9.真の理由
「……うそ」
「え?!」
千咲ちゃんは、俺が握った手をそっと引き剥がしてそう言った。
「あるよ。本気の恋したこと。……今もしてる」
「…………」
「だからね、伊吹くんと本気の恋できないの。気を遣ってくれたのにごめんなさい」
別に気を遣ってなんかないんだけどな……と言いかけたけど。
意思の固そうな彼女の表情を見て、膨らみかけた想いも期待も、一瞬で消え去った。
「──中学生の頃にね、しょうくんが告白されてたの。一つ上だったかな? すごく綺麗で人気のある先輩だった。その人に言われたの。“祥平くんのこと好きなんでしょ”って。そのとき初めて気付いたんだ。私はしょうくんのこと好きなんだって。……それからずっと好き」
「でも、しょうくんはそうゆうんじゃないって分かってるの。だって私と付き合うって普通じゃないでしょ? 今までも恥ずかしいところ沢山見せてきたし。おトイレ失敗しちゃったことも何回もあったりして……。そんな子のこと恋愛対象にできるわけないもんね?」
「なのに……ずっと、諦めきれなくて……」
何も言えずに黙りこくっていると、千咲ちゃんがスンと俺を見つめてきた。そして……
「でもね……──」
千咲ちゃんの口から語られた真の理由に、胸が痛くなった。男の俺なんかじゃどれ程の辛さなのか想像すらできないけど、千咲ちゃんが幼馴染への想いを断ち切ろうとするには充分な理由だと感じた。
「──……だから私、しょうくんのこと諦めるって決めたの。やっと決心できたの。しょうくんに幸せになってもらうことが私の幸せ。もうそれで良いんだ。……ごめんね、伊吹君のこと巻きこんじゃって。本当にごめんなさい」
さっきまでの浮ついた感情は、もう微塵も残っていなかった。
可愛いとか、好きだとか、恋だとか……そんな次元の話じゃないんだ。俺が出る幕じゃない。
「分かった。俺にできることなら何でも協力させて。俺、千咲ちゃんの笑顔好きだからさ。笑っててほしいから」
そう言うと、ほっとしたようにくしゃっと笑ってくれた。
「じゃあ、目的も果たせたし、そろそろ帰ろっか」
「うん!」
車椅子を押しながら、駅へと歩く。
“本気になりすぎる前でよかった……”
俺は心の中で、切なさと妙な安堵感を覚えていた。
──翌週のある日
大学の授業を終えて帰ろうとすると、校門で待っている男がいた。
「……どうも」
「え……なんでここに?」
千咲ちゃんの幼馴染──祥平って奴は俺を待ち伏せしていたらしい。
「ちょっと……話があって」
「……駅前、行きますか?」
無言で俺が先を歩き、駅前の喫茶店に入る。
以前会った時は敵対心丸出しって感じだったくせに、今俺の目の前に座ってコーヒーに口を付けている姿は、悲壮感が漂いまくっている。
「千咲ちゃんの話ですよね?」
もったいぶってもしょうがない。
それにもう俺の方は、千咲ちゃんへの淡い感情には整理がついていた。だから俺はなんの躊躇いもなく、すぐさま話を切り出したのだった──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます