第345話「特別な一夜」


「エッチなことは、しないんですか?」



クリスマスイブの夜。


恋人である蒼から言われた言葉。



「いや・・・まぁ」


「私たち、まだ一回もしてないですよね?」


「そうですね」



数か月にわたって、同じ屋根の下・・・いや、同じ部屋で暮らしてきた。


なのに、今の今までえっちなことは一切していない。


そういうことを考えなかったわけではない。


そういう気持ちになったこともある。


だけど、どうやって誘えばいいのか、分からないことだらけだ。


そもそも普通に過ごしていて、どうやってえっちなことをしようってなるのかが謎すぎる。


それに至るまでの道筋がまるで分からない。



「そんなに、私に魅力がないですか?」


「そんなことはない・・・けど」



いや、待てよ?


今がその時なんじゃないか?


今まで、どうやったらそういう雰囲気になるのか。


それだけが謎だった。


だけど、今こそその雰囲気なんじゃないのか?



「じゃ、じゃあ・・・する?」



その言葉を聞いた蒼は、ニヤリと笑みを浮かべる。


座ったそのまま、身体を寄せるように抱き着いてくる。



「シャイな奴」



耳元で、ささやくように言う。


嘲笑うかのような、ニヤリとした表情。


その通り過ぎる彼女の一言に、イラっとしつつも何も言い返せない。



「しょうがないですね」



彼女の一言。


それと同時に正面から抱き着かれた蒼の身体は、その体重に押し負けて仰向けの状態に倒れる。


上に乗っかるようにいる蒼。


そっと身体を寄せて、その勢いのまま唇を奪っていく。


そういえば、キスをしたことさえも、あったか覚えていない。


二人の関係は、恋人である。


しかし、それは形だけで、それっぽいことはほとんどしていない。



「先輩・・・」


「な、なに」


「このまま、しちゃうんですか?」



彼女の髪が、ひらりと頬をかすめる。


そのせいで、視界は彼女の紅潮した顔しか見えない。



「そ、そんなこと・・・言われても」



思わず目を逸らしてしまう。


彼女の瞳を見続けることができない。


それほどに、高揚と緊張で支配されている。



「だって、ゴムもないじゃないですか。それでもやるんですか?」



煽るような彼女の言葉。


その全てが、脳に響いて鳥肌が立つ。



「いや・・・そうなんだけど」


「あはは、いいですよ・・・でも、ちゃんと責任取ってくださいね」



強烈に脳に記憶される。


こんなにも、色っぽい蒼は初めて見た気がする。


ともかく、忘れられない夜になりました。


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