第350話「その日の朝」
焦ったり、苛立ったり。
がむしゃらに勉強をしてみれば、何も考えずにボーっとしてみる。
何をしても、どんなことをしても、時間はただ過ぎてゆくだけ。
気が付けば、入試試験当日になっていた。
「友彦、大丈夫そ?」
心から心配してくれてる蒼は、声からもその様子がうかがえる。
「多分・・・」
「自信もって! 一生懸命勉強していたの、私が一番近くで見てきたんだから!」
そんな感じに、励まされる。
長く険しい道のりだったはずだ。
だけど、いざ当日を迎えると、あまりにも短いと感じる。
どれだけの時間を勉強に費やしたのか、数字にしてみればそれなりの数になるだろう。
「ヤバい・・・緊張してくる」
何度も何度も。
肩掛けカバンの中にある持ち物を確認する。
一つ一つを、確実に確認する。
「そろそろ行かないと」
蒼がせかす。
時計を一瞥。
蒼の言う通り、そろそろ家を出なければならない時間。
「ふぅ・・・」
靴を履いて、深呼吸。
それから立ち上がり、振り向く。
冬の朝は寒い。
氷点下とまではいかないが、それに近い数字だ。
モコモコのパジャマにマフラーを首に巻いた蒼は、別の意味で震えている。
正真正銘、寒さを耐える震えだ。
「ごめん、寒いよな」
「大丈夫。友彦こそ、寒いから気を付けて」
「俺は別の意味で震えが止まらないよ」
「緊張してるんだ」
「まぁな」
「じゃ、私からのお守りを授けよう」
合格祈願。
そんな言葉の書かれたお守りでも渡されるのかと思った。
しかし、もらったのはそういうものではなかった。
寒さに震えた手を、友彦の肩に掴む。
そのまま、蒼はこちらに倒れるように顔を近づける。
そして、柔らかくてほんのり暖かい蒼の唇が、友彦の唇に触れる。
「はい。これで合格できるよね?」
「あ、うん・・・」
「ほら、早くいく!」
「うん、いってきます」
「いってらっしゃい」
その言葉を耳にしてから、そっと玄関の扉を開ける。
そして一歩、また一歩と、試験会場へ歩を進めていった。
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