10.言葉にしなきゃ



──千咲に「もう来ないで」と言われたあの日から、数週間が経った。



 俺は自分とは別の大学のキャンパスに足を運んでいた。


 会えるかどうかなんて分かんなかったけど、あの日から何を何度考えてもどうしても納得できなくて。事情を知ってる可能性があるあの人に、とにかく話を聞きたかった。


 そして、校門前で待ち続けること2時間。数人の友人たちと手を振り、こちらに向かって歩いて来る伊吹って男を見つけた。



「え……なんでここに?」


 一瞬驚いて立ち止まっていたけど、俺が訪ねてきた理由には当然見当がついてるようで、すぐに駅前の喫茶店に連れていかれた───







─伊吹 side─



「──千咲ちゃんの話ですよね?」

「……はい」

「もう辞めてくれませんか? 人の彼女に執着すんの」


 怒鳴られるか殴られるかと腹を括って冷たく言い放つ。ところがやっぱり今日のこいつはまったく突っかかって来なかった。


 それどころか、生気を失ったようにぼーっと机を見つめている。


『訳が分からない』


 そんな言葉が頭上に透けて見えた。




「……あー……もう……」


 そんな傷心モードの男を前にして、嘘をつき続ける自分が馬鹿らしくなってくる。


 馬鹿らしいというよりも……正直しんどかった。




「全部うそ。最初から付き合ってません」



 “千咲ちゃん……ごめん”


 心の中で呟く。何でも協力させてって言ったくせに、あっけなくバラしてしまって、ごめん。


 良心が傷んだからといえば聞こえは良いけど、それよりも俺はもう、この二人に巻き込まれることにウンザリし始めていた。


 彼女に本気になりかけていたのは事実だけど、可能性がないと分かったら、彼女のために面倒ごとに巻き込まれ続ける義理もないよな……と、薄情なことを思ってしまったんだ。




「やっぱり…………でも、なんで?」


 さっきよりもほんの少しだけ明るくなった表情を見て、俺はもうどうにでもなれという気分で、千咲ちゃんに彼氏役を頼まれたことを伝えた。



 でも、俺が話すのはここまでだ。


 いくらウンザリしたと言っても、千咲ちゃんの一番根っこにある気持ちを軽々しく話してはいけないと思ったから。そこは純粋に、良心に従った。





「……部外者なりに思ったこと、一つだけ言わせてもらってい?」

「なに?」

「言葉にしなきゃ伝わんないと思うよ。お互いにね」

「…………」







──その幼馴染が帰ってからも、俺は一人喫茶店に残った。



「あーあ……」


 なんだろう?

 よく分からないけど、妙な気分に襲われる。


 嫉妬にも似てる気がするし、失恋にも似てる気がする。でも一番は、どこまでも健気に想い合う二人が羨ましいと……そんなことを考えている自分に気付く。



 ほとんど水の味になったコーヒーをときどき啜りながら、俺はしばらくぼーっとその場を動けずに、これからの二人の幸せを、切に願っていた──

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