4

「今日だよね! 今日! ほらお父さん起きてよ!」

「ああ、わかった、わかったから」


 航輝と約束した1週間後の早朝。

 自分の部屋からこっちのベッドルームに来た航輝が布団をひっぺがしてきた。いつもは朝食が出来上がってから眠そうに起きてくるのに、こういう時は元気いっぱいだ。


 翔太と航輝、二人で顔を洗った後、リビングに向かうと岬が待っていた。見ると、すでに朝食の準備ができている。


「あれ、岬も起きてたのか」

「だって今日でしょ。まずは腹ごしらえ。でしょ?」


 テーブルに並んでいたのはスクランブルエッグとソーセージ、プチトマトのサラダ。それにパン。

 いつも通りの食卓を囲みながら、翔太はなぜかいつも以上にこの時間を愛おしく感じた。


「ほら、もうちょっとゆっくり食べなさい。急がなくてもお父さんは逃げないから大丈夫よ」

「だって、1週間も待ったんだよ。早くお父さんも食べちゃってよ」

「わかったよ」


 正直、もう少しゆっくりしたかったけれど、こう急かされてはな。

 そう笑い、翔太も急いでパンを口に頬張った。


「じゃあ、まずは基本のフリースローからだな」


 コートに出て翔太と航輝はフリースローサークルの中に立つ。


「ふーん、シュートなら僕だってもうできるよ」

「シュートはバスケの基本なんだから、まず、これから練習しないとな」


 そう言って翔太はシュートを打つ構えに入った。航輝は一歩下がってその姿を目を光らせて見ている。


 翔太は、体が少し強ばるのを感じた。緊張しているのか。

 縁側の方を見ると、岬が翔太のARグラスを掛けて、こちらの方を見守っている。練習の風景を撮影しているのだ。親指を立て、こちらに応援を送っているつもりらしい。

 学生時代、ずっと練習の様子を撮影していたのは僕の方だったのに。今度はなぜか僕が撮影される側に立っている。変な感じだな、と翔太は心の中で思う。


 翔太は、しっかりセンターに立ち、ボールを構えた。思い出す。

 今までの練習の風景。それだけでなく、今まで生活してきたもの。会社もそうだ。その全てが目には見えないけど、確かに今の自分に重なる。少しずつずれたその全てが織り重なり、うっすらと動きの輪郭が頭に浮かぶ。

 その動きを確かめるように、足をしっかり踏ん張り、手にあるボールを優しく放った。





「やっぱり、お父さん不器用じゃない?」

「そんなこと言うなって。だってほら、ちゃんとゴール入ったじゃないか」

「そうよ。フォームが汚くても、綺麗でも、バスケは入ればそれは同じ点数なの」

「岬……。そんなこと言っちゃっていいのかな……」


 練習の休憩時間、撮影したデータをそれぞれのデバイスに共有した。

 家族三人で、さっきのシュートフォームをARグラスで見る。グラス越しに見えるのは半透明な、今の翔太の姿。

 そのフォームはかなり不恰好だった。お世辞にも上手いとも言えないし、綺麗でもない。翔太がずっと練習してきた、岬のフォームとも似ても似つかない。もちろん、学生時代、監督に指摘されて必死だった頃のフォームとも違う。むしろそれよりも崩れているかもしれない。

 それでも、そのシュートは確かに今の翔太自身が放てるシュートだ。

 ボールは不安定ながらも確かにリングに向かって、弧を描く。空中を廻っていくそのボールが届く。


「ふーん、でもまずはシュートを入れられることが大事だもんね。学校までまだ時間あるし、もうちょっと練習してくる!」


 そう言って航輝はコートに走っていく。


 翔太と岬の二人はグラス越しにその背中を見る。そして、互いに保存されたいくつかのデータを改めて呼び出してみる。航輝の横に並ぶように、翔太や岬、練習した過去の姿も現れる。

 それらが織り重なる光景は、航輝が踏み込んで飛ぶその姿を、人知れず支えているようにも見えた。


 <了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Layer Throw -織り重ねたシュートフォーム- 蒼井どんぐり @kiyossy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ