夫よって。いざとなったら不妊治療もいろいろ試したら良いんだからって、言ったんだけどね……」
千咲に初めて月のものが来た時、千咲のお母さんも赤飯を炊いて喜んでいたと聞いたのを思い出す。きっと彼女も相当ショックだったに違いない。
「夜中にね、あの子こっそり泣いてたの。
………ここからはあくまで私の想像なんだけどね? きっとあの子にとって、自分が普通の女の子だってゆう証明だったんだろうなって。それが来なくなっちゃって……いろいろ自信なくしちゃったのかもしれない……」
千咲の心中を想うと息が苦しくなってくる。俺は男だけど、彼女の辛さは容易に想像できたから。
「祥平くん、子供好きでしょう?」
「え? まぁ……はい」
唐突な話題転換にうろたえていたら、お母さんは意味深に笑った。さっきまでの深刻な顔は、もうすっかりいつもの溌溂とした顔に戻っている。
「だからよ」
「え?!」
「千咲があなたを遠ざけようとしてる理由」
言ってることの意味が全然理解できなくて、固まる。
俺が子供が好きだから………?
俺と一緒にいると苦しくなる………?
…………それって………まさか?
脳内で辿り着いた結論は、ここ数カ月の俺の絶望とは対極の位置にある──明るい世界だった。
「まぁ、ここから先は自分で考えて行動しなさい!笑」
千咲のお母さんがテーブル越しに身を乗り出してきて、俺の髪をわしゃわしゃと撫でまわしたと同時に、注文したパスタが運ばれてきた。
そっか……。
千咲は俺のこと……俺との将来のこと……?
「いただきます」
どこにでもあるチェーン店のパスタだったけど。
その日食べたカルボナーラは、これまでの人生で食べたことのない、希望に満ち溢れた味がした──
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