第336話「あの時のお返し」


「海老名さん」



大したことではないのだが、心臓が飛び出るんじゃないかってぐらい緊張した。


それは、休み時間に1年生のフロアまで行き、海老名歩夢を呼び出すこと。


周りは後輩とはいえ、知らない人だらけ。


息がしにくい中、何とか歩夢の教室まで辿り着くことができたわけだ。



「え、なんですか?」



特にアポがあったわけでもなかったので、困惑したようなご様子の歩夢。


どちらかと言えば、疑問3割、引き7割といった感じだろうか。


こちらからしてみれば、それでも反応してくれただけマシだ。


気づかないか、無視されるか。


それが一番最悪な事態。



「ごめん・・・ちょっとだけ」



そう言うと、自席に座っていた歩夢がこちらへ寄ってくる。


周りで一緒にお喋りをしていた女子からの視線は、刺さるようで少し痛い。



「なんですか?」


「訊きたいことがあって」


「そうですか。でも、今は無理です。今日の放課後でいいですか?」


「いいけど・・・部活は?」


「サボります」



休み時間では都合がつかなかった。


だからとはいえ、わざわざ部活をサボってまで付き合う必要はないのに・・・。


それから授業を何コマか受け、放課後になる。


歩夢から放課後とだけ言われたが、何時にどこで待ち合わせるかは話していなかった。


とりあえず、放課後に下駄箱のところで待ってみる。



「遅くなりました」


「あ、うん」



このまま来ない説が脳裏によぎっていたが、合流できたので何より。


そろそろ寒いと感じる季節の10月。


にも関わらず、彼女はブレザーも着ずにシャツとVネックのベストだけ。


スカートも、やたらと丈が短い。


寒くないのだろうか・・・。



「相談事でしたっけ?」



と、歩夢が。



「まぁそんなところ・・・話せるところがいいよな」


「そうですね。任せますけど」


「ファミレスでいいか?」


「今、そんなに余裕ないんですけど」



歩夢が言いたいのは、お金に余裕がないってことなんだろう。


まぁ高校生なんて、いつもお金に余裕がないものだろう。



「大丈夫、奢るから」


「マジですか!?」


「この前のお返し」


「この前・・・あぁ、覚えてたんですね」



もうだいぶ前の話になる。


海老名に一回だけ、ファミレスで奢ってもらったことがある。


ちょうどいいので、今回はそれのお返しも含めて・・・ってことで。

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